第三章 陰陽師、二人
その日の夜――賀茂家では。
「おい、晩飯できたぞ」
明は晴を階段下から呼ぶ。数秒後、騒がしい足音を立てて彼は降りてきた。
「わあ、いい匂いだね。今日はコンソメスープかな?」
「御名答。まあ手抜きだがな。ほら手を洗ってこい」
「なんかいつも思ってたんだけど、飯のときの明、なんか上から目線だよ。いや、上から目線はいつものことだけどさ、それがヒートアップするっていうか」
「当たり前だろう。ごはん作りは僕の独壇場なんだから。お前の得意料理言ってみろ」
「……カップラーメン」
「ほらな。さっさと手を洗ってこい」
「ふぇーい」
すごすごと洗面所へ向かう晴。その後ろ姿を見て、兄はため息をついた。
「……父さん、どこ行ったんだよ……」
この双子には、父も母もいない。母は双子が物心付いたときにはもういなかったが、父は違う。2年前――晴と明が小6だったころまでは確かに一緒に暮らしていたのだ。父の作るご飯はとても美味しく、母はいなくとも3人で楽しく生きていた……この家で。すごく、幸せな毎日だった。なのに……父は、2年前のある日。突然姿を消した。メッセージも痕跡もなく。存在していたことすら消して、この家からいなくなっていた。当時、中学に入学したばかりだった双子は、ただただ戸惑うことしかできなかった――――それ以来、家事全般は二人で分担して行ってきた。その中で料理担当を継いだのが、明だったのだ。
「いっただっきまーす」
手を洗って戻ってきた晴が、手を合わせて食べ始める。
「うわ、美味そ。ほんと美味いわ」
「食べながら喋るな」
「あい」
しばらく無言でスープを飲む。明もその味に、思わず笑みが溢れる。
「作ったの僕だけど、美味しいわ」
「自画自賛」
「美味しいんだからしょうがない」
さすが父さんだわ、と明。
「え、父さん?」
「ん。このスープのレシピは父さん直伝」
「そうか……そういえばさ」
無理やり話を変える晴。2年ほど経ったとは言え、弟の心にはまだ傷が残っているらしい。これ以上過去を引きずりたくないのは晴も明も同じだった。
「今日の来た転入生の話だけど」
明は頷く。
「天乃、三笠さんね。」
「うん。やっぱりね、俺思うんだ。彼女、声がいいよ」
「それは俺も思ってた」
そう、やはりあの声は。あの、鈴がなるような声には。
天乃三笠の声には
「間違いなく魔除けの力がある」
「それも強力な」
二人で目を合わせてうなずく。
「俺たちの『鬼祓い』、手伝ってもらうのはどうだろうか」
□
双子は、とある仕事をしていた。それは『陰陽師』――――この世に跋扈する悪の『鬼』を『祓う』役割を担っていた。普通の人では気づかない、世の中の闇を纏った生命体、『鬼』。それをこの世から消滅させるべく、昔から一部の人間が『陰陽師』として暗躍していたのだった。彼らの活躍が表に出ることは、ほとんどない。しかし、この世の安泰は彼らが支えていると言って過言ではない。
これは、その『陰陽師』として夜を駆け抜ける双子の物語――
否。
彼らとともに『鬼祓い』をすることとなった、『除の声主』の少女・天乃三笠の物語――――。
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