Vergessenー10

「この歌詞、村山さんが作詞してるんですか? すごいっ!」

私は彼女のスマートフォンの画面を見ながら叫んだ。

「ちょっ、声がデケェよバカ。

そんな大した事じゃねえよ。

他のメンバーができないって言うから仕方なくだよ」

「いやいや、謙遜けんそんしないでくださいよ。これすごく素敵ですよ。

特にサビの部分なんて読んでてウルっときちゃいましたよ」

「そうかあ? いやあそこまで言われると照れるな」

村山さんは恥ずかしそうに赤くなったほほをかいた。

「やっぱり歌詞を考えるのって大変なんですか?」

「うーん、そうだなあ。

あたしの場合はセンスが無いから人よりも時間が掛かってると思うけど、

どんなに早くても数週間はいってるかな。

まあだから昼ご飯時もこうしてできた曲聞きながら作ってるんだけどさ」

そう言って村山さんはスマートフォンを指で叩いた。

「こんな人が大勢いるところだと気が散ったりしないんですか?」

「ん? ああいつもは昼休みは部室にいるんだけど、

ほらこの前、旧音楽室で人が死んだじゃん?

部室があそこの近くでさ。今もあの階には行けないんだよな。

それで仕方なくな。亡くなった子と同じクラスなんだけど、

教室はお通夜みたいな空気で居心地悪くてな」

「そうだったんですね。

あれ? じゃああの日も軽音部の部室にいたんですか?」

「ああ、そうだよ。あの日は前日に遅くまで作詞してたせいで寝坊ねぼうしてさ。

学校に間に合わないってなって、

一限はサボって部室で作詞の続きをしてたんだよ。

そのあと二限目から授業に出て、

昼休みにもバンドのメンバーと部室に行ったな。

そんで放課後の補習終わりに部室に行こうと思ったら、

なんかバタバタしてて教師に帰れって言われて帰ったな。

そしたら次の日に旧音楽室であの柏木菜摘かしわぎなつみが死んだって聞かされて、

本当にビックリしたよ。それっきり部室には行けてないよ」

村山さんは天をあおぎながら思い出すように話してくれた。

「今もまだ部室使えないんですか。それは大変ですね」

「まあ仕方ないよ。事が事だからなあ。

でもまさかあの菜摘が事故で亡くなるなんてな。

世の中何が起こるかわかんないよなあ。

こんなことなら、ちゃんと謝っとけば良かったよ」

独り言のように村山さんが漏らした。

喧嘩けんかでもしたんですか?」

謝るという言葉があることを思い起こさせる。

もしかしたらこの人は・・。

「ガチの喧嘩って程じゃないんだけどさ、よくあるんだよ。

付き合い長いからお互いに気を使わなくて、

言いたいこと言い合える関係っていうの?

この間もその延長みたいなもんでさ。

菜摘の奴ピアノやってたんだけど、伸び悩んでたみたいなんだよね。

それで励まそうと思ってさ、

あいつの使ってるピアノに落書きしちゃったんだよね。

そしたらあいつめっちゃ怒って、喧嘩みたいになっちゃったんだ」

村山さんは悲しそうな表情を浮かべると、私から顔を背けた。

思い出しているんだ。柏木先輩との思い出を。

この人にとっても先輩は大事な存在だったんだ。

だからこの人の気持ちは痛いほどわかる。

今はきっと先輩のことを思い出すのも辛いはずだ。

でも、だからこそ私が言わないと。

「柏木先輩はあなたのこと怒ってなかったと思います。」

私の言葉を聞くと、村山さんはキッと私をにらんだ。

「お前にそんなこと分かるはずないだろ!」

彼女の怒りに満ちた声にひるむことなく私は続けた。

「村山さんの言葉は柏木先輩の励みになっていました!

この前その落書きを私に見せて言ってました!

こんなにバカみたいに信じてくれてる人がいるのに

弱音はいて、自分を疑ってる時間なんてないって!

この気持ちに応えるために頑張るんだって!

先輩は笑顔で言ってました!」

気持ちが昂ぶりすぎて思わず立ち上がってしまっていた。

「なんであんたがそんなこと知ってんだ?

