第14話 ぶっちゃける

「このままじゃ埒があかない! 若城さんにぜんぶ打ち明けて、アドバイスしてもらう!」

「えっ……そんな……まさか……美里、それはやめて!」


 学校の帰り道、ワカギカメラに向かう私を、ユウが必死に止めようとする。


「若城さんなら大丈夫だよ、絶対に」

「この世に絶対なんてないんだって!」

「ユウは私を信用してくれてるんでしょ?」

「もちろん」

「だったら、私が信用している若城さんのことも信用してくれないと、おかしなことになる」

「理屈としてはそうだけど……」

「若城さんにユウのことも話すし、写った写真も見せるから……それでいいよね?」

「でも――」

「返事は!」

「……はい」


 やだ……私、伯母さんみたいな口調になってる。

 伝染うつったのかな?


 商店街に差し掛かると、買い物客の姿がちらほら。

 恨みがましい目つきで私をひと睨みしてから、ユウが姿を消す。

 なんだ、幽霊みたいな顔もできるじゃない。


「——やぁ、美里ちゃん」

「今日は買い物じゃないんですけど……いいですか」

「冷やかしウエルカム。とくに美里ちゃんなら大歓迎だ」


 いつお店に行っても、若城さんは私を温かく迎えてくれる。

 たいしてお金にならない客なのに……ありがたい話だ。


「こんなこと言うとアレですけど……いつもヒマそうですよね」

「まぁね。ここは自宅で家賃がかからないから、店を潰さずに済んでる。商店街で生き残っているのは、そんな店ばかりだ」

「学校行事の撮影で潤っているんじゃ?」

「卒業アルバム用の写真とかね。このあたりの学校はうちが撮らせてもらってるし、そういう定期収入はありがたいけど、最近は少子化で学校も統廃合が進んでいるからね……正直、厳しいよ」

「そうなんですか……」

「先代――つまりオヤジがこの店を始めた頃は、羽振りも良かったみたいだね。フィルムカメラ全盛期で、カメラも売れたし、現像やプリントの需要もあった……証明写真の需要とか、写真館的なこともやってたしね」

「ここは、若城さんのお父さんが始めたお店だったんですね」

「そういうこと。はい、コーヒーどうぞ」


 目の前に、カプチーノのカップが置かれる。


「いつもありがとうございます……なんだか私、ここへコーヒー飲みに来てるみたい」

「それでもいいよ。僕は友達が少ないからね。美里ちゃんは大事なお客さんであり、友達でもある……と、勝手なこと言ってるけど、気を悪くしないで欲しいな」

「そう言ってもらえると、私も嬉しいです。若城さんは、お店を継ぐ前って何してたんですか?」

「高校を中退して家を飛び出してからは、世界中を旅して回ってた」

「すごい……写真を撮るためですか?」

「写真も撮ったけど、単純に自分の目で世界を見たかったんだ」

「へぇ……」

「貧乏旅だったから、無茶もしたし危ない目にも遭った」

「不思議だとか神秘的だとか……そんな体験をしませんでした?」

「そうだなぁ……メキシコで不思議な経験をしたことがある」

「メキシコ……UFOがたくさん目撃されてるとか」

「UFOは見なかったけど……日本へ帰ってくる直前だったから、今から10年ちょっと前のことだ。当時僕は、メキシコのシナロア州って所をフラフラしてたんだけど、エル・チャポという麻薬組織のボスが逃げ回っている時で、治安は最悪。ホテルの部屋にこもって、必要以上に外へは出ないようにしてたんだけど、ある夜――」


 若城さんは、カプチーノを静かに口へ含む。


「何とはなしにテレビを眺めていたら、部屋に人の気配がしたんだ。扉の開いた音もしなかったし、だいいちこんな夜更けに僕を訪ねてくる人なんているはずもない。身の危険を感じたけど、急に動けば入ってきた誰かを刺激するかもしれない……いきなりピストルでズドン! じゃ、たまらないしね」

「……ど、泥棒だったんですか?」

「それで、頭は動かさずに目だけを横に動かした。すると、かろうじて目の端に何かが見えた」

「それは……」


 ごくり、とつばを飲み込む。


「大きさはソフトボールくらい……ぼんやりと黄色っぽく光っていて、床から1メートルくらいのところをふわふわと漂っている」

「……人魂ひとだまみたいですね」

「そうそう、まさに人魂。ちょっと安心して――なにせ強盗じゃなかったからね――その人魂をじっくり観察しようと思ったんだ。怖がらせないように、そろそろと近づいてさ……警戒心の強い野良猫に近づくみたいにして。手が届くくらいのところまで近づいても、そいつは逃げる気配がない。手を近づけても熱さを感じないから、思い切って触ってみた」

