第13話 逃亡!

 午前10時から片付けを始めて、いまは午後1時——


 私は、絶望感にさいなまれていた。

 いくら片付けても終わらない……。


「そもそもモノが多すぎる!」


 頭を抱えていたところに、ユウが現れた。


「うわっ……なにこれ……」

「紗友さんの家……」

「掃除のバイトってやつ?」

「そう……紗友さん、おしとやか系のキャラとみせかけて、凶悪極まるこの散らかしっぷり! 始めてから3時間も経つのに、最初に手を付けたリビングすら終わってない……」

「もうお昼過ぎてるけど、ご飯は食べたの?」

「そんな暇はない」

「何か食べた方がいいんじゃない? おなか空いてると悲観的になるよ」

「……そうだね」


 紗友さんが用意してくれたお昼ごはん——コンビニのおにぎり——を食べ終わると、元気が出てきた。


「あれはなんだろう……あそこの木彫りの人形みたいなの」

 ユウが部屋の隅を指差す。

「さぁ……禍々しい顔してるから、呪いの儀式とかに使うアイテム?」


「その額に入った絵はなに?」

 今度は壁。

「UFOの内部……かな。てか、私に聞かれてもわかんないよ」


「さすがはオカルト研究会の会長というべきか。怪しいモノばっかりだ」

「そういう大物はまだマシ。壊さないように気をつければいいだけだし。地味に気力と体力を削っていくのが、膨大な量の本だよ」

「本って重いからね……」

「オカルト系も多いけど、それ以外のジャンルも幅広い。紗友さん、これ全部読んでるのかな……」

「速読が出来るとか……あ、卒業アルバムだ」


 床に積んであった魔術書の間に、卒業アルバムが挟まっていた。

 興味本位で手に取って、パラパラとページをめくる。

 

「中学校の卒業アルバムだね……紗友さんとみっこセンパイは同じ中学校の出身なんだ」

「美里は?」

「私はその隣の中学校。学区がギリギリのとこなんだよね。どこの学校にも遠いっていう」

「遠距離なら自転車通学ができるから、むしろ楽なんじゃないの?」

「私、自転車乗れないから……」

「ははぁ」

「小学校の頃は、自転車持ってる友達が羨ましかったな」

「買ってもらえなかったの?」

「自転車なんて危ないし必要ない、って伯母さんに言われてさ……大人になったら、働いて自分で買おうって思ったの」

「苦労してるねぇ……」

「その代わり、走るのが得意になったよ。自転車に乗った友達の横を走って移動してた」

「それ、友達も気まずくない?」

「だよねぇ……当時は変だと思わなかったけど、友達に気を遣わせてたと思う」

「美里って友達いたんだね」

「当時は普通にいたんだけど……周りがスマホを持ち始めた頃から、だんだん疎遠になっちゃって。私自身も、思春期に入った頃から内にこもる性格に変わったみたいで、それで余計にね」

