Vergessenー15

私たちの前に山ほどの料理が並べられている。

その奥にはカウンターを挟んでこの店の店主、酒井健二さかいけんじの父である

酒井健太郎さかいけんたろうさんが魚をさばきながら満面の笑みでこちらを見ている。

私の隣の席では坂木さんが上機嫌でテーブルの料理を口に運んでいる。

「このたこわさも最高ですねお父さん。味付けが絶妙です!」

「ガハハハッ! 嬉しいですなぁ! 待っててくださいよ。

今このカンパチの刺身をお出ししますんで!」

まだ出てくるのか。こんなに食べれないって。

「あっ! そうだ先生、こいつと一緒にお酒はいかがですか。

良い日本酒が入ったんですよ!」

「本当ですか? それじゃあいただいちゃおうかなあ」

「勤務時間中ですよ!?」

まったくこの人はやる気があるのかないのか。

相変わらず酒井の父は坂木さんを教師だと勘違いしてるし。

「あれ? おじょうちゃん全然手を付けてないじゃねえか。

ほらほら、遠慮しないで食べてくれよ。子の不始末は親の責任!

ウチからのおびだと思って、さあさあ!」

「いえ、あの本当にもう大丈夫ですから」

私は手をブンブンと振った。

「しかし、あのバカ息子もこんなに可愛らしい

お嬢ちゃんに意地悪するなんて何考えてんだか! 

あとでキッチリしかっておかねえと」

「思春期の男の子ですから、

気になる子にいたずらしたくなっちゃったんでしょう」

鼻息荒く腕組みする酒井父を、坂木さんがなだめる。

「それにしたって階段から突き落そうとするなんてとんでもねえ!

嬢ちゃんも怖い思いをしただろう? 本当に申し訳ねえ!

腕によりをかけて作るからじゃんじゃん食ってくれよ!」

「いえ! 本当に大丈夫なんで!」

「おいおい、もったいないだろう。それじゃあ俺が全部食べちまうぞ」

「あなたは仕事してくれませんか?」

「そうは言ってもあいつが来ないことにはすることも無いだろ」

「そう言えば健二君遅いですね。結構時間経ったのに」

上の階に続いている階段に目を向けるが人が降りてくる気配はしない。

「確かにそうだなあ。ちょっと見てきますんでお待ちくださいよ」

そう言うと酒井の父は階段を上って行った。

少し待っていると上の方から

ドンドンと壁を叩く音と大きな声が聞こえてきた。

「おい! 健二! いつまでダラダラやってんだ! 先生方がお待ちだぞ!

聞いてんのか! おい! ・・・・ああーっ! あの野郎ー!」

叫び声が聞こえたかと思えば、

ドタバタと慌ただしい足音と共に酒井父が飛び出してきた。

「先生! すみません! あの野郎、二階の窓から逃げ出しました!」

「ええ! そんな、すぐに追いかけないと!」

私が焦って立ち上がっても坂木さんは変わらず料理を頬張ほおばっていた。

「ちょ、坂木さん・・・・じゃなくてセンセイ!

何のんびりしてるんですか! 早く行かないと逃げられちゃいますよ!」

「だからお前なあ、食べ物を残すのはいけないことなんだぞ。

特にこんな美味いモンを食べきらないなんてのは罪だよ。

お父さん、この唐揚げも美味ですね!

揚げ方がきっと素晴らしいんでしょうな。

いや私こう見えて実は唐揚げには少々うるさくてですね――――」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」

あまりのマイペースっぷりに思わず大きな声を上げてしまった。

酒井のお父さんも面食らったようで

「はあ、どうも」と気の抜けた返事をしている。

「落ち着けって、どうせ上に行ってすぐに逃げたんだろうよ。

どっちみち今から追いかけても見つからねえって。

だからお前も一回座ってこの焼き鳥を食べてみろ。本当に美味うまいから」

坂木さんが私の口に焼き鳥を突っ込んできた。

これは・・お肉は柔らかくてあぶらが乗ってるし、ネギも香ばしい。

そして何よりタレの味付けが絶妙で素材の味を引き立てて・・・・

「おいしい・・・・・・・・じゃなくて! どうするんですか?

ここまできて明日また出直すんですか?」

「俺を誰だと思ってやがる。もう手は打ってある」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、ようやく坂木さんは重い腰を上げた。

はたしてどうやって今からあの男を見つけるというのか。

私たちは酒井のお父さんにお礼を言うと店を出た。

「あのバカが帰ってきたらこっちでもキッチリとお仕置きしときますんで!

