第15話 告白

 毎日が苦しくて仕方がない。


 四六時中、真也さんのことを考えてしまう。

 真也さんってかっこいい。

 客観的に見て、ものすごく整った顔という訳ではない。

 他人の容姿をどうこう言うのはおこがましいが、レベル的には中の上ってところ。

 それなのに、私にとっては世界一かっこいい人に思えてしまう。


 これが恋なのだろうか……。

 こんな思いを今までしたことがない。

 ということは、真也さんが私にとっての初恋の相手?


 刺草いらくささんの件については、交換日記で真也さんが否定してくれた。

 私は真也さんの言葉を信じる。

 だからもう、彼女の言動に振り回されることはない。


 時計を見ると、午前2時を過ぎていた。

 眠れずに、ベッドの上で何度も寝返りを打つ。


「はぁ……」


 さっきから、5分に1回はため息をついている。

 意識しなくても、自然に出てしまうのだ。


 漫画とかドラマの中では、恋する乙女が今の私みたいな状態に陥る。

 そんなのは所詮〈お話〉だと思っていたが、それは本当に起きることなのだと思い知る。


 今まで何気なく聞いていたラブソングの歌詞が、いちいち腑に落ちる。

 なんだったら、歌詞に共感しすぎて、知らず知らずのうちに涙を流してたりもする。

 まさか自分がこんな風になるなんて……。

 そりゃあ世間にはラブソングがあふれ、それに共感する人もたくさんいるわけだ。


 ベタベタで、ありがちな、恋する乙女――乙女って柄でもないが、思うだけならいいだろう――今の私は、まさにそういう状態。


 とにかく苦しい――


 好きなカメラや写真のことも考えたくない。

 勉強も何もかもが手に付かない。

 しなくてはいけないこと――学校に行くとか伯母さんの手伝いをするとか――以外の時間は、ずっとベッドに寝転んだまま。

 良くない状態だってわかっている。


 これを解消するには、白黒はっきりさせるしかないと思い詰めてしまう。

 すなわち、真也さんに告白して、付き合うことになるか、振られるかをはっきりさせるのだ――うん、それしかない。


 そうだ!

 告白するしか、この苦しさから抜け出る道はないのだ!

 告白しよう!

 明日、真也さんに告白しよう!!


 ……でもなぁ……やっぱり振られるのは嫌だ。

 今のままの状態なら、少なくとも真也さんとつながっていられる。

 たまに話をすることも可能だし、カメラのことをアドバイスしたり、買い物に付き合ったりすることも出来るだろう。

 でも、告白して振られたら、そういうことも出来なくなる。

 恥ずかしくて気まずくて、真也さんともう会うことが出来なくなる。

 振られたら、気軽に話をすることもできない。

 まともに顔をみることだって出来ないだろう。

 もしかしたら、辛すぎて学校をやめることになるかもしれない。


 ……でもなぁ……告白しないと、この苦しさは止まらないよなぁ。

 やっぱり告白しよう!

 そうだ、告白だ!

 決めた!

 告白する!

 明日、真也さんに告白する!!


 ……でもなぁ……断られたら嫌だなぁ。


 ここのところ、この堂々巡りをずっと繰り返している。


 とりあえず、セリフの練習だけでもしておこうかな……。

 ベッドに寝転がったまま目を閉じ、告白の場面を思い浮かべる。


 学校帰り、一緒に土手を歩いている私と真也さん。

 ある瞬間に会話が途切れ、聞こえるのは風の音だけ。

 周りには誰もいない……。

 告白のチャンスだ――


「あの……し、真也さん……は、初めて会ったときからその……す、す……好き……でした……できれば……わ、わ……私と付き合ってください……あの、できればでいいんです……もし真也さんが……嫌だっていうなら、このまま……友達のままでいてくれたらいいなって……虫のいいお願いかもしれないんですけど……よろしくご検討のほど――」