「やっぱり、スマホも伯母さんに反対された?」

「そもそもスマホが欲しいなんて言い出せなかった。まぁ、結局アレルギー……みたいな反応が出るから、持ちたくても持てないんだけど」

「どこまでがアレルギーなんだろうね。スマホとかデジカメはダメでしょ」

「電子辞書もダメ」

「テレビのリモコンとかは」

「それは大丈夫」

「フィルムカメラだって、電池を使うやつもあるでしょ」

「それも大丈夫」

「基準がわからないな……何に反応してるんだろう?」

「わかんないけど……自分では、心理的なものだと思ってる。心と体はつながってるから」

「やっかいだねぇ」

「心理的な原因なら、いずれ克服できるかもしれない……見てこれ、紗友さんもみっこセンパイも可愛い!」


 アルバムの中に、みっこセンパイと紗友さんが並んで写っている写真を見つけた。


「手を繋いで仲良さそうだね」

「告白したのは高校に入ってからって言ってたから、このときはまだ友達同士ってことか」

「告白……なにそれ?」

「私もさっき知ったんだけど、みっこセンパイと紗友さんって付き合ってるんだよ」

「ええっ!」

「みっこセンパイ、ここに入り浸ってるんだって」

「もう、同棲じゃん」

「どうりで、この散らかった部屋でもスイスイと動き回れるわけだ」

「驚いたなぁ」

「私もびっくりした。でもいいなぁ……好きな人と気兼ねなく一緒に居られる生活……憧れるなぁ……」

「美里がいま住んでる家じゃ、無理だもんね」

「それもあるけど、私の場合はそれ以前の問題だよ……紗友さんにも後悔しないように行動しろって言われたし……色々と考えちゃうなぁ」

「あいつのことなら、僕はやめといた方がいいと思うけど」

「嫉妬でしょ?」

「違うって」



 その後4時間――

 私は頑張った……偉いぞ、私。


「ただいま~」

 紗友さんとみっこセンパイが帰ってきた。

 ユウはとっくの昔に姿を消している。

 薄情者め……。


「おおっ、床が見える!」

「ほんと、久しぶり……へぇ、うちのフローリングってこんな木目だったんだ」

「なんか、ツヤツヤしてないか……」


「……ワックスかけましたから」


 リビングのソファから苦労して起き上がる。

 ぽかんと口を開けて周囲を見回しながら、紗友さんとみっこセンパイが部屋に入ってきた。

 紗友さんが両手に持った紙袋から、なにやら怪しげなアイテムが飛び出している。

 またモノが増えるのか……。


「すごいよ美里ちゃん!」

「こんなにスッキリするなんて……美里、どんな汚い手を使ったんだよ」

「汚い手ってなんですか……とりあえず、いちばん使ってなさそうな部屋に、ガラク……いやその荷物を詰め込んでおきました」

「この家ってこんなに広かったんだねぇ……この呪物も飾るスペースができてよかった」


 と、紗友さんが紙袋から取り出した包みを開く。

 出てきたのは、茶色にひからびた……なんだろう?


