第十一章 和歌呪法
赤髪の少女——桜咲舞花は、ふんわりとした笑みをたたえながら、三笠の答えを待っている。
「えっとぉ……天乃三笠っていいます」
三笠がおどおどしながら答えると、舞花は片手を差し出してきた。
「よろしくね、ミカサちゃん」
それが握手の合図だと気づくのに、少し時間がかかった。
「あ、ああ、よ、よろしくおねがいしますっ!」
「ふふっ、そんなに緊張しなくてもいいのに」
舞花は優しく言う。そして、彼女は双子を振り返る。
「で?このかわいい子が、例の『除の声主』なわけ?」
「そ」
短く答えたのはハル。
「自己紹介は済んだか?だったら早速偵察に行くぞ」
アキが冷たく言う。
「あっれぇ、賀茂くんたち。なんかあたしに冷たくない?」
舞花が揚げ足をとるように言う。そして、勝手に解釈。
「わかった。ミカサちゃんを独占できなくてふてくされてるんでしょ。あたしが来て、あたしがミカサちゃんを取っちゃったから」
これには三笠が赤面した。
(どっ、独占って……)
「ば、馬鹿言え」
アキがそっぽを向く。ハルも言い返す。
「ちげーし。お前が勝手に自分の結界を張ったから怒ってるんだし」
「あらあら、反抗期少年なのね。これだから『中学生』は……」
『うるせぇ!』
双子の文句が、きれいにハモった。謎の美少女・舞花に手玉に取られる賀茂兄弟を、三笠は不思議な面持ちで見ていた。
(いつも私がいじられるか、二人で罵り合ってるかだから……こんなに『子供っぽい』ハルとアキを見るのは初めてかも)
舞花が三笠の考えを読んだように言った。
「ミカサちゃんも、こんなバカ二人に挟まれて大変ねえ」
「いやぁ、別にそんなことは……」
「無理しなくてもよくってよ。あたしね、幼く見えるってよく言われるけど、一応『高校一年生』なの」
「そうなんですか!」
「そ。だから、『中学生男子』とは、違うのよ」
舞花はわざと学年の部分を強調して言った。三笠は思わず苦笑いをする。ハルとアキの方を見やると、案の定二人そろって眉間にしわを寄せていた。
日が、暮れてゆく。お堂の影が地面に落ち、雲は一層厚さを増す。暗い雰囲気が、立ち込めていた。
それでも、最初のころのような「嫌な感じ」がないのはどうしてだろう。
そう考えた時、思い出されるのは、舞花の声だ。
『和歌呪法・いにしへの』
『結界展開・奈良の都』
あれはいったい、なんだったのだろうか。
今も、空間を凝視すると、桜吹雪と雅な建物が視界をちらつく。さっき、舞花が「創り上げていた」やつだ。
三笠は聞く。
「あの、今も時々見える、桜とかって……なんですか?さっき舞花さんが唱えていた呪文と関係があるやつですか」
舞花は三笠の質問に、一瞬驚いた顔をした。その直後、彼女の言葉はアキとハルに向かって放たれる。
「ちょっと、アキとハル。ミカサちゃんに何にも教えてないわけ?」
そっぽを向いていた二人が、ようやくこちらを向いた。
「しょうがないだろ。説明する前に任務の知らせが来ちゃったんだ」
「だから、実戦を見てもらって学んでいけばいいかなって」
口々に言うアキとハルにため息をつきながら、舞花は三笠の方に向き直って言った。
「あたしがさっき唱えていたのはね、『和歌呪法』って言うんだけど」
「和歌呪法?」
「そう。和歌——は、知ってるわよね?五七五七七。万葉集とか、古今和歌集とか」
「百人一首なら、学校で少し」
「そうそう。そういうやつ」
舞花は頷く。
『和歌』には詠んだ人の心が込められているわよね。それはたいてい、プラスの感情が多い。季節の情景とか、恋い焦がれる気持ちとか。で、それに対して『呪鬼』は負の感情の塊。ということは、歌に込められた感情で、呪鬼の負の感情に対抗できるんじゃないかってことで生み出されたのが、この術式『和歌呪法』なのよ。
「現に、大体の陰陽師は、自分に合った和歌を見つけて、『和歌呪法』を確立させてるの。ハルとアキも自分だけの『和歌呪法』を、持ってるはずよ」
舞花の話に、三笠は驚くことしかできなかった。
(感情で感情に対抗する……か)
「わっ、私にも、自分の『和歌呪法』見つけられますか?」
恐る恐る聞く三笠に、舞花は笑いかけた。
「もちろん。ミカサちゃんにもいずれ、自分に合う歌が見つかるはz」
「あ、あと結界の説明するね」
舞花の言葉を遮って話し出すハル。どうやら、さっき言い負かされた仕返しらしい。ハルの後方では、アキが舞花に向かって思い切りあっかんべーをしていた。
(ハルとアキって、思ったより子どもかも……)
そう思いながら、三笠は結界についての話を聞く。
「結界っていうのは、『区切られた空間領域』のこと。陰陽師が、自分たちの術式を出しやすくなるというメリットもある。あとは、現実世界と空間を隔てることで、呪鬼が民間人にもたらす影響を考えずに戦えるっていうのもあるよ」
ハルに続けて、アキが話し出す。
「呪鬼も、自身の結界を持ってるんだ。『呪詛結界』と言うんだが……まあ、それに対抗するための結界術式でもある」
最後に口を開いたのは舞花。
「あたしがさっき展開したのは、『奈良の都』っていう結界よ。結界術式は、和歌呪法の中の一つなの。あたしの歌『いにしへの 奈良の都の 八重桜 今日九重に にほいぬるかな』に基づいているんだけどね。まあ、今はそれが張ってあるから、呪鬼を見つけ次第、思う存分戦えるよって話なんだけど」
舞花が急に声のトーンを落とした。
「来た」
「え、来たって何が……?」
「呪鬼よ」
みると、ハルもアキも身構えている。いつでも戦闘態勢に入れる姿勢だ。舞花が、どこからか御札を取り出した。
「ミカサちゃんも、あたりを警戒して。気配が濃くなってきてる」
舞花がそう言った時だった。
〈やあやあ、陰陽師さんたち〉
頭上から、甲高い男の声がした。
〈ちょぉっと、このお寺を占拠してるだけなんだから、見逃してくれないかなぁ)
三笠が空を見上げると——青い肌の色をした袈裟姿の呪鬼が一体、空中に浮かんでいるのだった。
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