第9話 デートだった!

「せっかくカメラを買ったんだし、さっそく撮ってみたいな」


 ぎこちない手つきでフィルムをセットしながら、真也さんが言う。


「何か撮りたいものがありますか?」

「美里」

「えっ……」

「美里の写真が撮りたい」

「わ、私の……」

「じゃ、撮るよ~」

「わ、わ……待って――」


 パシャ!


「はい、もう一枚――」


 パシャ!


「し、真也さ――」


 パシャ!


「いいね、いいね~」


 パシャ!


「これ、面白いな……カメラマンみたいだ。こういうの、どっかで見たことある」


 パシャ!


「今度はそのベンチに座って……そうそう、目線こっちに……もちょっとうつむき加減で……」


 パシャ!


「ちゃんとピント合わせてます?」

「見えたとおりに写るんだろ? 大丈夫」


 パシャ!


「基本的にはそうですけど……」


 晴れた野外で露出はオートだし、フィルムの性能もいいから、ピントさえ合っていればちゃんと写ってるはず……。

 それにしても、1本千円以上するカラーフィルムを惜しげもなく……家がお金持ちみたいだし、お小遣いもたくさんもらってるんだろうな……。


「あれ……巻き上げ出来ない」

「36枚を撮り切ったってことです」

「もう終わりなの?」

「もっと撮りたかったら、フィルムを交換する必要があります」

「へぇ……ちょっとしか撮れないんだなぁ」

「スマホとは違うところですね。そのかわり、1枚1枚をじっくりと考えて撮ることができます」

「なるほど……で、交換ってどうすればいい?」


 巻き上げレバーの操作を教えると、すぐに使い方を飲み込んだようだ。


「こうやって写真撮るの、楽しいな……なんで廃れちゃったんだろう」

「手軽さですかね」

「そっかぁ……写真が撮りたいだけなのに、こんなふうにあれこれ機械を操作しないといけないなんて、普通の人は面倒に感じるかもな」

「スマホならシャッターボタンを押すだけですからね。撮った写真はすぐに見れるし、失敗しても撮り直しできますし」

「そういえば、写真を見るにはどうするんだっけ?」

「フィルムを現像してプリントするんです」

「それって、自分でするの?」

「自分でしてもいいし、お店に頼んでもいいです」

「美里がやってくれる?」

「カラーフィルムは無理です」

「へ……」

「設備がないし……それに、私が撮るのはモノクロ写真なんです」

「モノクロってことは、色が付いてない?」

「そうです」

「なんでよ……カラーのほうが良くない?」

「好きなんです、白と黒だけで描かれる世界が」

「そういえば、スマホにも白黒のモードがあるな……使ったことないけど」

「面白いですよ、モノクロも」

「なるほどねぇ……そうだ! このカメラ、自撮りってできるの?」

「出来ますよ」

「どうやって……あ、わかった! 鏡を使うんでしょ? 鏡に映った自分を撮る」

「それだと鏡のある場所でしか撮れませんよ。ちゃんとセルフタイマーって機能があるんです」

「へぇ」

「このレバーがそうです」

「これか……何に使うんだと思ってた。よし、じゃツーショットを撮ろう」

「え……ツーショットって、真也さんと私……のですか」

「当然」

「で、でも……そんな……心の準備が……あ、フィルムもう撮り切っちゃったし、また今度ってことで……」

「美里のカメラには、フィルム入ってないの?」

「入ってますけど……」

「1枚だけならいいでしょ?」

「う~ん……」


 真也さんと一緒に写った写真……すごく欲しいけど、なんだか恥ずかしい。

 手も繋いだし、そのうえ一緒に写真まで……これほど急に関係が進んでしまっていいのだろうか……。


「で、どうやって撮るの?」

「三脚を使います」


 カメラバッグから三脚を出して、自分のカメラをセットする。

 絞りとシャッタースピードを決めて、真也さんが立っている位置に構図とピントを合わせて――


「じゃ、撮りますからね……だいたい、10秒ちょっとでシャッターが切れますから、そのつもりで」

「おっけ~」


 セルフタイマーのレバーをひねると、ジジジ……とゼンマイの音。

 真也さんの隣へ走る。


「なるほどねぇ……こんなふうにして、昔の人は自撮りをしてたんだ」

「今も昔も、人の欲求は変わりませんね……あ、そろそろですよ」


 パシャ


 シャッターが切れてから気づいた。

 この写真、ユウが写り込んでるんじゃないだろうか……。


「これ、美里が自分で現像するんだろ?」

「あ……は、はい」

「写真ができたら、オレにも1枚もらえるよね」

「もちろん……で、でもほら……失敗するかもしれないから……」

「そうなの? じゃ、念のためもう1枚撮っとく?」

「いや……いくら撮ってもその……失敗するときはするっていうか……」

「ずいぶん自信ないんだな」

「いやぁ……はは……私、不器用ですから」

「写真部の部長なんだから、失敗はあり得ないよね。写真、楽しみにしてるから」

「……はぁ」



 その後、スターバックスでフラペチーノをおごってもらった。

 窓際のカウンター席に座ったので、必然的に真也さんと隣り合わせに——

 距離が近い……というか、肩と肩が触れている。

 触れているところが、熱くてムズムズする。

 緊張であたまが破裂しそう……。


(ヘロヤメレ・ネーロヤ・ダケーワ……)


