第六章 呪鬼の祖は神代に


 「なんで……なんで『アレ』が、ここにもいるのよ……」


 その夜、天乃三笠は一人ベッドに籠もり、体を震わせていた。


「だって、私が引っ越してきたのは、『アレ』から逃れるため、なのに……」


 その呟きは、家族にさえ届かず、もちろん双子の陰陽師にも届かないまま、布団に吸い込まれた――。




 次の日の、約束の放課後。


 教室に三笠とハルとアキの三人が残る。それ以外誰もいなくなったのを確認して、ハルが口を開いた。


「ミカサ、残ってくれてありがとう」


どうも、と三笠は頭を下げる。その様子を見てアキが尋ねる。


「今日、部活……大丈夫だったのか?テニス部に入ったんだろ?」

「うん。ちょうど今日はオフで」

「そんな……貴重なオフを」


困り顔をするアキ。三笠は少し笑う。


「あは、いいのいいの。オフって言っても、遊んだりとか特別な約束してなかったし」


それよりさぁ、と身を乗り出す。 

「昨日の。なんだっけ、『呪鬼』?その話の方が気になるよ」


三笠がそう言うと、アキとハルは突然真剣な顔つきになった。

「ミカサ……君さ、俺たちと『鬼退治』する覚悟はある?」

「ハル……?どういうこと?」

「実は俺たち、陰陽師なんだ」

「待って。わかるように説明して」


 三笠はいったん、深呼吸した。鬼退治だの、陰陽師だの、話が飛躍しすぎている。

 もう一度しゃべり始めようとしたハルを、アキが制した。

「待て、僕から話す」

「なんでだよ、俺が」

「少なくとも僕はハルよりうまく話せる自信がある」


 ふてくされて黙ってしまったハルをよそに、アキは三笠の目を見て話し始めた。

「いいか、これは夢の中の話じゃない。現実だ。それを忘れずに、聞いてくれ」


アキが三笠に語った内容は、次の通りだった。


 はるか昔、ヤマトタケルノミコトが、クマソという、天皇に刃向かった一族を討伐した折のこと——。ヤマトタケルは、クマソを油断させるために、女のなりをして館へ潜入し、見事クマソを討ち取った。そのとき、クマソは、世を呪う言葉を吐きながら死んでいった。彼の呪いは天まで届き、その当時の日本中の負の感情を巻き込んで天空を占拠した。それを祓うために遣わされた神官が祈禱するも、呪の力が強大すぎて断念。神官は、それらをすべて自分の中に封じ込めることで解決しようとする。しかしそれはうまくいくはずもなく、負の感情の塊は、人の形となって「哀楽」と名乗った。これが一体目の『呪鬼』。


「このようにして偶然にもできてしまった闇の者『呪鬼』は、仲間を増やし続け、今もなお日本に住み着いている——って話なんだけど、どうだ?」


 三笠は、率直な思いを口にする。


「ごめん。ついていけてない」


だよなあ……と頭を抱えるアキ。そのスキに話へ入りこんできたのは、ハル。


「難しい話は後にしようぜ。とにかく、その『呪鬼』ってのが、この世の裏を跋扈してるんだ。で、そいつらがいると負の感情が湧き出てきて、よろしくないから退治しようっていうんで。そこで活躍し始めたのが俺たち『陰陽師』。平安時代のころの『安倍晴明』とか有名だろ?」

「私、その人の漫画持ってる」

「そうそう、現代でも人気だよな」

「でも、ここでまたややこしい話が入る」

アキが小さく手を挙げた。三笠とハルが怪訝そうな目で彼を見る。

「僕らのような『陰陽師』と安倍晴明は少し違うんだ」


安倍晴明がやっていたのは、方角占いとか星占い、貴族のおかかえ陰陽師だ。だけど、僕らは違う。どっちかというと、体を張って戦うんだ。『呪鬼』を殲滅するためにね。


 そう言ったアキを、三笠が尊敬のまなざしで見つめる。


「ハルとアキ、戦えるんだ……かっこいい」

「まあな」

得意げになるハル。

「ほら、昨日のあれが『呪鬼』。だから俺たちが駆けつけて倒しただろ?感謝しろよな」


「う、うん……」


三笠は伏し目がちにつぶやいた。


「二人とも、助けてくれてありがと」


『どういたしまして』


返事がそろって聞こえた。さすが双子、というべきか。


「で」


三笠が話を戻す。


「呪鬼については大体わかった。ヤマトタケル……神話時代ってことよね、で、その時に一体目の呪鬼が出現した。そして、それは仲間を増やしていた……あれ、仲間って、どうやって増やしてるの?」

「とりつくんだよ」

「憑く?」

「そ。天乃三笠も取りつかれかけてたじゃないか」


アキの言葉にはっとする三笠。


「確かに……アイツ、『取りついて殺す』って言いながら私に近づいてきてた」

「そうなんだよ。取りつかれると、その人は死んでしまう。しかし、あの世へは行かない。その体は自身の負の感情に乗っ取られ、『呪鬼』になるんだ」


三笠は、自分が呪鬼になっていたら……という想像をして、一人体を震わせた。


「やだ、そんなの。アキとハルが来てくれてよかった」


「へへん、だろ」


と、再び得意げになるハルの頭を、アキがパコンとたたいてつづけた。

「本当に、あのときは危なかったんだ。僕たちが天乃三笠と呪鬼を見つけた時の、距離。すごく離れていて、走っても間に合わないと思った。だけどね、ハルの札が間に合ったんだ。なぜだと思う?」


アキに聞かれた三笠は困った。


「どうしてだと思うって聞かれても……。走っても間に合わない距離だったけど、間に合ったってことよね」


「答えはこうだ、ミカサ」

ハルの目が煌めいた。


「ミカサが、『やめて、来ないで』と言ったから」

「は?私がやめてって言ったから、呪鬼が聞き分けてくれたってこと?」

「違う違う。さっきの言葉は少し語弊があったね」

「……?」

「正確には、ミカサがしゃべることに意味があるんだ」


ますますわからなくなり、アキに助けを求める。

助けを求められたメガネ男子は、軽く咳払いをして三笠を見た。


「まあ、つまり、天乃三笠」


ハルも三笠を見る。


「お前の声には、呪鬼の動きを制す、特別な力があるってことだ」




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