Vergessenー9

「う~ん、私が知ってるのはそれくらいかなあ」

「わかりました。ありがとうございます」

私は軽く頭を下げ、お礼を言うと教室から出た。

「ふう、これで半分かあ」

先の長さにがっくりと肩を落とした。

ここは私が通う上橋うえはし高校の本棟の三階、三年生の教室が集まる階だ。

私は今、柏木先輩を殺した犯人を見つけるため、

私立探偵坂木慎也の助手として学内を駆け回っている。

坂木さんからリストを渡され、

そこに書かれている人物から話を聞いてくるように言われた。

何の関係があるかも分からない人たちばかりだし、

聞くように言われた質問の内容も人によってまちまちな上、

意図の読めないものばかりだ。

先輩のかたきを取るために助手になったが、これじゃあ。

「何だか遠回りしてる気がするなあ」

私はうなだれながら廊下のすみっこにしゃがみ込んだ。

今となっては迂闊うかつなことを言った過去の自分を呪ってやりたい。

そもそもなぜこんなことになったのかと言うと、

それは昨日の夜・・・・


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「マホウ?」

マホウってあの魔法?

私は柏木先輩が殺された事件について聞いてるんだけど、

その答えが魔法?

私が聞き間違えたのか?

いや、目の前の男は間違いなく魔法と言った。

そうか、つまりはそういうことか。

今私の目の前にいる二人はきちんと答える気がないんだ。

探偵だという目つきの悪い男もりんとした佇まいの金髪の女性刑事も。

それどころか私を呆れさせるために、魔法だなんて頓狂とんきょうな、

子供でも信じないようなことを言ってきたんだ。

そう思うと腹が立ってくる。

いくら何でも馬鹿にしすぎだ。

私が文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけた瞬間、

月宮さんが先に言葉を発した。

「姫宮さん。今の君の気持ちはわかる。

とても信じられないだろう。だが本当のことなんだ。

公にされていないだけで、この世界に魔法は存在する。

そして、今回の事件には魔法が深く関わっているんだ」

月宮さんは私の目をまっすぐに見て言った。

その真剣な眼差しに思わずたじろいでしまう。

「で・・でも、いきなり魔法だとか言われても

はいそうですかって受け入れられないですよ!」

「まあお前がどう思うかは関係ねえ。

信じようが信じまいが、被害者が殺されてことも、

警察が簡単に事故と断定したことも全部魔法が原因だ」

坂木さんは私に向かってグイっと顔を近づけると悪そうな笑みを浮かべた。

「それが事実で俺たちは約束通り、

何を調べているかお前に話したぞ。

今度はお前が約束を守る番だ」

「なっ・・何が約束ですか! 私は何も納得してませんよ!

大体、あなた『魔法だ』しか言ってませんからねっ!」

「はあ? 初めに蓮花が言ってただろ? 納得できなくても飲み込めって」

「こんなメチャクチャな答えが返ってくるなんて思わないでしょう!

あんな約束は無しですよ!」

私が必死の剣幕けんまくで言い返すが坂木さんは変わらずニヤニヤしている。

「ふ〜ん。そうかあ、それじゃあ仕方ないなあ。

ところで、事件現場に一般の女子高生が勝手に入ったってバレたら

大変なことになるだろうなあ。

事件が片付くまではどこへ行くにも監視が付くだろうなあ。

一人でコソコソ何かするなんて絶対無理だろうなあ」

「ひっ、卑怯者ひきょうものー!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


そうして私は手始めにリストを渡され、

そこに書かれている人に聞き込みを行っている。

「魔法なんてあるわけないじゃん」

そうつぶやききながらも心の底から否定しきれない自分がいることも事実だ。

あの嫌味いやみ探偵だけならともかく、

月宮さんまでそんなことを言っているというのが引っかかる。

しかし、彼女も彼女だ。

てっきりあの場で坂木さんを止めてくれると思っていたのに、

何も言ってくれないなんて、やっぱりグルなんだろうか?

まあ今更言っても仕方ない。

今はこの立場を利用してできる限り情報を集めよう。

あの二人が当てにならないとしても、

私が自分の力で犯人を突き止めればいいんだ。

私は伸びをすると立ち上がり、

リストにある次の人物に会いに行くことにした。



数分後、私は校舎の屋上に来ていた。

ここに次に会う必要のある人物がいる。

昼休みということもあり、屋上にはそれなりの人数が来ていた。

私は手元の写真を確認しながら該当の人物を探して回った。

すると屋上の隅の方の一角、そこだけ以上に人がいないことに気づいた。

正確には一人だけいた。

まるで周りの人がその人を避けているかの様だった。

一人の女性がフェンスを背に座り込んで、パンを食べていた。

明らかに校則違反であろう明るさの茶色い髪が

肩にかかる程の長さで揃えられている。

間違いない彼女だ。

女性はこちらに気づくとキッと鋭い目でにらんできた。

「何だお前。あたしは今気が立ってんだ。

くだらねぇ理由ならタダじゃおかねえぞ」

「えっと、3-Cの村山絵里むらやまえりさんですよね?