 心の中で、紗友さんに教えてもらった呪文を唱える——もう覚えたぞ。

 落ち着いてきた……効くなぁ、この呪文。


「あの……今日はスミマセンでした」

「どうして謝るの?」

「だって私……一方的にカメラのことまくし立てちゃって……聞いてて苦痛だったんじゃないかと――」

「確かに美里の知識量と熱意には圧倒されたけど……楽しかったよ。それと、羨ましかったな」

「それってどういう――」

「好きなもの、打ち込めるものがあるってことが」

「……真也さんにはないんですか?」

「これといってないんだよねぇ」

「学校以外の場所では、いつも何をしてるんですか」

「なんだろうね……友達とダベったり、ネット見たり……何もしてないのと同じだな」


 寂しそうな横顔。

 何を言えばいいのかわからなくて、フラペチーノをすする。


「なにこれ、おいしい!」

「あれ、もしかして初めて飲んだ?」

「はい」


 甘~くて、ちょっと苦くて、冷たくて、ゾロッとして……普段、水かお茶ばかり飲んでいる私にとって、衝撃的な味だった。

 こんなおいしいもの、慎重に味わわないともったいない。

 一気に飲みたい気持ちを抑えながら、一口ずつ口に含んで味と香りを堪能する。


「フラペチーノをそんなに旨そうに飲む、初めて見た」

「だって……すごくおいしいんですよ、これ」

「知ってるよ」


 痛いほど真也さんの視線を感じる。

 恥ずかしいけど、真也さんが楽しそうなので我慢しよう。

 手の中の飲み物に集中する。


「……ほんとはさ、カメラ買うの付き合って欲しいっていう話、美里とデートするための口実だったんだよね」

「えっ……」


 フラペチーノが気管に入りそうになる。


「あの……こ、これその……デデデデ……デート……なんですか……」

「男と女が一緒に買い物してお茶して……完全にデートだよね。美里だってそう思うでしょ」

「それは……まぁ……」

「思惑通り、まんまと美里をデートに誘うことに成功したわけだけど……怒ってない?」

「え……なんで……」

「美里に嘘ついたから」

「嘘って……さっき、写真撮ったときに楽しそうにしてたのも嘘だったんですか」

「あれはホントに楽しかった。はじめは口実だったけど、このカメラ買って良かったと思ってるよ」

「ならいいです。真也さんにも、興味持てるものが出てきて良かったんじゃないですか」

「ほんとだね」

「それに……私が好きなものに真也さんが興味を持ってくれてその……私、嬉しいんです」

「……そっか……なぁ、美里」


 ふいに、真也さんの手が私の手に重なる――


「あっ……」


 顔を上げると真也さんと目が合った。

 真剣な表情。

 かあッ、と頭に血が上る。


「美里……」

「……は、はい」

「美里…………オレ、美里のこと……」


 そこまで言って、真也さんが言葉に詰まる。

 私は金縛りにあったように動くことができない。

 呼吸も出来ない。

 まばたきもできない。


 次の言葉を言うために、真也さんが息を吸う――


 ピロン♪


 真也さんのスマホが静かに鳴る。

 メッセージの着信を告げる音。


「……ちょっと待って」


 金縛りが解けた。

 詰めていた息を吐く。

 こんなのぜったい心臓に悪い。


「……ごめん、オレ帰るわ」


 メッセージを見た真也さんは、少し怒ったような口調。

 立ち上がって、足早に店を出てゆく。


「あ、あの……」


 何があったんだろう。

 急用だろうか? それにしても、もう少し言い訳とか別れの挨拶とかあってもよさそうなものだけど……。

 それに……真也さん、さっき私に何を言おうとしたんだろう。


 ズズッ……


 フラペチーノはもうからっぽ。


 窓の外を見ると、空には低くて暗い雲が垂れ込めている。

 さっきまで晴れてたのに。

 天気予報の降水確率も10%未満だったのに。

 今にも雨が降り出しそう。


 カメラバッグに傘は入っていなかった。

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