「ひとりで何言ってるの?」

「わっ!」


 気がつけば、ユウが枕元に座っている。


「なっ、なに勝手に入って――」

「もしかして、告白の練習?」

「……そうだけど」

「相手はあいつ?」

「真也さんだよ、決まってるじゃない」

「いつ告白するの?」

「……明日」

「そりゃまた急なことで」

「急じゃないよ……ずっと苦しくてたまらないんだから」

「ふぅん……さっきのセリフだけど、間違ってるよ」

「どこが?」

「初めて会ったときから好きだったってとこ、まずダウトでしょ。そもそも初めてあいつに会ったのって、クラス替えした4月じゃん」

「そうだよ」

「最近まで、あいつの名前も知らなかったくせに」

「それは……」

「それと、あのグダグダはなに? セリフが長すぎるし、断られたときの保険なんていらないよ」

「だって……振られてそのまま関係が終わっちゃうのなんて嫌だから……」

「振られても、あいつにつきまとうつもり?」

「……友達を続ければ、いつかはチャンスがあるかもしれないし」

「そんなこと、振られてから考えればいいんだよ。告白なら、もっとストレートにズバッと言えばいいんだ」

「どんな風に言えばいいかな……」

「好きです、付き合って下さい! これ」

「そんなに短くて大丈夫?」

「短い方がいいって。なんだよ、よろしくご検討云々って」

「丁寧な方がいいかなって」

「短い方が一息で言えるし、セリフを噛むこともないだろ?」

「……うん」

「僕をあいつだと思って、練習してみな」

「……わかった」


 ベッドから起き上がって、ユウの前に立つ。

 真也さんの姿を思い浮かべようとする……が、目の前にいるのはユウだ。

 ユウもそれなりに整った顔立ちをしている。

 客観的にみれば、真也さんより格好良いと言えるかもしれない。


 だけど、ユウにはときめかないんだよなぁ……。

 ずっと身近にいてくれて、話し相手になってくれて、今では心安い存在になってるけど……。

 幽霊なのを差し引いても、ユウは恋愛の対象ではなく、兄弟みたいに思えてしまう。

 弟みたいに感じるときもあるし、お兄ちゃんみたいに感じることもある。


 私は一人っ子だし、兄弟がいた経験はないけど、とにかくユウの存在は近すぎるように感じてしまう。

 安心感があるっていうか……そのせいで、今もリラックスしてる。

 真也さんを目の前にしたら、こうはいかない。


「なにヘラヘラしてるの? 本気でやりなよ」

「努力する」


 深呼吸をして気分を高める。

 いま、私の目の前にいるのは真也さん、真也さん、真也さん……。


「真也さん」

「なに?」

「……ぷっ!」

「ちょっと! 美里、真面目にやって」

「ごめんごめん……でもユウと真也さんとじゃ、緊張感が違いすぎて練習にならないよ」

「いいからもう一度」

「わかったよ……ふぅ……あのね、真也さん」

「どうしたの、美里」

「……私、真也さんのことが好きです」

「僕もだよ」

「本当ですか! じゃぁ、私と付き合ってもらえますか」

「よろこんで」

「……はぁ……むなしい」

「なんだよ、嬉しくないの?」

「真也さんだったら嬉しいけど、ユウだもん」

「僕じゃダメなの?」

「だって幽霊だし」

「……ねぇ、美里」

「ん?」

「僕って何なんだろうね」

「わからない。でも、ユウのことは嫌いじゃないよ」

「好きってこと?」

「うん。でもそれは兄弟に対するみたいな気持ちだと思う」

「まぁ、それで良しとしよう……告白、うまくいくといいね」

「……うん」



   ◇   ◇   ◇



 翌日の放課後――


 シミュレーションの通りに、私は真也さんと一緒に土手を歩いていた。

 太陽はだいぶ西に傾いていて、夕日が水面みなもにキラキラと反射している。

 すこし、風が出てきた。

 ススキがさらさらと揺れている。

 周囲に人影は見当たらない。


 告白するには、絶好のシチュエーションだ。


「美里から一緒に帰ろうって誘ってくれたの、初めてじゃない?」

「……そうでしたっけ」

「いつもオレからばっかだからさ、もしかして嫌がってるのに、無理に付き合わせちゃってるのかもしれないって、思うことがある」

「そんな……お昼ご飯も買い物も……休み時間に話しかけてくれるのだって……ぜんぶ嬉しいです」

「そう……ならよかった」

「はい……」

「ずいぶん寒くなったね」


 真也さんが手を繋いでくる。

 今だ……告白するなら、今しかない――


 立ち止まって、真也さんと向き合う。


「あのね、真也さん……」

「改まってどうしたの、美里」

「真也さん、好きです……私と付き合って下さい!」


 言えた……ユウの言ったとおり、短いから言えた。

 言ってから後悔した。


 断られたらどうしよう……振られたらもう二度と、真也さんに会えない……言葉を交わせない……。

 真也さんの目を見る。

 なんだか悲しそう……どうして……断りの言葉を考えてる?

 いきなり告白なんかされて、戸惑ってる?


