第四章 影の襲来


 飛ぶように時間は過ぎていく。もう、天乃三笠がこの町に引っ越してきてから、一週間がたった。父母の経営する小さなカフェも、だんだんとお客さんが増えてきたようだし、三笠の学校生活も順調。



「友達もできたし、うん。この町に引っ越してきてよかったぁ!」


 とある日の学校からの帰り道、突然歓喜の叫びをあげた天乃三笠を、隣を歩いていた村雨霧花がギョッとした目で見る。


「ミカサ、なんだよぉ急に」

「えへへ」


三笠の頬は夕焼けに照らされて、赤い。


「平和な町で、キリカっていう友達もできて、お母さんたちのお店も上手くいってて……幸せだなぁって」

「いいこと言うじゃん、ミカサ」


霧花の顔にも笑みが広がる。


「でも、一つ忘れてる要素がある」

「え?」

「席を『双子のイケメン』に挟まれて、でしょ?」

「はぁー?キリカのばか!」


三笠は、巫山戯た口調の親友の背中を叩いた。


「べ、別に私、賀茂くんたちのこと好きだとか嫌いだとか、そういう気持ちで見たことないし!」

「そーお?結構傍目から見ると仲良しこよしに見えるけど」

「ん、もお!違うってばぁ」


 道に二人の影が伸びる。そして、いつもの分かれ道に来た。三笠は右へ、霧花は左へと帰っていくのだ。


「あ、ほら、キリカ。もうバイバイだよ。またねー」

「あ、こら、逃げるなぁ」

「逃げてなんかいませんー、帰らなきゃなんですー」

「もう、いつかはアンタの恋事情吐かせてやるんだから!」

「へへーん、なんにも聞こえませーん。まったねー」


 二人は、手を振りそれぞれ歩き出した。


 





 その直後のことであった。

 三笠に禍々しき災が訪れたのは――。



 


 日が暮れる。アスファルトに映る影がだんだん薄くなっていく。その様子を見ながら、天乃三笠は一人家へ急いでいた。


(今日は数学の宿題が出たからやらなくちゃ。あとは、キリカに頼まれてた漫画を貸す準備。それから……)


 三笠の頭の中は、帰ってからやることでいっぱいだった。だから気づかなかったのだ。背後から忍び寄ってくる“影”に。


 その“影”は、三笠の背後十メートルくらいで、フラフラと空中を彷徨っていた。真っ黒な、空気のような“影”――それの正式名称を、誰も知らない。それが今、直径三メートルほどの円を描きながら、三笠を追いかけていた。


 〈ミツケタ……ミツケタ……〉


 その闇は、時折かすれ声を発しながら、渦を巻いている。その中から突然、ギョロリと一つ目玉が浮き出てきた。その血走った巨大な目は――


 〈ミツケタ……トリツク……〉


 天乃三笠の背中を、的確に捉えていた。


 〈トリツイテ……コロス〉


 黒い影が一瞬で形を変えた。円の中から蠢く四本の手。


 三笠が家の前の十字路に差し掛かり、夕焼けが終わろうとしたその瞬間。四本の黒が素早く三笠の肩に伸びた。


 〈ツ・カ・マ・エ……〉


 『させるかぁぁぁぁぁぁ!』


 

 ――――斬!



 一枚の“紙”が飛んできて、その影の腕を一刀両断にした。



 〈ギャアアアアアアアアアアアッ〉



 痛みに悶える黒い影の悲鳴が、住宅地にこだまする。天乃三笠にも、その声は届いた。


「なに、なんの声!?」


 彼女は、振り向いた。

 その目に映ったのは。


「嘘、でしょ……?」


 空中で闇深く渦を巻き、傷口から緑色の液体を垂れ流している、黒い影だった。


  

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