第二章 双子のクラスメイト
「はーい、はいはい。着席しろー」
担任の先生が手を叩きながら生徒たちに声をかける。その様子を三笠は教室のドアの小さい窓から伺っていた。さっき母とともに挨拶をした、二年二組の担任・
学校を変わるのは初めてじゃない。でも、やっぱり最初の自己紹介のときは緊張するもんなんだ。何度やっても慣れない。既にできている「人間関係」という輪の中に突然紛れ込む異分子。入り方を間違えればどうなるか――実際に間違ったことはないけど、感覚的には分かっている。
明るく、賢く、元気に、ちょっと緊張した面持ちで、大きすぎず小さすぎない声で、無難に。第一印象を決めるのは今日、この場だ。しくじってはいけない。
教室の前で何回も深呼吸をする。しばらくすると、春過先生が三笠を呼びに来た。
「天乃さん、自己紹介、今できる?」
「はい」
教室に足を、踏み入れる。
「新潟から来ました、
ペコっと深すぎず浅すぎない程度にお辞儀をする。ちょっと噛んじゃったけど、たぶん大丈夫だろう。あまり完璧だと逆に不自然。だから「流暢すぎず、噛みすぎず」だ。
「はい、天乃さんでしたー、この二年二組の新しい仲間だ。まあ、楽しく過ごしてほしいな。みんなも仲良くするんだぞぉ。んじゃ、天乃さんは三号車の一番うしろ、そうそう、そこあいてるから座って。」
三笠は指示された席に向かっていると春過先生が思い出したように言った。
「あ、視力とかって大丈夫かな?その席だとだいぶ黒板から遠くなっちゃうけど」
「あ、はい。大丈夫です」
「そうか。それならよかった」
三笠は答えながら机の脇に荷物を置く。――その時だった。
隣の席から爆弾が飛んできたのは。
「君、声かわいいね」
「は?」
思わず聞き返す。
すると声の主はもう一度爆撃を開始した。
「だから、君の声、いいねって」
「――っ!?」
三笠は赤くなりながら食い入るように隣の席を見た。
そこにいたのは――
「やあ、俺は
髪がすこし茶色がかった、明るそうな男の子だった。白い歯を見せながら、三笠に向かって手を振っている。その顔には満面の笑みをたたえて。
「よろしくお願いします。賀茂……くん」
「名前で呼んでよ。ハルって」
「じゃあ、ハルくん、よ、よろしく」
突然の名前呼びしてくる男子の出現に驚きながらも三笠は握手のための手を出した。
転校は初めてじゃない。でもこんなにもすぐに、こんなにも明るく声をかけてくれた人は初めてだった。
三笠が一人嬉しくなっていると。
「おーい、ハル、お前またナンパ開始したのか??」
「なんだよ、悪いかよ」
「まぁ、別にいいけど。今はなんたって多様性の時代だからなぁ」
「そーだ、そーだ」
「てかそれより、天乃さん、よろしくね。一時間目は数学だから、とりあえずそこ座っとけばいいと思うよ。担当の先生にも話は伝わってると思うし」
何やら賑やかな人々が集まってきた。男子女子関係なく、皆仲良さそうに話しかけてくる。いいクラスっぽいな、と三笠は思う。
時間割を教えてくれた子には感謝を述べ、とりあえず教科書は隣の席の賀茂晴――ハルに見せてもらうことにした。
「ハルくん、ありがとう。」
授業後、三笠が晴に笑いかけたその瞬間だった。前の席から冷たい嗤いが聞こえてきた。
「全く、転校初日から災難だな」
「……?」
ハルの方からそちらへ目を向けると、そこにいたのは、冷徹そうな顔をしたメガネ男子だった。
「よりによって、こいつの隣だなんて。しかもさっきちょっとお前赤くなってただろ?」
「それはっ」
「こいつを信じるな、天乃三笠。どうせ口だけの軽薄男だ。声がきれいだなんてお世辞に決まってる。なあ、ハル?」
「お世辞なんかじゃないよ。ミカサの声は本当にきれいだ」
三笠は今度こそ本当に赤面した。
(隣の男子が私の声を褒めてくれてる……! 前の男子は私の声を……貶してる?)
「あなた、さっきから私のことお前呼びして、フルネームで見下したみたいに呼んで、ハルくんのこと目の前で悪く言って、なんなのよ?まず自分から名乗ったらどう?」
まずっ――。
言ってから気づいた。教室に足を踏み切れてから一時間しかたっていない。それなのにもうクラスメイトに喧嘩を売ってしまったということに。
(「名乗ったらどう?」なんて!そんな揚げ足取るみたいに……、あー、転校初日から本当に「災難」よ!まずは謝らなくちゃ)
「あ、いやっ、これはそのっ……すみま」
「あぁ。それは失礼」
――へ?
「僕は
メガネ男子は薄く笑みをたたえながら三笠に向けて名乗った。
(……あれ、怒ってない……?)
てかそれより、賀茂って名字。
「気づいたかも知れんが、そこの賀茂晴の双子の兄だ。よろしく頼む」
ええーー!?この前の席の生意気そうなメガネと隣の席の明るそうな少年が双子の兄弟ぃ?
驚いたように二人を見る三笠。
「えっと、こっちがハルくんで、こっちがアキくん」
「そう。ね、似てないでしょ?」
ハルがニコニコしながら言う。
「僕らは一卵性双生児ではないからな。二卵性だったそうだ」
賀茂明――アキは冷静な眼差しで三笠を見る。
「双子に挟まれて窮屈かも知れんが、わからないことあったら聞いてくれ」
「改めてよろしくね!ミカサ!」
こうして――双子のクラスメイトに翻弄され、訳のわからないまま天乃三笠の転校一日目は幕を閉じた。
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