Vergessenー11

「はあ? 授業サボって何してるのかと思ったら

あんたいきなり何言ってんの?」

久美ちゃんが隣の席で大声を上げた。

彼女の声に反応するかのように後ろからせき払いが聞こえた。

振り返ると図書委員の子がトントンと壁に貼ってある紙を指さした。

『図書室ではお静かに』

「三年生の先輩が亡くなった日に何してたかなんて、どういうつもりよ?」

声を落としながら久美ちゃんが私に聞いてきた。

「ごめんごめん、言い方が悪かったね。

疑ってる訳じゃなくてね、何かおかしなことなかったかなって聞きたくて。

ほら久美ちゃんって事情通でしょ?」

久美ちゃんがため息をついた。

「あのね、私がいくら学内のゴシップに精通せいつうしているからって

さすがに人死にが出ているようなこと知ってると思う?

ていうかあれ事故なんでしょ? そういうことになってんじゃん。

仮に何か裏があるとしてさ、そんなの絶対ヤバいやつじゃない。

私だったら危なくて迂闊うかつには話せないね。

ましてやタダで話せなんてそれでしゃべる人はいないと思うよ」

つまり彼女は何かしら情報はあるが、無料では話す気は無いらしい。

久美ちゃんがこう言ってくることは予想していたので、

一応話すネタは用意してある。あまり褒められたものではないが、

事件解決のためなら何でもするって決めたんだ。

「・・・・B組の太田さんいるでしょ。

あの子バレー部のキャプテンと浮気してるよ」

太田さんごめん。

「ええー! 嘘ー!

だってあの子同じクラスの青山と先月付き合い始めたばっかりじゃん!」

案の定、久美ちゃんは飛びついてきた。

「ゴホンッ」

背後から再びせき払いが聞こえた。

「ちょっと、朱莉あかりってばどこでそんな特大ネタ仕入れたのよ」

「それは後で話すから、それよりあの日のこと何か思い出さない?」

私たちは顔を寄せ合い、ヒソヒソと話を続けた。

「そうねえ、関係ありそうな所で言うと放課後にウチのクラスの酒井が

芸術棟から半べそかいて飛び出してきてってくらいかしら」

恐らく坂木さんが恫喝どうかつした時だろう。

「山田は? 誰か何か言ってない?」

「山田ってあの山田晃希のこと? うーん、特に何もなかったと思うけど。

確かに午後はいなかったけど、あいつは関係ないんじゃないかしら」

「どうして?」

「あいつ昼休みが終わった途端とたん

荷物をまとめて出ていったから帰ったんでしょ? 

下駄箱で靴をえてる姿とか

校門から出ていったの見たって人もいたし、

あいつがサボりって珍しいけどさ」

「えっ・・・・」

今の話が本当ならばさっきの橋本先生の言葉は嘘ということになる。

それとも久美ちゃんが嘘を吐いてる? 

いや、それは考えにくい。そもそも何のメリットも無いだろう。

「他には何か無かった?」

「無かったと思うけど・・・・」

「そっか、ありがとう。

私ちょっと行かなきゃいけないとこあるから、もう行くね」

「後で思い出したり、何か情報が入ったら連絡するよ」

私は久美ちゃんにお礼を言うと席を立ち、図書室を出た。

さて、次はもう一人の友人、伊藤真紀子いとうまきこことマキちゃんだ。

この時間なら部活中のはずだ。

確か彼女はバスケットボール部だったから、体育館か体育倉庫だろう。

歩きながらこれまでの話を頭の中で整理しよう。

まず柏木先輩は昼休みまでは生きていた。殺されたのならそれ以降だろう。

これまで聞いてきた人の話で怪しいのは今のところ二人。

酒井健二さかいけんじ山田晃希やまだこうき、いじめっ子といじめられっ子。

二人とも昼休み以降姿を消している。

酒井が芸術棟に入っていく姿は誰も見ていないが、

放課後に三階の廊下で私と坂木さんと会っている。

そして、芸術棟から出ていく姿も久美ちゃんに見られている。

正直、私の中では一番怪しい。

もう一人の怪しい人物である山田は得た情報に疑問がある。

橋本先生は昼休みに芸術棟に行く姿を見た。

しかし、久美ちゃんの話では帰宅している。

どっちかが嘘をついているか、間違っているのか。

それとも芸術棟に行ってから帰宅した?

でも昼休みになってすぐに校門から出ていくのを目撃されている。

昼休みには村山さんが軽音部の部室にいたからバレずに殺すのは無理だ。

つまり橋本先生が嘘を?

しかし、それはそれでみょうだ。

先生は私が情報を集めていることを知っている。

だから嘘をついて矛盾がしょうじれば困るのは先生本人だ。

となると橋本先生が見間違えた説が濃厚のうこうか。

「っと、あれ? もう着いた?」

考え事をしていたせいか、気が付くと体育館の前まで来ていた。

図書館からはそれなりに距離があるはずだ。

半分も歩いていないと思っていたんだけどな。

チラッと体育館にある時計を見るとそれなりの時間になっていた。

本当にあっという間に時間が経ってたのか。

考え事のしすぎには気をつけないと。

「あのう、何か御用ですか?」

体育館を覗いていた私に気付いた

数人の女子バスケ部の部員が声をかけてきた。

「練習中にごめんなさい。マキちゃ・・伊藤真紀子さんはいますか?」

「ああ、伊藤の友達? あいつだったら今日も来てないよ」

部員の一人が答えた。

「来てないんですか? あと今日もっていうのは一体・・?」

「うん。学校に来てたのは皆見てるんだけど、部活には来てないんだ。

そういうのが最近多くてね。所謂いわゆるサボりだよ」

「それで、本人に問い詰めても

『忘れてたあ〜、ごめ〜ん。今日こそ行くねえ』ってはぐらかされた挙句、

その日も来ないってのが最近続いてんだよねえ」

「そうそう、そのくせたまに思い出したように来ては

謝りもせず、そんなの私知りませんって態度だからね」

部員たちが口々に愚痴ぐちり始めた。

「あいつ部活辞めるつもりなんじゃない?

あんた友達だったら何か聞いてないの?」

「いえ、私も何も聞いてません」

マキちゃん、何か悩んでたのかな?

いつもおっとりしてニコニコ笑ってるから

悩みなんて無いものだとばっかり思ってたけど、何か問題を抱えてたのか。

私は友人の陰口をこれ以上聞く気にもなれず、

適当に話を切り上げそそくさと体育館から逃げた。

「・・・・はあ。疲れた」

ああいう人の悪意みたいなものに触れるとどっと疲れる。

とにかくマキちゃんがどこにいるか分からない以上、後回しだ。

リストにある人物も残り少ない。一気に終わらせよう。

私は気合を入れ直すと再び情報収集に走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る