Vergessenー13

遠くで化け物の断末魔だんまつまのような音が聞こえたが、

やがてそれも聞こえなくなった。

私が恐る恐る目を開くとそこは何の変哲へんてつも無い用務員室だった。

さっきまでの出来事がまるで夢でも見ていたかのようだ。

「おい、大丈夫か? ほら座りな」

坂木さんは私を椅子に座らせると和室の奥へと行った。

私は何が何だか理解できずぼんやりとしていたら、

程なくして坂木さんがトレーを手に戻ってきた。

上には湯気が立つお茶とチョコレートが乗っている。

「冷えてるだろ。口に入れな」

正直、あんなものを見た後で食欲など無かったが、

坂木さんがしつこく勧めるので仕方なく、チョコを一粒口に放り込んだ。

途端に体の内側から熱が戻ってくるのを感じる。

自分でも気づかない内にこんなに冷えていたんだ。

「落ち着いたか?」

坂木さんが優しく声をかけてくれた。

「はい。ありがとうございます。

それで、さっきのあの・・化け物は一体何ですか?」

「化け物か、言い得て妙だな」

坂木さんはククッと笑った。

「笑い事じゃないですよぉ」

「悪い悪い、

でもこれでこの前の俺たちの言葉を信じる気になったんじゃないか?」

坂木さんが意地悪そうに笑った。

この前と言えばあのことしかない。

「魔法・・・・ですか?」

坂木さんはゆっくりと頷いた。

少し前の私ならまたからかってるんですかと憤慨ふんがいしただろう。

事実そうだったし。

しかし、あんなものを見せられた後だと否定などできるはずもない。

「先日は嘘だなんて決めつけて

失礼な態度を取ってしまいました。ごめんなさい」

私は深々と頭を下げた。

「まあ信じられないだろうなとは思ってたよ。

これで蓮花がお前を事件から遠ざけようとした事も納得できるだろ?」

「はい。でもさっきのは魔法なんですか?

なんて言うか、あれはどっちかっていうと

ジャンルが違うというかお化け的なのじゃないですか」

さっきの化け物の姿を思い出してしまい身震みぶるいする。

「あれは生物じゃないんだよ。

お前にかけられていた魔法を可視化したものだ。

実体が掴めない魔法を解除したりするのに使えるんだが、

魔法の持ち主の性格とか人間性が反映されるから

どんなものが現れるかは見るまで分からないのが欠点だな」

「私にかけられていたって・・・・まさか・・」

「お前が想像している通りだよ。

姫宮朱莉ひめみやあかり。お前は犯人と接触している」

「そんな・・・・・・でも私魔法かけられた記憶なんてありませんよ」

「覚えていないんだろう。恐らくだがこの魔法は精神に作用するものだ。

この魔法をかけられた人物は記憶が奪われる。

主な効果は別にあって記憶障害は副次的なものだろうがな。」

「ええと、待ってください。

つまり犯人は魔法使いで、

そいつに魔法をかけられると心が傷つけられるか何かあって、

その結果その時の記憶が残らないって事ですか?」

坂木さんは大きく首を縦に振った。

「もっと言えば、経験上このタイプの魔法は持続力が低い。

長くて一日持てばいい方だろう。

お前さっき時間が経つのが早いって言ったよな? 

恐らくどこかのタイミングで犯人に魔法をかけられたんだ。

その時の記憶がすっぽり抜けているから

急に時間が経過したように感じたんだ。」

「それじゃあ、

それが本当なら私が今日あった人の中に犯人がいるってことですか?」

「その可能性は高い。

もしかしたら会った記憶自体消されているかもしれないが。

お前が事件のことを嗅ぎまわっていることに気付いた犯人は

自分に疑いの目が向くことを恐れたんだろう。

そこで隙を見て、お前に魔法をかけて何かを行った。

当然お前の持っていたリストやメモ帳も確認しているはずだが、

何も細工されていないことを考えると

物理的に干渉することはできない魔法なのは間違いないな」

「でもそれならどうして私の持ってる資料を

盗んだり捨てたりしなかったんでしょうか?

私が情報収集しているって記憶を消してしまえばそれで終わりになります。

私が接触した中に犯人がいるってことは

そのリストに本人の情報もありますよね?」

「指定した記憶の消去ができない、

もしくはお前の裏に誰かいることに感づいていて、

細工したら記憶の祖語そごから怪しまれると踏んだんだろう。

繋がっている人物が俺だということまでは分かっていないから、

直接記憶をいじりにはこれなかった・・・・変な顔してどうした?」

「いやあ、何て言いいますか、ホントに探偵だったんですね」

「どういう意味だよまったく。

とにかく俺が渡した人物リストの中に犯人がいるってことだ」

「でも結構人数がいますよ? 全員疑うんですか?」

「いいや。言ってなかったが半分はダミーだ」

「ダミー?」

「学校っていうのは狭いからな。情報がすぐ回るんだよ。

いきなり候補だけに絞ると警戒されすぎる。

大勢に聞いてると、

お前が素人感覚で手あたり次第に聞いて回ってるように感じてくれたり、

これだけ犯人候補がいるなら少しくらい派手に動いても

特定されにくいだろうと相手も思って気を抜くかもしれないだろ?」

「そういうの事前に言っておいてくれません?」

「敵をあざむくにはまず味方からってな。

そういう訳だから、可能性のある人間はこいつらだな」

そう言うと坂木さんは顔写真をテーブルに並べた。

『橋本裕太』『山田晃希』『酒井健二』

『伊藤真紀子』『長崎久美』『村山絵里』

そこにあった顔はどれも私がよく知る人物ばかりだった。

「まずはこいつに会いに行くぞ」

そう言った坂木さんの指が指し示したのは

「・・・・・・・・酒井健二、ですか」

私たちは夕焼けを背に用務員室を飛び出した。

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