第10話 怖いものが写ってる
放課後、写真部の暗室でフィルムの現像をしていると、いつの間にか現れたユウが肩越しにのぞき込んできた。
「久しぶりだね、現像」
「うん……」
「何の写真?」
「ちょっと……ね」
「あれ……1枚しか撮ってないの?」
「うん……」
「それにそのフィルム、僕が写ってない……どういうこと?」
「わからない……セルフタイマーで撮ったからかも」
「大発見じゃん! 美里が直接シャッターを押さなければ、僕が写り込まない写真が撮れるんだ!」
「かもしれない」
「僕が写らないのは少し寂しいけど、写りたい時には美里がシャッターを押せばいいんだからさ」
「うん……」
「なんか上の空だね」
「…………」
「この写真……美里の隣にいるのって――」
「……真也さん」
「やっぱりあいつか……どうしてこんな写真撮ったの?」
「ユウには関係ないでしょ」
「僕は美里に取り憑いてる幽霊だよ? 関係大ありじゃないか」
「うるさいなぁ……きのう一緒に出かけたの」
「あいつと? どこへ?」
「カメラが欲しいっていうから、一緒に買いに行ってアドバイスしただけ」
「そんなの口実に決まってる! 美里とデートしたいからって、興味もないカメラを口実にしたんだよ」
「……真也さんもそう言ってた」
「ほらみろ! あいつはそういう卑劣なヤツだ」
「でも、買ったばかりのカメラで楽しそうに写真撮ってたし、興味も出てきたって」
「嘘に決まってる」
「決めつけないでよ……これ、焼かないと」
引き伸ばし機で、キャビネサイズのプリントを2枚焼く。
「……ニヤついた締まりのない顔しやがって」
「嫉妬しないでよ」
「嫉妬じゃないって!」
「あれ……写真の背景に誰か写ってる」
「僕じゃないよ」
「わかってる……ほらここ、背景に写ってる木の後ろ」
「……女の人かな」
「どこかで見たような……」
「この学校の生徒?」
「そんな気がする……あっ! これ、
「知ってるの?」
「知ってるって言うか……この前、廊下でぶつかった時、死ねばいいのにって言われた……」
「ずいぶん攻撃的な人だね」
「刺草さんがなんで……しかもカメラ目線で写ってるから、私たちのこと見てるんだよね」
「なにそれ、怖い」
「……幽霊の言うセリフか」
「幽霊だって、怖いものは怖いよ。この人の表情……美里のこと睨んでない?」
「うん……この前ぶつかった時のこと、まだ恨んでるのかな」
「それにしたって、休日に学校の外まで追いかけてくる?」
「たまたまあの場所に居合わせただけかもしれないし……」
「本人に訊いてみたら?」
「そんなこと出来るわけないでしょ」
「まぁ、そうだよね……」
「とりあえず、真也さんにあげる分は、覆い焼きして背景を暗くしちゃおう」
「写真、あげるんだ?」
「真也さんが、ツーショットの写真が欲しいって言うから撮ったんだもん」
「嫌がる美里をムリヤリ……なんて酷いやつだ!」
「別に嫌がってないし……あと、買ったばかりの自分のカメラで私の写真バンバン撮ってた」
「破廉恥な!」
「……大げさだよ」
「美里も美里だ。無防備に写真を撮らせるなんて……何に使われるかわからないよ?」
「やっぱり嫉妬してる」
「違う! 僕はただ、美里のことを心配してるの」
「ユウのことは嫌いじゃないけど、幽霊だしなぁ……だいいち、触ることもできないし」
「嫌いじゃないんだ?」
「かといって、ときめいたりはしないけど」
「あいつにはときめくの?」
「え……」
「真也くんにはときめく?」
「それは……おっ、こんなもんかな……ほら見て、刺草さんのあたりが黒く潰れてるでしょ?」
「ほんとだ」
「その分、主題である私たちの姿が浮かび上がったように見えるってわけ」
「へぇ……こんなことも出来るんだね」
「こうやって一枚一枚、じっくりと作品を仕上げていくのが、暗室作業の楽しいところなんだ」
「なるほどねぇ」
プリントを乾燥棚に置く。
そろそろ帰る時間だ。
部室の戸締まりをしていると、背後に人の気配が――
「
「ひッ!」
耳元で名前をよばれ、息をのむ。
振り向くと、刺草さんがすぐそばに立っていた。
鼻と鼻が触れるほど顔が近い。
漫画で言えば、〈やんのか、コラ〉の距離感。
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「あんた昨日、真也と何してたの?」
「へ……」
「休みの日に街で真也と二人きり……何をしてたのか訊いてんの!」
「あ、あの……カメラが欲しいっていうからその……一緒に買いに――」
「それだけ?」
「お礼だって……お茶をごちそうに……」
「その後は?」
「真也さん、急用ができたみたいで、すぐに帰っちゃったけど……」
「ハッ、やっぱりね。真也があんたみたいな陰キャブス、相手にするわけないんだから」
「え……な、何言って……」
「もう真也の周りをウロチョロするなってこと」
「別に私、そんな……」
「目障りなんだよ」
「…………」
「真也には、涼花っていう彼女がいるんだからね」
「かの……じょ……」
「ちょっと優しくされたくらいで、舞い上がっちゃう女が多いんだから。あんたも勘違いしないことね」
ドン、と両手で肩をどやされる。
それほど強い力ではなかったけど、膝から力が抜けて、床にへたり込んでしまう。
「今度、真也に近づいたら、呪い殺してやる!」
捨て台詞を吐くと、刺草さんはドスドスと足音を立てながら廊下を去って行った。
彼女の姿が見えなくなった後も、私はその場から動けなかった。
「どうしたの美里……泣いてるの?」
「え……」
姿を現したユウに指摘されて、はじめて自分が泣いていたことに気づく。
さっきの出来事をユウに話した。
「あいつ、二股かけてたんだ!」
「刺草さんが言ってるだけだから、本当かどうかわからないけど……」
「いいや、あいつならやりかねないね。あいつはそういう男だ」
「真也さんの口から真相を聞くまでは、信じない」
「……そんなに彼のことが好きなんだ」
「うん」
「はぁ……僕はずっと反対なんだけどな……美里にはもっとふさわしい相手がいるはずだよ」
「ユウとか?」
「まぁ、あいつよりはぜんぜん優良物件だと思うけど……所詮、僕は幽霊だからなぁ」
「そういえばさっき、刺草さんから〈呪い殺す〉って言われたんだけど……もしかして、ユウって刺草さんの生き霊なんじゃ――」
「え……急に何?」
「私を恨むあまり、生き霊となって作品作りの邪魔をしてるとか」
「ありえないよ、そんなの」
「……言い切れる?」
「言い切れるね。そもそも性別が違うじゃないか」
「幽霊だから、何でもありなのでは?」
「それにしたって、何もかも違いすぎだ!」
「ユウには、自分が生まれる前の――この世に現れる前の記憶がないんでしょ?」
「うん」
「刺草さんが激しく私を恨んだ結果、生き霊を作り出した……その生き霊がユウの姿をしていた、という説は?」
「そんな……僕が生き霊だなんて……しかもそんな非道い女の生き霊だなんて! そんなの信じない! 信じたくない!」
「私だって信じたくないけど……可能性としてはあるんじゃない?」
「僕が生き霊? そんな気は全然しないんだけどな……」
「生き霊の気分がわかるわけ?」
「それは……わからないけど……でも、違うと思うんだよなぁ……」
「確かめてみないと」
「どうやって?」
そんなの決まってる——
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