「なんですか、それ……」

「乾燥させたアルマジロ」

「ひえっ!」

「ブードゥーの儀式で使うアイテムなんだ」

「そ、そんなの持ってて大丈夫なんですか……」

「これ、レプリカだから。本物みたいに見えるでしょ?」

「……本物を知りません」

「ケーキ買ってきたから、食べようぜ」


 みっこセンパイが、キッチンでお茶の準備を始めた。


「私、手伝います」

「美里は座ってな。掃除で疲れてるだろうし」

「でも……」

「いいから座ってろって」

「そうですか……じゃ、お言葉に甘えて」

「いやぁ、食器棚も綺麗に整理されて……ここんち、ちゃんとしたお茶セットがあるんだな」

「あるよぉ……今までは発見されなかっただけで」紗友さんが口を尖らせる。

「美里ちゃんのおかげだね」

「どうせすぐに混沌が戻ってくるって」

「それまでは、秩序を享受しよう」


 ……恐ろしい会話が聞こえてくる。

 ほどなく、みっこセンパイがケーキと紅茶の用意をして戻ってきた。


「これ、らしくない形してるけど、モンブランなんだ」

「へぇ……こんなモンブラン、初めて見ました」


 モンブランケーキと言われて私が思い浮かべるのは、細い紐みたいなニョロニョロのクリームをこんもりと盛り上げて、頂上に栗を丸ごと乗せた形だ。

 でも、目の前にあるモンブランは、思ったのと違う形をしている。

 全体的な形状はタージマハルのてっぺんみたい。モンブランに特徴的な紐状のクリームがなくて、表面はつるんとしている。


「いただきます」


 フォークを入れると、外側は殻状になった固めのマロンペースト、中はふんわりとしたカスタードと軽めのクリームが詰まっている。土台はスポンジケーキ。

 ひとくち食べると、


「あ、おいしい!」


 軽い口当たりで箸が進む――いや、この場合はフォークが進むと言うべきか。

 子供の握りこぶしくらいあるケーキだったが、あっという間に食べ終わっていた。


「ふふ……いい食べっぷり」

 紗友さんがニコニコ顔で私をじっと見ている。


 ケーキなんてほとんど食べたことがないから、つい夢中になってしまった。

 恥ずかしい……。


「モンブランってどっしりと重めな味のものが多いけど、ここのはあっさりして甘さ控えめなんだよね」

 と、紗友さん。


「チョコのやつも旨いから試してみろよ」

 みっこセンパイが、チョコ色のモンブランを持ってきてくれる。


「……ス、スミマセン」


「たくさん買っちゃったから、どんどん食べて」

「この金持ちめ」

 みっこセンパイが冗談めかして言う。


「いくらお金があっても、買えないものだってあるんだよ」

 そう答える紗友さんは、ちょっと寂しげな表情。


「紗友さんとみっこセンパイって、中学のときから仲良しだったんですね」

「私は転校生だったんだけど、他人に合わせるのが苦手な性格だったから、クラスに馴染めなくて孤立しちゃってね……見かねて声をかけてくれたのがみっこだった」

「馴染もうとする努力のカケラすらなかったからな」

「だって、私は私だもん」

「あの頃の紗友は、社会性がゼロどころかマイナスだった……」

「みっこが仲立ちになってくれて、何とか周りに馴染んでいくことができたと思う」

「苦労したなぁ……あの頃は」

「みっこは、どうしてあのとき私に親切にしてくれたの?」

「……いまさらそれ聞く?」

「聞きたいなぁ」

「私も聞きたいです」

「み、美里まで……オレを困らせるな」

「ねぇ、どうして?」

「不思議ですよねぇ」

「ね~っ?」

「くっ……だから、気になったからだよ」

「どういう所が気になったんですか?」

「それは……か、顔……かな……」

「好みのタイプだったと?」

「美里……おまえは芸能レポーターか……」

「顔が好みだったんですね?」

「そうだよ」

「好きだという気持ちに気づいたのは、いつ頃ですか?」

「……はじめから」

「一目惚れってことですか」

「ああ」

「でも、告白したのは高校に入ってからですよね」

「怖かったからな」

「というと?」

「断られたらどうしようって思ってたよ。それで関係が壊れるのが怖かった」

「……なるほど」

「でも高校に入ってから、紗友が急にモテだしてさ」

「みっこセンパイのおかげで、社交性が出てきましたもんね」

「余計なことをしたと思ったね」

「美人で人当たりもいいとなれば、そりゃモテますねぇ」

「だろ……そんで焦ってさ……」

「告白はどこで?」

「そんなの言えるかよ」

「夜景の見える丘の上だったね」

「ちょッ……さ、紗友——」

「ベタですねぇ……それに、みっこセンパイって意外とロマンチスト」

「意外とか言うな……少しでも成功率を上げたかったから、こっちも必死だったんだ……」

「健気ですねぇ」

「そもそもなんでオレ、こんな話してるんだ……美里はどうなんだよ」

「へ……わ、私ですか」

「紗友から聞いたぞ。占いの結果が悪くて落ち込んでるんだって?」

「そそそんなことありませんって」

「相手は誰だよ」

「そそそそそそそんなこといっ、言えるわけないじゃないですか」

「言っちゃえよ。場合によっちゃ協力できるかもしれないぞ」

「うぅ……あっ! そろそろ帰らなきゃ!」

「おい、待てよ美里――」

「ケーキごちそうさまでした、失礼します!」


 カップに残った冷めた紅茶をぐっと飲み干すと、私はその場から逃げ出した。

 背後でみっこセンパイが何か言っているのが聞こえたが、とにかくここを離れなきゃ……。



「はぁっ、はぁつ……こ、ここまで来ればもう大丈夫……」

「美里……掃除は終わったの?」


 ユウの言葉で我に返る。

 どこをどう走ったものか……気が付けば、いつもジョギングで走っている土手にいた。


「汗がすごいけど……」

「み、みっこセンパイの取り調べがキツくて……思わず逃げ出しちゃった……ふぅっ……ふぅっ……」


 ようやく息が整ってきた。


「何を言ってるのかわからないけど、逃げ切れたみたいで良かった」

「危ないところだったよ」

「足が速くて良かったね」

「逃げ足には自信があるんだ」

「戦うよりも逃げた方がいい場合も多いもんね……そんなに危険な目に遭ったの?」

「危険も危険……もう少しで貞操の危機」

「てっ、貞操!?」

「……好きな人が誰か、白状させられそうになった」

「え……それって貞操の危機って言う?」

「私の宇宙では言うの!」

「ルーカスみたいなことを……」

「とにかく、あのままあの場所にいたら、何を言わされるかわかったもんじゃない」

「ははぁ……? ま、でもお金がもらえたんだから、良かったじゃない」

「えっ?」

「えっ?」

「あああっ! アルバイト代、もらい忘れた~っ!」

「……どうしてそういうことになるんだろう」

「うぅ……みっこセンパイが悪いんだ……あんな……私を追い詰めるようなこと言うから……報酬ももらわずに逃げ出すことになって……はぁ……まぁ、紗友さんのことだから、踏み倒すようなことはしないだろうし……学校で会ったときに、もらえばいいや」

「美里って、テンパると後先考えずに行動することあるよね」

「……はい」

「心に余裕がないんだろうね」

「……返す言葉もございません」

「今日はやけに素直じゃない」

「……心身ともに疲れてるから」

「じゃ、早く帰って体を休めなきゃ」

「そうする」


 土手から見える川面が、夕日を受けてキラキラと輝いている。

 綺麗だなぁ……。

 真也さんと他愛もない話をしながら、この道を一緒に歩けたらいいのに……。


 くしゅん!


 汗が引いて寒くなってきた。

 早く帰って熱いシャワーを浴びよう――

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