Vergessenー14

「そう言えば、

どうして私に魔法がかけられているって気付いたんですか?」

夕焼けの差し込む商店街を並んで歩きながら私は坂木さんに質問した。

坂木さんは用務員の仕事終わりということで、

さっきまでのよれよれの作業着とは打って変わって、

ベージュのシャツに黒のジャケットを羽織はおり、

下はグレーのパンツをはいた、カジュアルな格好になっている。

「用務員室に来た時、いつもなら俺の言葉を軽くあしらうのに

血相けっそう変えて掴みかかってきただろ? 

精神や心にかかる魔法っていうのは術者が未熟だと

かけられた人間の感情を不安定にするんだ。

特にお前の変わり方はよくある典型的な症状だったからピンときたんだ。」

「へえ、坂木さんも魔法にかかってたんですか?」

「俺は魔法にはかからない。

ましてやあんなヘタクソな魔法をくらうわけねえよ」

「それじゃあどうして坂木さんも感情的になってたんですか?」

「あーそれはだなー」

坂木さんは言いにくそうに声を詰まらせた。

「俺は基本的に魔法を五感で感じるんだが、人にかけられた魔法、

特に精神にかけられたものに関してはそれが働かないんだ。

そういう魔法は何と言うか直感、第六感的なもので感じ取るんだよ。

そんでこれは俺の問題なんだが、

ヘタクソな上に悪意のある魔法をその直感で感じ取ると

すごい気分が悪くなるんだよ。こうイライラしてくるんだよ。

だから、あーつまりだな」

「つまり八つ当たりってことですか?」

「つまりは・・そんな感じだな。・・・・すまん」

「ふふっ」

めずらしく本気で申し訳なさそうにしている

坂木さんを見て思わず吹き出してしまった。

「何笑ってんだよ」

吹き出す私とは反対に坂木さんはむすっとしている。

私が笑ったのがに落ちないみたいだ。

「あはは、ごめんなさい。

でも出会ってからずっとお互いに良いイメージを持ってなかったのに、

今こうして並んで歩いて、しかもこんな普通に会話して謝罪までって、

落ち着いて考えたら何だかおかしくなってきて。

坂木さんが普通に謝ったのも何だか意外でしたし。」

「・・・・変な奴だなあ。最近の高校生は皆こうなのか?」

坂木さんは理解できないと肩をすくめた。

他愛ない会話をしながらしばらく商店街を歩いた。

十分くらい歩いたが私たち以外に人はほとんどおらず、

すれ違ったのも二、三人だった。

途中建ち並ぶ店舗を見回していたが、多くはシャッターが下げられていた。

坂木さんと私はそんなシャッター通りの中では貴重な、

酒久さかひさ』と書かれた営業中の店の前で足を止めた。

「おっ、ここだな。」

ここが酒井健二さかいけんじの自宅。居酒屋を営んでいたんだ。

もっとも、坂木さんから渡された人物リストに

基本情報として載っていたので知ってはいたが。

しかし、坂木さんはどこからその情報を入手したのかしら。

やっぱり、ちゃんと探偵なんだなあ。

「よし、準備は良いか? 打ち合わせ通りにいくぞ」

私がぼんやりそんなことを考えているうちに、

坂木さんはさっさと店のドアを開けて入っていった。

「あっ! 待ってくださいよ」

私も慌てて後を追った。

店内はそれほど広くはなく、

カウンター席が五席に四人掛けのテーブル席が二つの

こぢんまりとした造りになっていた。

まだそれほど日が落ちていないからか店内には客はおらず、

店内の奥から出てきた店員らしき男の人だけだった。

「いらっしゃいませ! 二名様ですか?」

「いえ、客ではないんですよ。突然すいません。

私は上橋高校うえはしこうこうで働いている坂木と申します。

店長の酒井さんで間違いないでしょうか?

ご子息の健二さんのことでおうかがいしたのですが、

お時間よろしいでしょうか?」

坂木さんが丁寧な口調で挨拶した。

こんないかにも大人な対応できたんだ。

私が感心して彼を見ると、坂木さんもこちらをチラッと見た。

余計なこと言うなよ。目がそう語っている。

私は無言で頷いた。

酒井健二の父はおでこに手を当てるとがっくりとうなだれた。

「学校の先生でしたか! またウチのバカ息子が何かしましたか?

申し訳ない! すぐ呼びますんで少々お待ちくださいねっ!」

そういうと酒井の父は奥に引っ込むと、大声で叫んだ。

「おいっ! 健二! 学校の先生が来てんぞ!

お前また何か問題起こしてんのかあ! すぐ降りてこい!」

叫び声が店中に響き渡るとほどなくして

バタバタと階段を駆け下りてくる音と共に酒井健二が姿を現した。

怒鳴どならないでよ父ちゃん。俺何もしてねえって、ホントだよ!

・・・・ひっ、ひやああああ!」

酒井健二は私たちの顔を見るなり、主に坂木さんだろうが、

血相を変えて叫びながら逃げようとした。

すかさず坂木さんが首根っこを掴んで捕獲ほかくした。

「おっと、そう何度も逃がさねえって。

取って食ったりしないから心配すんな。

この前のことで来たんじゃねえから、

話さえしてくれれば今日のとこは何もしないよ。

お前がいい子に俺の言う事を聞いてるうちは。わかった?」

坂木さんに耳元でおどし文句を聞かされた酒井は

涙目になりながらコクコクと頷いた。

可哀想に生まれたての小鹿のように震えている。

「どうした健二? 今とんでもねえ声を上げて無かったか?」

「どうやら足の指をぶつけてしまったようです。健二君大丈夫かい?」

坂木さんが爽やかな笑顔で語りかける。かえって不気味だなあ。

また坂木さんに睨まれた。この人鋭すぎじゃない?

「ああ、そうなんだよ。心配しないでよ父ちゃん。

あの、ここじゃ店の邪魔になるから場所を変えても良いですか?」

「おうそうか。それじゃあ先生、ウチの上の部屋を使ってくださいよ」

「いやいや、散らかってるから無理だよ父ちゃん。外でも構いませんか?

俺も着替えたり準備できたらすぐ行くんで」

「もちろん。それじゃあ外で待ってるよ――――」

「いや!先生方待って下せえ。

わざわざ来ていただいて茶の一杯も出さずに帰すなんて

酒井家の名が廃りまさあ!

愚息ぐそくが用意できるまでの短い間ですが座ってください!

すぐに何かお出ししますんで!」

「え? いや私たちは・・・・」

「さあさあ、ここどうぞ!」

グイグイとくる酒井父に断ることもできず、

私たちは押し切られる形でカウンター席に着いた。

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