後日改めて学校に謝りに行かせますんで!」

別れ際、酒井父が私たちにしてくれた約束を守ってくれるなら、

酒井健二にはどうしたって酷い未来が待っていることになるだろう。

「それでここからどうするんですか? 何か考えがあるんですよね?」

「ふふふ。お前はまだ俺を見くびっているみたいだな。

いいだろう。これを見ろ!」

坂木さんは自信満々に右手を開いて見せた。

「何ですかそれ? ・・・・髪の毛?」

「ただの髪の毛じゃないぞ。これはあのガキの毛だ」

「それが何だっていうんですか?」

「慌てるなよ。いいか、見てろよ」

そう言うと坂木さんは酒井健二の髪の毛を

自身の左手首に巻いてある腕時計にかざした。

時計の文字盤の部分が光を放った。

光は時計の上の部分に集まり、針のような形を作った。

「これは・・・・」

「失せ人探しの魔法だ。探したい人間の体の一部を使うと

針の示す先にその人物がいるって代物だ」

「はあ、本当に魔法って非常識というか、ありえないというか、

この目で見ていてもにわかには信じられないですね」

「今さら何言ってんだほら行くぞ」

私たちは針が指し示すまま、それに従って歩いた。

しかし、用務員室でのことと言いこの針と言い、

まったく理屈が分からない。

いやそもそも魔法に理屈が通じるのか疑問だが。

「そういえば用務員室であの化け物? みたいな魔法を追い払ったのって

坂木さんの魔法なんですか?」

「あれは単純に魔力を練って放出しただけだよ。魔法じゃない」

「魔力・・・・やっぱりそういうのがあるんですね」

「自分の体に宿った魔力って呼ばれるエネルギーを使って、

様々な事象を起こす、これを魔法って言うんだ。

魔力は体力とかと一緒で鍛えてその量を増やせるから

魔力の少ない奴の魔法とかなら魔力差で押し切って潰せるんだ」

魔法には魔法のルールみたいなのがあるのかな。

何でもありって感じではなさそうだ。

「魔法って他にはどんなのがあるんですか?」

「そりゃあ数え切れないほどさ。火や水を生み出したり、

空を飛んだり、動物になったり、

それこそ人の想像力の数だけあるんだろうな。

俺も全部を把握している訳じゃない」

「聞けば聞くほどますます非常識ですね」

そんな会話をしながら光の針に従って歩き続けた。

十分くらい歩いただろうか、

ふと周りの景色に目をやると見慣れた道に出ていることに気がついた。

「あれ? この道って」

「来た道を戻ってるな」

坂木さんも気づいたみたいだ。

このまま行くと私たちがさっきまでいた学校に辿り着く。

こっちの方に学校以外に目立つ建物は無かったと思う。駅は逆方向だし。

「でもさっきお店を出た時は違う方向を向いてましたよね?

酒井は行き先を変えたんでしょうか」

「と言うかあっちこっちウロウロしてるみたいだな。

さっきからちょいちょい針が振れてる。

まるで行く先々で誰かに追われてるみたいだぜ。

何だこいつ? 俺ら以外からも逃げてんのか」

「確かに小さい恨みを一杯買ってそうな人ですけどね」

正門の前に着くと、私達の予想通り針は学校の敷地を指し示していた。

「やっぱり学校にいるみた・・・・いた!」

視線の先に酒井健二がいた。

坂木さんの言葉通り酒井は私たち以外の誰かから逃げているようだ。

何かに怯えた表情で足をもつれさせながら体育館の方向へと走っている。

その後ろから彼を追いかけているのは見覚えのある顔だ。

「あれは山田晃希やまだこうきか?」

坂木さんが写真と見比べながら確認していた。

「どういうことだ?

お前の話だと酒井が山田をイジメてるって言ってたが、あれじゃ真逆だ」

「とにかく追いかけましょう! 山田のやつとんでもない顔でしたよ。

あの様子だと何しでかすか分かりませんよ!」

チラッと見えた山田の顔はまさに鬼の形相ぎょうそうと言った感じで、

一瞬別人に見えるほどだった。

二人の姿は建物の影に隠れてしまいすぐに見えなくなった。

私と坂木さんは急いで後を追った。

体育館の前にいたが、二人の姿はどこにもなかった。

見失ってしまった。

「坂木さん! さっきの針を!」

「こっちだ!」

私が言うまでもなく彼は腕時計をかざしていた。

針は体育館の角を曲がった辺りを指している。

あっちにあるのは

「体育倉庫です! 向こうにある建物はそれだけです!」

私たちが駆け足で角を曲がると反対側から来た人影とぶつかった。

「いたた・・・・ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「いいいいえ、だだ大丈夫っ・・・・あっ」

「・・山田晃希」

「や、やあ、姫宮さん。奇遇だね。そちらの人は?」

「ええっとね、その、この人は何て言えばいいか・・・・」

「どうも初めまして。私は彼女の従兄の慎也と言います。

ぶつかってすまなかったね。よそ見をしていたもので」

いつの間にか魔法の針を消していた

坂木さんが山田に手を差し伸べながら声をかけた。

よくもまあペラペラと口からでまかせが出てくるものだ。

「ああ、そうなんですね。どうも。従兄いとこって似てないね」

「ええそうね。ところで私たち酒井健二を探してるんだけど、

あなたさっき酒井健二追いかけてたでしょ? どこ行ったか知らない?」

「酒井? 知らないよ、あんな奴。追いかける?