・・・・もしかして、あいつが言ってた後輩って」

村山さんはそんな私を驚いた顔で見上げていたが、

やがて全てを理解したのか

フッと優しく微笑ほほえむとボロボロと大粒の涙を流した。

「そっか、菜摘のヤツあたしの前ではなんも言わないくせに・・・・

裏ではそんな風に思ってたのかよ・・天邪鬼あまのじゃくなんだよ、まったく・・・・」

そう言うと、村山さんは顔をうずめて泣きじゃくった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


午後の授業の開始を告げるチャイムが校内に響いた。

私は屋上を後にし、廊下を歩いていた。授業に出る気は当然無い。

先生や親には悪いが今の私には公式や日本の歴史よりも大事なことがある。

思いがけず時間を食ってしまった。

あの後、落ち着いた村山さんと柏木先輩の思い出話で

盛り上がってしまい、気が付くと昼休みの終わりを迎えていた。

村山さんの方も先輩から仲のいい後輩がいると聞いていたらしい。

『しかし、菜摘と気が合うやつがあたし以外にいたとはなあ。

まっ、あいつの大事な後輩ってことはあたしにとっても大事な後輩だ。

何か困ったことがあったらいつでも頼りにしてくれよ』

そう言ってくれた村山さんに感謝しつつ、いくつか質問をして別れた。

村山さんの話をまとめると、

一限と昼休みにはピアノの音が旧音楽室から聞こえていたらしい。

あそこは建物が古いせいか、

近くの教室なら大きい音がれて聞こえてくることはある。

また、村山さんが部室にいる時、外に人が通った気配は無かったらしい。

つまり昼休みの段階では柏木先輩は生きていたことになる。

村山自身は柏木先輩に会ってはいないが、

ピアノの音は間違いなく柏木先輩のものだったらしい。

『ほらあいつって練習を邪魔じゃまされるの嫌うだろ? 

だから、そっとしてたんだよ。

ただあたしも音楽やってし、あいつとも長い付き合いだから分かるけど、

あれはどっちも間違いなく菜摘の演奏だよ。あんな難しい曲をあれ程上手に弾けるのは教師も含めて、ここじゃあいつしかいないよ』

村山さんは先輩とは幼馴染おさななじみで幼稚園からの付き合いらしい。

その彼女があそこまで言ったならば、間違いないだろう。

「おーい。そこの不良少女止まりなさい」

考え事をしながら歩いていると、

突然背後から声をかけられ、はじかれたように振り返った。

そこにはグレーのスーツに身を包み、

爽やかな笑顔でこちらを見る男性が立っていた。

「橋本先生・・・・こんにちは」

「今は授業中だぞ。こんなとこで何してるんだい?」

「えっと、あのう・・」

どう言い訳しようか。

そういえばリストにはこの人の名前もあった。

最後に回すつもりだったけど、

せっかくだからこのタイミングを利用させてもらおうかな。

「なんだか落ち着かなくて、飛び出してきてしまったんです。

実は今でもあの時の光景が頭から離れなくて、

ジッとしてると色々と考え込んでしまいそうで・・ごめんなさい」

私が事件の第一発見者だということは全職員に周知されているはずだ。

そして恐らく私の心のケアをのため気にかけるようにも言われているはず。

そこを利用させてもらう。

多少のわがままは許されるだろう。

「あーそうか、そうだよな。あんな体験しちゃったんだもんな。

まだ時間も経ってないし、それに姫宮は柏木と特に仲が良かったもんな」

橋本先生はばつが悪そうに頭を搔いた。

「よしっ! それじゃあちょっと歩こうか」

「良いんです?」

こっちとしては願ったりだ。

「さすがに見つけた以上一人にはできないが、一緒なら問題ないだろ。

事情が事情だしな。他の先生には俺の方から言っておくよ」

「ありがとうございます」

「じゃ、行こうか」

そう言うと先生は私の隣に並び、エスコートするように歩き出した。

さすが女子に人気なだけはあり、中々にスマートだ。

橋本裕太、今年の三月に大学を卒業し、

今年度から新任の教師として上橋高校うえはしこうこうにやってきた。

担当科目は数学、地元は関西の方で京都の名門大学の出身らしい。

知り合いが誰もいないこの町に一人やってきたが、

その容姿と人当たりの良い性格からあっという間に学内の人気者になった。

その人気はすごいもので生徒だけでなく保護者や同僚どうりょうの教師、

男女問わず多くの人から好かれている。

うわさではファンクラブもあるとか。

私はこの人が正直苦手だ。

なんというか、全部が作り物のような胡散臭うさんくささがある。

言動の端々はしばしからなんだか全部計算されていそうな、作為的さくいてきなものを感じる。

それは私も同じで誰からも嫌われないように

コントロールしながら人と接している。

これが同族嫌悪ってものかな。

まあでもその分予想はしやすいので会話は楽と言えば楽だ。

自分と会話するようなものだし。

「しかし、姫宮も強いな」

橋本先生が先に口を開いた。

「強い? 私がですか?」

思わぬ発言に戸惑う。

「ああ、あんなことがあったのにもう学校に来て、

普通の生活を送ろうとしている。

多分だけどそれは家族とか友人に心配をかけないように

無理してそうしてるんじゃないか?

