Vergessenー16

ドンドンと叩いても思い切り体当たりしても

目の前のドアはびくともしない。

そうこうしてる間にも火の手は回ってきている。

炎の熱がじりじりと近づいてきているのを肌で感じる。

あまり時間はなさそうだ。

「誰か! 誰かいませんか!」

外に向かって大声で呼びかけるが返事は返ってこない。

まだ部活動の時間帯のはずなのに、

体育館はすぐ近くなのに誰も気づかないの?

「姫宮! 下がってろ!」

後ろから坂木さんの声が聞こえた。

振り返ると私の数歩後ろで坂木さんは酒井健二を肩にかついで立っていた。

私が言われたとおりに急いで坂木さんの後ろに行くと、

坂木さんは右手を広げてドアに向けた。

「『吹き飛べっ!』」

坂木さんの言葉を合図に轟音ごうおんが鳴り響き、倉庫のドアが吹っ飛んだ。

より正確に伝えるなら、私たちが立っていた場所から前にあるもの全てが、

倉庫の壁や天井も含めて、飛んで行った。

飛ばされたガレキ類は体育館の壁にぶつかると粉々になって散っていった。

辺りはすっかりめちゃくちゃになってしまったがとりあえず助かった。

「今のも魔法ですか?」

「ああ、そんなことより消防と警察だ。くそっ、携帯が壊れちまってる」

「私が電話します」

「・・・・何やってるんだよ」

聞こえてきた声にビクッとした。ひどく暗く、冷たい声だ。

声を聞いただけで冷や汗が出てきた。

私は恐る恐る声のした方へ目をやると、そこには山田晃希やまだこうきが立っていた。

手になたのような物を握りしめ、

恐ろしいほどの怒りと憎しみがこもった目でこちらをにらんでいる。

「山田? ここで何して――――」

「聞いているのは僕だっ!」

今まで聞いたことが無い大声にひるみ言葉に詰まった。

坂木さんに目線を送ると、彼は口元で人差し指を立て、首を横に振った。

刺激するなということだろう。

「もう一度だけ聞いてやる。

お前たちは、ここで、一体、何をしていたんだ!」

脅すようにドスのいた声で叫んでいる。

同じクラスだったからわかる。彼はこんな人ではなかったはずだ。

山田晃希という人間は気が小さくクラスでも目立つのを嫌がるタイプだ。

真面目で正義感が強く、

曲がったことや悪いことが見過ごせない不器用な性格だ。

それでいて少し間が悪いというか空気が読めない男だったので

よせばいいのに酒井健二さかいけんじの語る武勇伝の矛盾を突っ込んだり、

悪さを注意したりしたせいで酒井一派からイジメられる原因になった。

先日の酒井が柏木先輩と付き合っているというホラ話も

先輩に迷惑がかかるだろと突っかかっていったらしい。

少なくとも凶器を片手に同級生を恫喝どうかつするような人ではない。

目の前にいるのは見た目が同じだけの別人だ。

「聞こえないのか! お前も僕を無視するんだなっ! だったら・・」

「酒井健二を探してたの! 体育倉庫に倒れているのが見えから助けたの」

「タスケタ? ナンデ? そいつは悪者なんだよ! 

生きてちゃだめなんだ、放っておいたら犠牲になる人が増えるんだ! 

だから僕がやらないと・・ヒーローが殺さないといけないんだ!」

「な、何言ってるの!? 確かにこいつはどうしようもないバカだけど

殺すって・・・・そこまで悪いことした訳じゃないでしょ!

ていうか人を殺すなんてダメに決まってるじゃない!」

「いいんだよっ! ぼくは選ばれたんだ・・・・あの人も言ってた。

僕は勇者なんだ! だから悪を滅ぼさなきゃだめなんだ!

そいつを渡せ! 勇者である僕がさばいてやるんだ!」

「渡したら酒井をどうする気なの?」

「決まってるだろっ! 首をはねて世界にさらすんだ! 

勇者で英雄たる僕が悪を討ち取った姿を! 

悪の滅びる姿を! 正義を! 世に見せつけるんだよ!」

完全に狂っている。出てくる感想はそれだけだ。

「当たり前だけど渡せない。

酒井は殺させないし、あなたにも人殺しにさせない!」

「じゃあ君も悪だっ! 悪はみんな僕が滅ぼすんだ! 

そしたらきっと菜摘さんも喜んでくれる・・次はきっと・・」

「今なんて――――」

「死ねえぇ! 悪魔どもがああぁ!」

山田が鉈を振り上げ突っ込んできた。

・・・・が彼の足元の土が突如として盛り上がり小さな山を作った。

山田はその段差につまづき、転倒した。

すぐに彼の周りの土がボコボコと音を立てて伸びていき

いくつもの土の柱を形成した。

土の柱たちは先端が人の手の様な形になると、

グニャグニャとロープのようにしなりながら山田に巻きつき、

土の手で彼の全身をしっかりと掴み動けなくした。

「なっ! なんだこれは! 