冗談じゃない! むしろ僕はあいつとは関わりたくないんだよ!

知ってるだろ? あいつらが僕にいつもどんなことしてるか」

「そうだよね。ごめんなさい。勘違いして、見間違えたんだと思う」

あれは確かに山田だった。何か隠してるのかな? 何だか変だな。

坂木さんは何か気付いたかな? チラッと横目で確認すると、

私たちが話している間、

坂木さんは黙ってジッと自分の手のひらを見つめている。

「あのクズ野郎がどうしたのさ。また何か迷惑なことしたのかい?」

「知らないなら大丈夫。

ええと、この私の従兄に学校を案内しないと!またね!

ほら、さか、じゃなくて慎也さん。行きましょう」

「山田君、君は何か屋外で活動する部活か委員会に入っているのかい?」

「え? いえ僕は帰宅部です。委員会も図書委員だし」

山田はポカンとしながら答えた。

図書委員と言えば、柏木先輩や久美ちゃんと同じだ。

「そうか。変なことを聞いてすまない。それでは失礼するよ」

「ああ、はい。さようなら」

私たちは山田の姿が見えなくなったことを確認すると

急いで体育倉庫へ向かった。

「さっきの何だったんですか?」

「ああ、赤の他人の大人と一緒に学内にいたら説明に困るだろ?

親戚にしといたら言い訳もしやすいだろ?」

「従兄のくだりじゃなくてですね、いやそっちも気になりますけど、

そうじゃなくて山田に聞いたことですよ」

「そっちか、それはほら、これだよ」

そう言って坂木さんは手のひらを開いて見せた。

その手は煤のようなものがびっしり塗られたように真っ黒だった。

「その手どうしたんですか?」

「さっきあいつを起こした時に付いたんだよ。

よく見たらあの男の両手が真っ黒だったから気になったんだよ」

「一体何なんですかね。土っぽいような気もするし」

「まあこれは後回しだ。着いたぞ。

針は体育倉庫を示したままだ。準備はいいか?」

この中に酒井健二がいる。事件の日に芸術棟の三階にいたこと、

私たちを見て逃げ出したこと、さっき山田に追いかけられていたこと。

どれも怪しい動きばかりだ。あいつが犯人かどうかは分からないけど

何か知っているのは間違いない。

この中に先輩を殺した犯人の手掛かりがある。

「私が開けます。坂木さんは手が汚れてるじゃないですか」

私はドアノブを回して扉を引いた。

体育倉庫の中は電気がなく、薄暗い。

「ゲホッゲホッ、埃っぽいわね・・」

名前の通り体育の授業や運動部が使う物がたくさん

敷き詰められるように保管されている。

整地用のトンボ、カラーコーン、各種ボール。

そんな備品の奥、倉庫の端に人が倒れていた。

「酒井!?」

私が叫ぶより速く、坂木さんは倒れている彼に駆け寄っていた。

「おい! 聞こえるか! ・・・・意識はない。

・・・・・・呼吸、心音はどちらも正常だ。外傷もなし」

「あの、酒井は死んで・・・・」

「いや、大丈夫。意識が無いだけだ。

もしかしたら病気や体内で出血してるかもしれないから

下手に動かさずに救急車を呼ぼう」

「はいっ、じゃあ私が、ゲホッ、ホントにすごい埃――――」

咳き込みながらスマートフォンを取り出そうとポケットに手を掛けた瞬間、

周囲の変化に気付いた。

周りが暗い。確かに電気が無いしもう日も落ちかけている。

だがそれだけではない。どす黒い色の煙が辺りに立ち込めている。

それに、異様に暑い。何だか燃える様だ。と言うかこれは。

「火事です! この倉庫燃えてますよ!」

私の叫び声に反応して坂木さんが振り返った。

「今すぐに外に出ろっ! こいつは俺に任せろ!」

坂木さんはそう言いながら意識のない酒井健二を担いだ。

私は大慌てで体育倉庫唯一の出入口である扉のドアノブに手をかけ、押したり引いたりした・・・・がびくともしない。

「えっ?」

どれだけガタガタ揺らしてもドアは開かない。

「坂木さん・・扉が開きません」

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