第11話 タロットカード

 私の周りで幽霊に詳しい人といえば、紗友さんしかいない。


 オカケンの会室――すなわち、屋上前の踊り場へ行ってみる。

 折りたたみテーブルの上にタロットカードを広げていた紗友さんが、私に気づいて顔を上げた。


「あれ、美里ちゃん……入会?」

「いえ……今日はまだ……それ、タロットですか?」

「知ってるの?」

「占いですよね」

「そ……」

「何を占ってるか訊いてもいいですか?」

「ん~、今日の夕ごはんをね……牛丼にするか、カレーにするか……どっちがいいかなって」

「え……そんなこと占ってもいいんですか……」

「良いも悪いもないよ。タロットってそういうものだから」

「へぇ……もっと神秘的なものかと思ってました」

「何を占ったって良いんだよ。恋愛とか仕事とか、そういうのが需要としては多いだろうけど」

「恋愛……」

「なに、好きな人でも出来た?」

「いっ、いえその……はは……そんなことぜんぜん……あるわけないっていうか……私なんて――」

「占ってみる?」

「いっ、いえ……私はあの……べ、べつに恋愛とかそんな……あっ! ぎゅ、牛丼とカレー……どっちにするか、結果は出ました?」

「見てごらん……」


 光沢のある黒布が敷かれたテーブルの上には、V字型にカードが並べられている。

 全部で5枚。

 真ん中に1枚と、左右に2枚ずつ。 


「真ん中が現在で、右が牛丼、左がカレーを選んだ時の未来」

「ははぁ……」

「どんな印象を受ける?」

「タロットの見方なんて、全然わかりませんよ」

「カードを見たときの印象でいいから」

「そうですね……右の牛丼の絵は幸せそう……左のカレーは……剣がいっぱい刺さって痛そうだし……牛丼にした方が良さそうに思えます」

「うん、私もそう思う……じゃぁ、今日は牛丼屋さんに行こう」

「お店で食べるんですか?」

「ひとり暮らしだし、キッチンが崩壊してるから……たいてい外で食べてる」

「崩壊って……」

「腐海っぽくなってる」

「…………」

「掃除とか苦手なんだよね……美里ちゃん、バイト代払うから私の部屋、掃除してくれないかな」

「え……本当ですか」

「謝礼はそうだな……5千円でどう?」

「やっ……やります!」

「じゃ、今度の土曜日でいい?」

「お願いします!」


 5千円あれば、服が買える!

 真也さん、どんな服が好きなんだろう……とりあえず可愛いスカートを――


「美里ちゃん、よだれ垂れてる」

「はっ!」


 慌てて口元をぬぐう。


「そういえば、何か私に用があったんじゃないの? 別に用がなくたって、美里ちゃんならいつでも歓迎するけどさ」

「そうでした……じつは――」


 ユウのことは伏せつつ、生き霊について訊いてみた。

 紗友さんによると、幽霊というのは生前の姿で現れることがほとんどで、生き霊もそれに倣うようだ。


「——生き霊の場合だと、余計に今現在の姿で現れるんじゃないかな」

「ははぁ……」

「生き霊の目的が、対象に取り憑いて害をなすことだとすると、自分が誰であるかを対象に知らしめた方が、より効果的に相手を苦しめるだろうから」

「なるほど……」

「ポルターガイストみたいに姿そのものがないとか、人魂ひとだまっていう魂だけの存在もあるけど、そういうのは、いわゆる幽霊とは違う気がする」

「ふむ……基本的には、幽霊って本人の姿で現れるんですね……それと、もうひとつ聞きたいんですけど——」

「うん」

「幽霊が記憶喪失になることって、あるんですか?」

「あるかもね。さしたる目的もなく、彷徨さまようだけの幽霊もいるらしいし……そういう幽霊って、自分が何者だったのかを忘れちゃってるんじゃないかな」

「紗友さんは、そういう幽霊を見たことがありますか?」

「ない。そもそも私って、オカルトは好きだけど〈見えない人〉なんだよね。霊感ゼロ」

「えっ、そうなんですか!?」

「うん。いままで一切、幽霊とか見たことがない」

「意外……」

「話を戻すと、記憶喪失の幽霊はいるかもしれない。だけど、本人と全く関わりのない姿形をした幽霊とか生き霊っていうのは、いないとまでは言わないけど、かなり珍しいんじゃないかな」

