Vergessenー12

はあ、気が重い。

夕方、手に入れた情報を坂木さんに報告するように言われていた

私は待ち合わせ場所に指定された用務員室の前まで来ていた。

正直に言わせてもらえば、

月宮さん抜きであの男と二人で話さなければならないというのは苦痛でしかない。

ここ数日で坂木慎也さかきしんやという人間に対して分かったことと言えば、

私とは価値観やら何やらとにかく全てが

根底こんていから合わない人間だということだ。

しかもこの人には私の、あー何と言うか、

いわゆる才能というものが一切利かない。

どういう攻め方をしてもこちらの想定通りに動いてくれない。

それどころかこっちが予想だにしていないことを平気でする。

そんなタイプの人は今までも何人かいたし、

そういう人たちにはいつも振り回されてきた。

けど不思議と全員が一緒にいて心地良い人たちだった。

柏木先輩がその筆頭だ。

しかし、あの男は違う。話しているだけで人を不快にさせる天才だ。

間違いなく悪魔か何かの生まれ変わりだよ。

イライラさせ選手権があったら間違いなく世界チャンピオンだろう。

そんな訳で私は用務員室の前でこうして唸っているのだ。

いつまでもこうしている訳にもいかない。

意を決し、ドアをノックすると私は悪魔の巣へと足を踏み入れた。

「遅かったな。昼寝でもしてたか?」

中に入ると畳の上で横になり、ゴロゴロとしている坂木さんがいた。

用務員室は入口から見て手前がフローリングになっており、

奥の方は段差があり、そこからは畳の和室になっていた。

「いい大人がこんな時間から何をぐうたらしているんですか」

人のことをあごで使って一日中あっちこっち走り回らせたくせに、

自分はのうのうとだらけやがって・・まったくこの男は・・

私が怒りをおさええ込むのに必死になっていることなどつゆ知らず、

坂木さんはあくびをしながら立ち上がると

めんどくさそうに私の前にある椅子に座った。

「まあまあ、そんな怒んなって。とりあえず座れよ」

私は不本意ながらすすめられるまま、向かいの席に座った。

「聞き込みはどうだった? 全員終わったか?」

私が席に着くや否や、坂木さんが本題に入った。

「とりあえず今日学校に来ていなかった人以外は終わりました。

ここにある山田晃希やまだこうき酒井健二さかいけんじ、それと伊藤真紀子いとうまきこの三人は

欠席で連絡も取れなかったので話は聞けてません。それから・・・・」

私は聞き込み用の人物リストとメモをテーブルに広げながら報告を始めた。

「・・・・なるほどな」

私が手に入れた情報を全て話し終えると坂木さんがボソッと呟いた。

「正直言って私は山田と酒井の二人が怪しいと思います。

今日も欠席してますし、

この二人は芸術棟に出入りしているのを目撃されています。

特に山田に関しては昼休みに芸術棟に行く姿や

放課後に芸術棟内で歩いているのを見たって人が大勢います」

「この長崎久美ながさきくみって子だけ山田晃希は昼に帰っているって証言しているな」

「それはそうなんですけど、聞き込みした他の人は山田を見てるんですよ。

それに久美ちゃんが聞いたって言う相手にも確認に行ったんですけど、

その人たちも山田が芸術棟に行くのを見たって言っていて、

帰ったなんて言ってないって言うんですよ。

だから久美ちゃんが聞き間違えたか

勘違かんちがいしたんじゃないかなと思うんですけど」

「それか何かを隠すために意図的に嘘をついているかだな」

「でもそんなことして何のメリットがあるって言うんですか?

罪を被せるためなら、逆に見たって言うはずですし、

それに確認しにいった時の感じでは

とても嘘を吐いているとは思えないんですが」

私はここに来る前にもう一度久美ちゃんに会いに行った。

その時に他の人が山田を芸術棟で見ているという話をすると

そんなはずがないと彼女は激昂げきこうした。

そしてその勢いのまま久美ちゃんが話を聞いたという

情報源の生徒の下へ二人で行ったのだが、

どの子もそんな話は知らないの一点張りだった。

あまりにも皆が頑なな態度だったので、ついには久美ちゃんの方が

自分がおかしくなったのではと錯乱する始末だった。

あれはどちらも嘘を吐いている雰囲気ではなかった。

「お前の感覚はどうでも良いが、

彼女の言葉が真実だというのはその通りかもな」

この人は一々発言の最初に悪口を言わないと気が済まないのかしら。

まあいい、こっちが大人になろう。

「あ・の!

それってどういう意味か教えていただいてもよろしいでしょうかあ?」

あれ? 全然怒りが抑え込めてないんですけど。

「お前、俺の前でだけキャラが違うよな」

「そっちが失礼なことばっかりいうからでしょ!」

「あ、ああ。そうだな悪い。

悪かったって、だから・・・・首から手を・・・・放してくれ・・」

興奮のあまり、私は坂木さんに掴みかかり首をめあげていた。

「えっ、ああ! ごめんなさい!