はなせっ、くそぉ! はなせよ! 僕は勇者だぞ!」

山田は全身拘束されているにも関わらず、

バタバタともがきながらよくわからないことを叫んでいる。

「何を意味不明なこと言って・・

・・えっ? ちょ、ちょっと坂木さん、何してるんですか!?」

坂木さんはいつの間にやら酒井健二を私の背後に寝かせており、

自分は山田のすぐ近くに立っていた。

彼が指をパチンと鳴らすと山田を囲むように

影のように黒い剣の形をしたものが何本も刃を向けて現れた。

「いいか、ガキ。言いたいことは二つだ。

一つ目、軽々しく勇者を語るな。

あいつはな、敵どころか自分と関係ないとこで失われる命にも心を痛め、

頭を悩ますバカなんだよ。

あいつの名前を語っておきながら人の命を奪う奴を俺は許さない。

・・・・それともう一つ、俺の前で人を殺せると思うな」

静かに淡々と坂木さんは語った。けれど今までで一番怒っている。

なぜだかそんな気がした。

坂木さんがもう一度指を鳴らすと黒い剣は跡形もなく消えた。

私は恐る恐る山田の顔を覗き込もうとした。

「なんで・・ナンデナンデナンデナンデナンデナンデ・・

ああああああー!」

山田は狂ったように絶叫した。

その声のあまりの大きさに思わず耳をふさいだ。

「な、何が起こってるのっ」

あまりの大きさに頭が痛くなってきた。

立っていられなくなり、その場にうずくまってしまう。

「クッソ・・・・『やすらぎのままに眠れ』

・・・・・・ふぅ、このガキ何て馬鹿でかい声だ」

坂木さんが山田の頭に手を乗せるとオレンジ色の光が彼を包んだ。

その光が全身に行き渡ると山田は静かになった。

「・・・・死んだんですか?」

「無理やり眠らせただけだよ。しかし、どうなってんだ。

人間が出せる大きさの声じゃなかったぞ。あーくそ、頭いてえ。

近くに誰もいないのが不幸中の幸いだな」

坂木さんが頭を押さえながらぼやいた。

「それも変なんですよね」

「はあ? どういうことだ」

「まだ部活やってる時間帯なのに

体育館にもグラウンドにも誰もいないんですよね」

「まあそれは後で考えるとして、こいつは何だったんだ?」

「明らかに正気を失ってましたよね。

元々こんなことする人じゃなかったのに」

「どうかな? 人間ってのは腹の中じゃ何考えてるかわかんねえモンだぜ。

何かをきっかけに爆発したのかもよ」

「でも、山田晃希は違うんです。こういうことができる人間じゃない。

仮に誰かを殺したいと思っても、こんな方法は取らないはずです」

「随分と言い切るんだな」

「えっ? ええとそれは、あのですね・・」

「・・・・・まあいい。俺も今のはいくら何でも怪しいと思う」

「やっぱり、犯人の魔法ですか?」

「だろうな。よし調べてみるか」

そう言うと坂木さんはかがみこんで山田に触れようとした。

「うえぇ、今ここでですか?」

「何かまずいことあるか?」

「いや、だってそのぉ」

もし犯人の魔法がかけられているなら

用務員室のアレが出てくるってことだろう。

正直もう一回あれと対峙するのは気が進まない。

「もしかしてお前、怖いのか?」

察したように坂木さんがニヤニヤする。

「はあ!? そんなことありませんよ! 余裕ですよあんなの!

ほら、やりましょう! ちょっと見た目があれなだけでしょ?

ほらはやく! さあやりましょう!」

「クククッ、お前ってたまに誤魔化ごまかすのすごい下手になるよな」

坂木さんがお腹を押さえて笑いだした。

「そんなことないです! 本心ですこれは!」

「顔真っ赤だぞ。そんな隠さなくていいって。

あれは人の悪意の塊みたいなものだ。

気分がいいものじゃないし、そう何度も見たくない気持ちも分かるよ」

そう言いながら坂木さんは私の頭をポンと叩いた。

「なっ、ななななにすっ・・何をするんですか!」

「はははっ! 悪い悪い。

お前って大人ぶってるけど結構子供らしいとこあるよな」

ブンブンと坂木さんの手をはらった。

顔が熱くなってるのがわかる。

何でこんな人に赤くさせられなきゃいけないんだ。

「そこで何をしているんだ!」

突然の声に私たちは飛び跳ねた。

体育館の方から誰かがこっちに向かって来ている。

「橋本先生!」

慌てて駆けつけたのかネクタイはゆるみ、スーツもたるんでいた。

「これは一体どういう事だ? 姫宮ここで何を、それにあなたは・・?」

「用務員の坂木です」

「ああ、そうですか。どうも初めまして。

それでこれはどういう状況ですか? 

体育倉庫は半分吹き飛んだ状態で燃えてるし、

うわっ! この埋もれているのは山田晃希じゃないか。

それに後ろで倒れているのは酒井健二か?」

「あっ」

私と坂木さんは揃って振り返った。完全に酒井の存在を忘れていた。

「とにかく。警察と消防、それから救急車を呼ばないと!

二人には話を聴くことになると思いますから、逃げないでくださいよ」

そう言うと橋本先生は手際よく各所に連絡を回した。

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