「そうですか……」

「なんだか、がっかりしたみたいだけど?」

「そんなことありませんけど……」

「悩みがあるなら、相談に乗るよ?」

「いえ……」

「何だったら、タロット引いてみる?」

「占いですか?」

「行動の指針になるかもしれないし」

「……やってみようかな」



 紗友さんの指導の下、裏返しにしたタロットカードを机の上でかき回す。


「質問を思い浮かべながらぐるぐるして……ビビッと来たカードを1枚選ぶ」

「はい……」


 いま私が一番気になっていること……コンテストのことでもなく、ユウのことでもない……刺草さんは関係あるかもだけど……いちばん知りたいのは、真也さんのことだ。


「質問はなるべく具体的にね」

「はい……」


 真也さん……私のこと、どう思ってるんですか――


 ぐるぐるぐるぐる……

 机からカードを落とさないように、慎重にかき混ぜる。


 ぐるぐるぐるぐる……

 あっ、いまビビッと来た!


 静電気で髪の毛が逆立ったような感じ。

 背中に鳥肌が立ち、脳みそがぞわっと痺れる。

 カードが意思を持って、自分から私の手の中に飛び込んできたような——そのカードを選び取る。


「選んだら、裏返しで縦向きに置いて、上下の向きを保ったままめくってみて」

「……はい」


 現れた絵柄は……逆さまになった〈Justice〉


「これってどういう意味ですか」

「美里ちゃんの思い浮かべた質問がわからないから、詳しいことは言えないけど……〈Justiceの逆位置〉の一般的な解釈としては、不正とか後ろめたいこととか、打算的な関係とか……そんなとこかな」

「……あまり良い意味じゃなさそうですね」

「所詮は占いだから」

「でも……」

「それにそのカード、今の状態とか今の状態のまま進んだ未来を表しているんだ。だから今後、状況に変化があれば、それに伴って未来も変わっていくから」

「……運命は決まってないってことですか」

「そういうこと。タロットの結果を踏まえて、気持ちや行動を変えていけばいいんだよ。占いってそういう風に使うの」

「……紗友さんが今日、どうしてもカレーが食べたくなったらどうします?」

「占うときに思い浮かべたのは、欧風カレーだからなぁ……。インド風にするか、家で作る……のは無理だけど、カレーうどんにするとか、カレー牛丼とかさ……やり方は色々あるよ。それに、占いの結果はどうであれ、欧風カレーを食べたっていいしね。あ、中華風のカレーっておいしいの知ってる?」

「なんですかそれ、食べたことないです」

「おそば屋さんの黄色いカレーも好きなんだよね」

「はへぇ……色々あるんですね」

「あとさ、インド料理でビリヤニってのが――」



 ひとしきり紗友さんとカレーの話で盛りあがったおかげで、学校を出るのが遅くなってしまった。

 今日は走る時間がない。


「はぁ……」

「どうしたの、ため息なんかついて」


 人気のない住宅街の路地に入ると、ユウがひょっこり現れる。


「占いでさ、あんま良い結果が出なくて」


 紗友さんとのやりとりをかいつまんで話す。


「やっぱり、僕が睨んだとおりじゃないか!」

「でも、未来は変わるって――」

「あいつの本性が不誠実だっていう結果だったんでしょ?」

「それはまぁ……そうみたいだけど……」

「欺されてるんだよ。あいつ、刺草って娘と付き合ってるんだろ? 二股かけようとしてるじゃないか」

「それは、刺草さんが言ってるだけだし……刺草さんっていえば、生き霊の話なんだけど」

「僕がその女の生き霊なんじゃないかって話?」

「それ。そもそも、そのことを相談するために、紗友さんの所へ行ったんだよ」

「そうだっけ?」

「そうだよ。私もいい加減なところがあるけど、ユウもたいがいだね」

「つまり、僕たちは似たもの同士ってことだ」

「そうなる……のかな」

「ほらみろ。あんなヤツより、僕の方が美里にお似合いじゃないか」

「まぁ、その話は置いといて——」

「置いとかないでよ!」

「——生き霊っていうのは、本人と同じ姿で現れるのが普通みたい」

「無視かい……でも、やっぱそうだよなぁ。良かったよ、自分があんな意地悪な女の生き霊じゃなくて」

「生き霊説が消えたとなると、ユウの正体探しは振り出しに戻っちゃったね」

「いいじゃん別に。僕が何者だろうと」

「良くないよ」

「写真だって、セルフタイマーを使えば、僕が写り込むことがないってわかったんだからさ」

「……セルフタイマーなら大丈夫ってことは、シャッターチャンスには弱くなるけど、じっくり撮るタイプの作品なら撮れるってことか」

「希望が出てきたじゃない」

「うん」

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