第八章 ある日、公園で


 ある休日の午前中。雲一つない晴天の下、賀茂晴と賀茂明、天乃三笠の三人は、三笠の家の前の公園に集まっていた。


「おはよう」

一番最後に来た三笠が、陰陽師の双子に声を掛ける。

「はよ」

眠そうに言うのはハル。

「おはよう」

丁寧に返してくれるのはアキ。

「二人とも、挨拶に性格出てるよ」

三笠が思わず言うと、

「家が一番近いくせに遅刻したお前が、一番行動に性格が出てるぞ」

アキの反撃にあった。


「何をぉ!」

三笠が反撃に出ようとすると……

「ミカサ、落ち着け。今からまた大事な話するんだ」

ハルが真面目にとりなした。

三笠はなんだか居心地が悪くなって、「大事な話って、なによ」と少し不貞腐れ気味。

「今から話すから、そう急かすなって」

アキが、何やら紙を取り出し、ペンで何かを書き始めた。

「なに、話って、そんな書いて説明することなの?」

「いや、書いた方がわかりやすいかなあって」

アキはそう答えながら、手際よく手を動かしていく。


「じゃ、今から説明していくよ」


 アキが書き上げたのは、日本地図だった。本物の白地図のような、精巧さ。

「やっぱり性格ね」

「なんか言ったか、ミカサ」

「いいや、なんでもない、ハル」


アキ先生の、授業が始まった。


「まず、呪鬼の誕生については先日話した通りだ。ヤマトタケルのクマソ討伐の話な。クマソは九州の豪族だから、呪鬼の原点は九州地方にあるといってよい」

「質問!九州の具体的にどこなの」

「クマソは、九州南部にいた。だから鹿児島か宮崎だと考えるのが妥当だろう。だが、呪鬼の祖である『哀楽』が生まれたのは、その神官が呪の塊を封じ込めようとした場所……そこは、詳しい記述や口伝が残っていなくて、不明なんだ」

「ふぅん、ありがと」


「じゃあ次。呪鬼の分布について。今のところ、世界での目撃情報はなく、どうやら日本固有の闇の者のようなんだ。世界に広まっていたら、もっとややこしいことになっていたと思うから、まあそれはよかったところなんだろう」

「だがしかし」


突然口をはさむハル。


「日本では、沖縄などの離島と、北海道を除く全域に生息してるのでありまーす」


アキが咳払い。


「そうなんだ。だから、本州四国九州には、端から端まで呪鬼が分布している。だから、天乃三笠。お前が僕らと出会う前も、知らず知らずのうちに呪鬼と遭遇していたことだって、考えられる」


(……心当たり、あるわ)

三笠は心の中でうなずく。しかしそれを、双子に話そうという気にはならない。


「とまあ、こんな風にほぼ日本全土に生息している呪鬼だが、それを倒すためにいるのが、僕ら陰陽師」


アキの言葉に、ハルがうんうんと頷く。

「実は、僕らみたいな陰陽師は、都道府県ごとに何人かいるんだ。もちろんこの県にも、僕たち二人のほかに三人いる」


「ふぅん、そうなんだ。その人たちと交流はあったりするの?」

三笠の質問に頷くハル。

「うん。一応顔見知り。一緒に呪鬼祓いすることだってあるから」


そういえばさ、と話を振るハル。

「ミカサはここに来る前はどこに住んでたんだっけ?」

「新潟だよ」

「そうかぁ……新潟にも、たぶん四、五人の陰陽師がいたはずだよ」

「そういうことになるのか」

三笠は驚いた様子だった。

「でも全然気づかなかった」

「そりゃ、わからないよ」

アキが笑う。

「普通の時は、僕たちがこうやって中学生やってるみたいに、普通に生活してるんだから」


「え、じゃあさ」

小さく手を上げ質問する三笠。

「どういうときに、陰陽師は出動するの?呪鬼が現れた、とかわかるセンサーでもついてるの?」


「いい質問だ」

ハルが少しかっこつける。アキはそれを冷ややかな目線で見ている。


「実は、俺たちを束ねて、指示や出動要請をくれる組織があるんだ。俺もアキも、ほかの陰陽師たちも、その組織の構成員なんだけど」

「え、なに、組織!めっちゃ興味ある」


身を乗り出す三笠。アキがそれを抑えながら、答える。

「『祓』って組織だよ」

「ハラエ?」

「そ。奈良時代頃から存在する、対呪鬼陰陽師組織のこと。本部は島根県の出雲大社だ」


三笠の目が、がぜん輝いた、

「何それ!もっと聞かせて!」


「お前……神話オタクかよ」

アキはため息をついて、再度口を開いた。

「じゃあ、天乃三笠。今から『祓』について話すから、よぉく覚えておけ」

「はい」

「三歩歩いたら忘れるなんてことがないように」

「はい……って!その話はもういいでしょ!?」


 暖かな日差しが、三人を照らす。

 ハルは、相性が合わなそうな二人の掛け合いを、目を細めながら眺めているのだった。

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