自分のためじゃなくて、人のことを優先して行動できるなんて

強くて優しい人にしかできないよ」

かぶりすぎです。私はそんなに聖人じゃありません」

私は肩をすくめた。

「ふふ、そうか。それは悪かった。

だが姫宮は俺と何だか似てる気がしてな。お前もそう思わないか?

だから少し心配だったんだよ」

「それは遠回しにご自分が聖人だって言いたいんですか」

皮肉を言いながらも私は内心ドキリとしていた。

心を読まれている気がして落ち着かない。

同じことを感じていたということはつまりこの人も私に対して

「ははは、確かにそうだ。

・・・・生徒にこんなこと言っちゃいかんと思うんだが、

実はな、正直姫宮のことは苦手だったんだよ。

何だか一線引いてるような壁を感じて」

ほらやっぱりそうだ。

「だがな、今こうして会話していてそんなことはないと思ったよ。

むしろ勝手に苦手意識を持って、壁を作ってたのは俺の方だったのかもな」

橋本先生はすまんと顔の前で手を合わせた。

その姿も何だか絵になる。この人本当にイケメンなんだな。

マキちゃんがべたれなのもうなずける。相変わらず私は苦手だけど。

「ところで先生、あの先輩が亡くなった日のことなんですけど、

何か変わったことはありませんでしたか?」

「変わったこと? うーんどうかな? どうしてそんなこと聞くんだ?」

こんな質問をしたので当然橋本先生は露骨ろこつに怪しんでいる。

「柏木先輩が亡くなったことがどうしても納得できなくて、

事故だって言われたんですけど、

事故の原因になったものが何かあったんじゃないかと思って、

私ができる範囲で調べたいんです。自分の気持ちの整理をつけるためにも。

それで少しでも何か私が納得できるような情報がないかなって思って」

橋本先生はしばらく考え込んでいたが、

やがて決心したように私の方を向いた。

「うーん、まあそれで姫宮が満足するなら、

ただしやりすぎて危ないことに首を突っ込むなよ。約束できるか?」

「はい、わかりました」

ごめんなさい。その約束は多分守れません。

「それじゃあ話すか。

と言っても特に何か変わったことは無かったような・・・・

あの日に気になったことと言えば、関係ないだろうが、

昼休みに山田が芸術棟に入っていくのを見たんだ。

だがそれっきり出てくるとこを見てないな。

ほら、数学の準備室の窓から丁度芸術棟の出入口が見えるだろ?

それでお前のクラスの山田晃希やまだこうき酒井健二さかいけんじが揃って

午後の授業に出ていなくて妙だなと思ったな」

「山田と酒井がですか?」

「ああ。その日のあさイチの授業であの二人がめていただろう?

それに山田が酒井たちにいじめられているって

噂も聞いてたから注意して見てたんだよ。

そしたら昼休みにたまたま見かけて、山田は帰宅部だし、

あの日お前らのクラスは芸術棟を使う授業も無かったから

変に思って見てたんだ。

もしかしたらいじめで怪我でもしてくるんじゃないかってな。

でも五時限目のかねが鳴っても帰って来なかったよ」

「先生方は山田がいじめられているって知ってたんですか?」

「ああ、だけど山田本人がかたくなに認めないんだ。

酒井たちもしらばっくれるしで、

そのせいで無理矢理動くこともできないしで、

教師の間では問題になってるんだよ」

先生はやれやれと大げさに肩をすくめてみせた。

「酒井も芸術棟に入って行ったんですか?」

「いや、それが見かけなかったんだよ。

四時限目には授業にはいたらしいから、別の所でサボってたのかね。

昼休みが終わった後に芸術棟に行ったのかもしれないけど、

残念ながら俺も午後は用事があったからね。

ずっと見張ってる訳にも行かないし・・・・おっと、関係ない話だな。

とにかく、俺があの日に気になったのはそういうことで

事故に関することは何も知らないんだ。

偉そうなこと言っておいて力になれなくて悪いな。

おっ、丁度授業も終わったな」

先生の言葉と同時に授業の終了を知らせるチャイム音が鳴り響いた。

「いいえ。ありがとうございます。それじゃあ私はこれで・・」

立ち去ろうとする私を橋本先生が呼び止めた。

「姫宮っ! 大切な友人が亡くなったのは悲しいことだ。

だが、いつまでもそれにとらわれていてはいけない。

いつかは前を向かないとだめな日が来る。

過去に引っ張られ続けると、生きているお前の心はり減らされていく。

そういう人を何人か見てきたが、碌なことにはならない。

だから無茶はするなよ」

「・・・・」

私は橋本先生の言葉に返事をすることはなく、

頭を下げてその場を後にした。


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