「ど、どうなったんですか?」

「触れなかった」

「?」

「ホログラムみたいに手をすり抜けるんだ」

「ははぁ……」


 私は、ユウをひっぱたこうとしたことを思い出した。

 若城さんが人魂に触れなかったように、私もユウに触ることができなかった――


「風を当てれば動くかもしれないって思ってさ……風船みたいに。それで、持っていた扇子で風を送ってみたけど、全然動かない」

「写真は撮らなかったんですか」

「考えもしなかった……今思うと、惜しいことをしたよ。あんなにはっきり見えてたんだから、フィルムにも写ったはずだ」

「それは……残念ですね」

「まぁ、撮れたとしても、単に明るい光の玉ってだけだからね。心霊写真としては、おもしろみがないだろうけど」

「その後も、ずっと人魂と一緒だったんですか?」

「それがねぇ……しばらくそいつを観察してたんだけど、動きもしないし何の変化もない。30分もたつと、もう飽きてきちゃってさ。ふと目を離した隙に、人魂は消えていた」

「……不思議な話ですね」

「この話には続きがあってね……人魂が消えた後、すぐに部屋の電話が鳴った。日本からの国際電話。要件は、オヤジが死んだという知らせだった」

「ひえっ……」


 ぞわぞわっ……背中に寒気を感じる。


「あの人魂は、もしかしてオヤジの魂だか幽霊だったのかも……そんなことを思った」

「そ、そうですよ、きっと」

「偶然の一致かもしれないけどね」

「若城さんのお父さんが、自分が亡くなったことを知らせに行ったんですよ……メキシコまで」

「オヤジとはずっと仲違いしてたからなぁ……高校を中退して家を飛び出したのだって、オヤジに反発したからだし」

「亡くなるまで、ずっと疎遠だったんですか」

「親戚の葬式とかで、たまに日本に帰ってくるだろ? そしたらオヤジもそこへ参列してるわけだ。顔を見て(オヤジも老け込んだなぁ……)なんて思うけど、言葉を交わすこともなく……何を話したらいいか、わからなかったしね」

「そんな……」

「家を飛び出すときに、売り物の高いカメラをかっぱらって行ったから、その負い目もあったし……チャンスがあるうちに謝っておけば良かったと思うよ」

「カメラがなくなって、驚いたでしょうね……お父さん」

「ライカやハッセルも持って行ったから、怒り狂ったんじゃないかなぁ……まぁ、オヤジが死んでこの店をどうするかってなったとき、人魂のことを思い出してね。わざわざメキシコまで飛んできたんだから、何か言いたいことがあったんだろうって」

「若城さんに、このお店を継いで欲しいって言いたかったんですよ」

「僕もそんな気がしたんだ……」

「怖いお話かと思ったけど、いいお話でしたね」

「この話は今まで誰にもしたことがなかったけど……聞いてくれる人がいて良かった」

「あの……実は、私も相談したいことがあって、今日ここへ来たんですけど――」

「僕に相談? 嬉しいね……何でも聞くよ」

「実は――」


 ユウの存在と、彼が写り込んだ心霊写真のことを、若城さんに話した。

 若城さんは、ときおり質問をはさみながら、私の話を真面目に聞いてくれた。


「なるほど……そのユウくんは、いまここにいるの?」

「いないと思います。さっきお話した通り、CIAに捕まるのを怖がっているみたいで……」

「なぁ、ユウくん……おじさんは君をCIAに売ったりしないから、怖がらずに出てきてくれるかな?」


 あたりを見回しながら、若城さんが呼びかける。

 ユウは現れない。


「……出てきませんね。今までだって、私以外の人が周囲にいると、絶対に姿を見せてくれなかったんです」

「美里ちゃんがひとりの時は、ずっと姿を見せてる?」

「それがそうでもなくて、プライバシーを尊重してくれてるというか、いや……尊重してないかも……とにかく気まぐれで、出たり出なかったり」

「ふぅむ……ユウくんの姿形は?」

「歳は私と同年代に見えます……背は170センチくらいかな。体型はやや細身で、服装はうちの学校の制服を着ています……けど、着るものは自由みたいですよ。最初に出てきた時は死に装束でしたから」

「白い着物の?」

「額に三角の布を付けたアレです」

「昔の人かもしれないな」

「私もそう思ったんですけど、幽霊だとわかるように、いかにもな格好をしていたそうです」

「なるほど……面白い男だね」

「外見に関しては、これを見ればわかるかと……」


 全コマにユウが写り込んだフィルムを若城さんに手渡す。


「拝見……」


 フィルムを見た若城さんが、みるみる険しい顔つきになる。


「……これが……幽霊の写った写真、ね」

「男子がふざけて写っているように見えるでしょうけど、本当に心霊写真なんです」

「……そのカメラで撮ったの?」

「はい」


 手元に置いてあったOM-1を若城さんに渡す。


「フィルムとカメラ、しばらく預かってもいいかな……じっくり隅々まで調べてみたいんだ」

「はい」

「これからすぐに取りかかるから、美里ちゃんはもう帰った方がいい」

「わかりました……よろしくお願いします」

「うん」


 何となく拍子抜けした気分。

 若城さんだったら、もっと派手に驚いてくれると思ったのに……。

 無言で店の奥へ入っていく若城さんに別れを告げ、お店から出る。

 外はもう夕方で、通りはひっそりとしていた。


「ユウ……さっきは出てきても良かったのに……ねぇ、聞いてるの?」


 呼びかけてみるが、ユウは姿を現さない。

 CIAに通報される心配がなくなったんだから、出てくればいいのに。


 冷たい風が足下を通り過ぎ、落ち葉がくるくると舞い上がる。

 身震いしながら、マフラーを口元まで引き上げた。

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