私一年の姫宮朱莉って言います。おとなりで食べても良いですか?」

「勝手にしなよ。別にあたしのモンって訳じゃないんだから」

村山さんはぶっきらぼうにそう言うと、

そっぽを向いて黙々もくもくと食事を続けた。

「・・・・・・ええっと、あのぅ、村山さんて軽音部でしたよね?」

正にヤンキーといった感じの村山さんに私は内心ビクビクしていたが、

勇気を振り絞って話しかけた。

「ああ? だから何だよ。お前に関係ねえだろ」

村山さんはヘッドホンを耳に当てると

スマホを見ながら空いた手でパンを口に運んだ。

返答もしっかりヤンキーだ。

完全に壁を作られてしまっている。

さて、どう声を掛けるのが正解だろうか。

私はジッと彼女を見つめ、細かく観察した。

髪は明るい茶色に染められている

制服のシャツは上の方のボタンが開けられており、

そこからネックレスが見える。

二の腕の辺りまでシャツの袖がまくられている。

スカートは明らかに校則違反の長さだ。

さっきまでの言動と見た目から、一見するとガサツな人物に見える。

けれども、髪の毛は肩のところでキッチリ切り揃えられ、

くせ毛もなく整えられている。

髪の色も均一だ。多分定期的に染めなおしているんだろう。

制服もシワや汚れが少ない。

三年間使ってこれはいつもキチンとアイロンがけまでされている証拠だ。

私はリストにあった情報を頭の中で思い出した。

彼女の家の住所、たしかあの辺りは大きな一軒家が立ち並ぶ高級住宅街だ。

これらのことをまとめると、

まずこの人は典型的なヤンキーのような態度を取っているが、

これは彼女の本性ではない。

実際の村山絵里という女性はそれとは真逆のおしとやかな人物だろう。

裕福な家庭で育ち、教養もある。

細かいところに気を配り、キッチリとした性格。

かと言って無理をして今の感じを出してるってわけでもないな。

だったら反抗期みたいな親への抵抗でそうなったんじゃない。

どっちかっていうと、自身の新たな一面の獲得? うん、そんな感じかな?

次に気になったのは手だ。

手首にはアルファベットが書かれたリストバンドを巻いており、

指先には傷の跡のようなものが見て取れる。

ギターのような手で弾く弦楽器によくできるもの、

リストバンドはロックバンドのミュージシャンがよく作るものに似てるが、

プロのデザインとは思えない。

自作? 自分たちのバンドグループの物かな。アルファベットはバンド名か。

さっきから真剣な表情でヘッドホンで何かを聞いている。

時折、思い出したかのようにスマホで何かを打ち込んでいる。

さてと、これくらいで良いかな。

さっきまでのやり取りと推測した情報。

これらから導き出される今この瞬間、

私の目的のためにベストなこの人との接し方は決まった。

まずはこっちを向いてもらおうかな。

「W・・I・・WILDERですか?」

リストバンドに書かれた文字をわざとらしく詰まって読んで見せた。

村山さんはビクッと反応してこちらに振り向く。

「なっ、なんで」

「ごめんなさい。その手首に巻いてるリストバンドが見えちゃって。

そこに書かれてるのってバンド名ですよね? 村山さんのバンドですか?」

「ああ、これか。別にあんたには関係ないだろ」

いいや、あなたは答える。

「ううっ、ごめんなさい。勝手に盗み見て迷惑でしたよね?」

私は大げさに恐縮きょうしゅくしてみせた。

キチンとした家庭でしつけられたあなたには

相手を思いやる心と他者への責任感が育まれている。

そんな生来の真面目な性格が無視を許さない。

「お、おいそんな顔するんじゃねえよ。

そうだよ、WILDERは私が軽音部でやってるバンドの名前だよ」

「やっぱりそうなんですね! バンドってかっこいいですよね。

村山さんを一目見た時、絶対そうだと思ったんですよ! ザ・バンドマンって感じで!」

村山さんは見た目にこだわっている。わざわざ制服を着崩したり、

髪型にこだわったり、見た目から入る傾向があるのかも。

何にせよ、そういうタイプは外見を思い通りに褒められると喜ぶ。

「そうかあ? あたしとしては全然まだまだって感じだけどなあ」

言葉では謙遜けんそんしつつも、顔は明らかにデレデレしていた。

こうやって皆、思った通りに動かせてしまう。

これは私が生まれ持ってしまった才能。

私が普通ではない理由。

どうやれば思い通りに動かせるのか。

私には見えてしまう。

こんなあくどい才能、永遠に使うつもりはなかった。

あの日、私が自身の才に気づいた日、二度としないって決めたはずだった。

それでも、

たとえ悪魔に魂を売ろうとも犯人を見つけるって私は誓ったんだ。

「村山さん。もっとお話聞かせてくださいよ」

私は満面の笑みで語りかけた。


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