ついカッとなっちゃって、いつもこんなことないのに」

私は慌てて坂木さんから離れた。

いつもならもっと理性的な行動ができるに、

どうもこの人相手だと調子が狂うのか、

それとも疲れが溜まっているのかな。

「えっと、大丈夫ですか?」

私はおずおずとたずねた。

「ああ、大丈夫だ。お前って意外と過激なんだな」

「違います! これは坂木さんがひどいことばっかり言うからです!

・・・・普段はちゃんとしてるもん」

私は口をとがらせて抗議こうぎした。

「あーそうだな。俺も憎まれ口が過ぎたよ。悪かったな。

・・しかし、俺もなぜか今日は変だな・・・・・・まさか」

坂木さんは何かに気付いたのかハッと顔を上げ私の方を見た。

「お前今日、いや倉庫の前で初めて俺とあった日からだ!

あの日から普段と違うことはおきてないか?」

「へっ? どっちかというといつもと違うことしかなかったと言いますか

今日だって学校の授業をサボったの初めてでしたし・・・・」

「そういう意味じゃなくて、お前の精神的、身体的な異常だ。

どこかおかしなところがあるだろ?」

坂木さんがグイっと私の目の前まで顔を近づけてきた。

「そんな急に言われても、ええと・・あっ最近時間が経つのが早く感じますね。

さっきもいつの間にか三十分も経っててびっくりして・・って

そんなことはどうでもよくて・・」

坂木さんがどんどんってくる。

顔が良いせいかこんなに近づかれると緊張して鼓動が速くなるのを感じる。

この人の表情もいけない。

いつになく真剣な表情だから、ギャップにやられそうになる。

意外にも私はそういうのに耐性が無いんだな、新発見だ。

近くで見ると、目はパッチリとした二重まぶたで鼻はスラっと高い、

肌もすごくきめ細かだ。かなりのイケメンじゃないかこの人。

いやいや、そんなこと考えてる場合じゃない。

しっかりしろ私。

何か思い出せ、早く思い出すんだ。そしてこの状況を終わらせるんだ。

「・・・あっ! 

そう言われれば坂木さんと初めてあった日、

私どうしてあんなとこにいたのか覚えて無いんですよ。

朝教室にで授業受けていたのは覚えているんですけど、

途中から記憶が曖昧あいまいで――――」

そこまで私が言うと坂木さんはバッと私の手を引いて立ち上がった。

そのまま右手を私の肩にかけるとグイっと引いて抱き寄せた。

「なっ、なななな何するんですか! 

わ、私はまだ高校生なのでそういったことはよくないと思います!」

「静かに。俺が良いって言うまで口を閉じてろ」

「は、はい・・」

何をされるの? この時点で私は完全に正常な判断能力を失っていた。

坂木さんにされるがまま彼の腕の中でカチカチに固まっていた。

しかし、坂木さんは私が予想だにしなかった行動にでた。

後から思えばここが私と普通の平穏な日常との別れの瞬間だった。

坂木さんは左手を自分の顔の前まで持っていくと人差し指を立て、

ブツブツと呟きだした。

声を発しているのは分かる。だが何を言っているのか一切理解できない。

ブツッと音を立てて用務員室の蛍光灯の光が消え、

部屋の中が真っ暗になった。

夕方とはいえまだ日は昇っているのに何も見えない程の暗闇だ。

どうなってるの? 私が首をかしげていると、

ポウッと私たちの周りだけが明るくなってきた。

辺りは変わらず暗闇なのに私たちの周りだけオレンジに輝いている。

よく見ると坂木さんが光っている。

信じられないことだが坂木さんの指先から光が灯り、

それが次第に大きくなりながら私と彼の体を包み込んでいる。

「・・なに、これ?」

思わず私の口から疑問がこぼれた瞬間、

それまで暗闇一色だった景色がぐにゃりとゆがんだ。

そして、そのゆがみから何かが這い出てきた。

「・・・・ッ!」

その姿に思わず叫びそうになった

私の口を坂木さんがさっとふさいだ。

「随分といかれたモンがでできたな」

坂木さんが呟いた。

それは一見すると人のような形をしているが、

まごうことなき人外の化け物だ。

頭の部分には人の顔をかたどった仮面がいくつも無造作むぞうさに引っ付いている。

左腕はなく、右腕は先端が手ではなく本のようなものになっている。

脚は膝より下は溶けたようにドロドロのかたまりで、背中には羽が見える。

それぞれのパーツが絶妙に不快感をあおるる形をしており、

視界に入れているだけで恐ろしくて体が震えてくる。

私が恐怖していることに気付いてくれたのか、

私の肩を支える右腕にギュッと力が込められた。

「大丈夫だ。怖かったら目を閉じて好きな歌でも口ずさんでな。

サビに入るころには終わってるよ」

私を怖がらせないためだろうか、

坂木さんは軽口を叩きながら私に微笑みかけた。

さっきまであんなにいがみ合っていたのに

今はこの人の言動一つ一つに安心させられる。

現金な人間だな私も。

坂木さんは化け物を睨むと左手の光を相手に向けた。

「ご主人様によしくな」

その言葉を合図に光が一気に大きくなると

やがてその化け物を暗闇ごと包み込んだ。

私はその眩しさに思わず目をつぶってしまった。

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