「美里……オレは――」


 真也さんが何か言いかけたとき、


「くっそおおッ!」

「っしゃあ!」


 土手のススキをガサガサとかき分け、2人の男子生徒が姿を現した。

 あれって――

 真也さんの友達……まゆげの人と色メガネの人。


「やったな真也、俺は信じてたぞ!」

 と、〈まゆげ〉

「クソぉ……クソクソクソ、クソっ! なんで成功すんだよ……俺のひとり負けじゃんか」

 地団駄を踏む〈色メガネ〉。


「10万だかんな、10万! 俺と真也に5万ずつ、ばっくれんじゃねぇぞ!」

「わぁってるよ……だけどまさか、あの陰キャブスが告白すんのかよ……はぁ、つれぇ……」

「だけどやっぱ真也はすげぇよ。どうやったか、後でコツ教えろよな」


 真也さんの周りで、大声で騒ぎ立てる2人。

 何が起きているのか理解できず、私の頭は混乱する。


「あの……これって一体――」


 おずおずと問いかける。


「三代川! おまえ、いま真也に告ったよな?」

 〈まゆげ〉が私に向かって言う。

「ちゃんと動画も撮ったし、これが証拠だかんな!」


「な、なに言って――」

 動画……証拠……何言ってるの……。


「まだわかんない? 騙されたんだよ、おまえ」

 顔をしかめながら〈色メガネ〉が言う。


「だまされ……た……」


「俺ら3人で賭をしたんだよ。陰キャブス……おっと、地味で目立たない女に告らせることできるかって」


「どうしてそんな……」


「べつに理由なんかねぇけどさ、そういうの楽しいっしょ?」

「真也ってフツメンなのにモテんだよなぁ……どんな女でも、オレに惚れさせる自信がある! なんてナメたこと言い出すからさ、じゃぁ賭けるかって流れになったわけ」

「真也が失敗する方に賭けたせいで……はぁ……10万よ、10万……賭博罪で逮捕されるレベルだって……今から通報してもいい?」

「ばか、そしたらおまえも捕まんぞ」

「10万払うよかマシじゃね?」

「おまえが勝ったら20万総取りだったんだからな。そういうもんだろ、賭けって」

「くそぉ……せっかくためたバイト代が……」


「おい……なんでお前らがここにいるんだよ……」

 と、真也さん。

 声が震えている。


「はぁ? 後付けたに決まってんだろ」

「真也、最近つきあいわりぃからさ」

「こいつに告らせようって頑張ってたんだろ? わかるよ。成功すれば5万だもん、そりゃ必死になるって」

「このところイイ感じになってたみてぇだし、そこへ女から呼び出しだ。こりゃ、告白あんぞって思ったね」


「だからって、オレに黙って後を付けるなんて――」

 真也さんの握った拳が、わなわなと震えている。


「真也が教えねぇからだろうが」

「証拠もなしに告られたって言われても、信じられねぇからな。何せ10万……」

「うるせぇな、さっきから10万10万ってよぉ」

「やっぱ通報すっかなぁ……」

「てめぇ、殺すぞ!」


 〈まゆげ〉と〈色メガネ〉が言い争っている。

 真也さんは、うなだれたまま沈黙。


 今のやりとりで、事情はだいたい飲み込めた。


「……そうですよね……私みたいな陰キャブスが、真也さんを好きになるなんて……身の程知らずでしたね……からかわれてるのにも気づかないで、ひとりで舞い上がって……ばかみたい……」


「お、おい……美里、それは違う――」


「ぎゃははっ! わかってんじゃん、自分の立ち位置」

「あ~あ、泣いちゃった」


「おい黙れ!」


「ンだよ真也……なにいい子ぶってんの? てめぇが言い出したことだろうがよ、あぁ?」


「きっかけはそうかもしれないけど、オレは――」


「……勘違いしてすみませんでした」


「おっ、おい美里、待てよ! 待てって!」


 3人に背を向けて走り出す。

 ここから逃げなきゃ。


 真也さんが追ってくる。

 追いつけるはずがない。

 だって私、走るの得意だから――


 どこへ向かっているのか、自分でもわからない。

 真也さんの前から消えたくて、夢中で走った。

 涙で前がよく見えず、何度か人にぶつかりそうになる。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 ここは……駅のホーム?

 どうやってここまで来たのかわからない。

 無意識のうちに、遠くへ逃げ出したいと思ったからだろうか。


 消えて、しまいたい――


 ”――まもなく3番線を列車が通過いたします……あぶないですから黄色い線までお下がり下さい”


「美里!」


 真也さんがこっちに向かって走ってくる。

 息が上がって、足はフラフラ。

 運動は苦手なはずなのに、私に追いつくなんて……ずいぶん頑張ったね。

 でももういいや……


「さよなら」


 やってきた電車めがけて、線路に飛び込んだ。


「美里!」


 駆け寄ってきた真也さんが手を伸ばす。

 あと一歩が及ばず、真也さんの手が空を切る。


「美里!」


 いやだ!

 まだ死にたくない!


 そう思った途端、グローブみたいに大きな手が、私の腕をつかんだ。

 この手は――


 ゴーッ!


 目の前を、うなりを上げて特急列車が走り抜けてゆく。

 間一髪で死なずに済んだ。


 私を助けてくれた大きな手――

 あれは確かに、


「お父さんの手……」


「美里!」


 真也さんに抱きすくめられる。

 夢にまで見た真也さんのハグだけど、ぜんぜん嬉しくない。

 どうせこれも嘘なんでしょ……。


 それよりも、あの手――私を助けてくれたのは、死んだはずのお父さんの手だった……間違いない。

 でもどうして――

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