Vergessenー8

「さっきのお二人の会話、どういう意味だったんですか」

私は旧音楽室での坂木さんと月宮さんのやり取りについて尋ねた。

あの後、旧音楽室から出た私たちは学校から離れ、

近くにいるのは話す内容的にもまずいとなり、

その足で少し距離のあるにあるファミレスに入った。

「さっきのってどれの事だよ」

坂木さんは答えるのも面倒だといった様子だ。

「全部ですよ全部。あの部屋にいた時にしていた会話です。

チカラがどうとか目がどうとか。

あと非常階段でのことです。

調査が終わったら続きを話してくれるって言いました」

「そんなこと言ったか? 俺は覚えて無いなあ」

「やめろ。ここまで連れまわしたんだ。説明しなければならないだろう」

わざとらしくとぼけている坂木さんを月宮さんが窘めた。

「姫宮さん。君の疑問にはなるべく答えてあげたいと思っている。

だがどうしても答えることのできないものもあるとわかってもらいたい」

それと、と月宮さんは私の目をまっすぐ見て続けた。

「全て聞き終わったら、君の中にある疑問が解消されようとされまいと

これっきりにして、今回の事件にはこれ以上関わってはいけない」

「そんな・・・・」

私は声にまった。そう言われることは予想はしていた。

私が首を突っ込みすぎているのは誰の目から見ても明らかだ。

でも、私はここで諦めたくない。

確かにこの二人に任せれば真実は明らかにされるのかもしれない。

もはやなかば意地のようなものだが、

今先輩が殺された事実が分かるかもしれないのに、

このまま人任せで自分は何もしないなんて。

「ここから先は本当に危険が伴うんだ。後のことはどうか私たちに任せてくれ」

私の気持ちを察した月宮さんが優しくさとしてくる。

これ以上は邪魔になるかもしれない。

そんな気持ちもある。どうしたら・・・・

「お前は何を見つけたんだ?」

「えっ?」

坂木さんからの突然の質問に驚きを隠せなかった。

私がほうけていると坂木さんはニヤリと悪そうな笑みを見せた。

「おいおい、まさかタダで情報が手に入ると思ってたのかよ。

これだからガキは世間知らずで困るんだよ。

ギブアンドテイクって言葉知ってるか?

何か欲しけりゃ、それに見合ったモンを寄越よこしな。

お前が事件現場で何か掴んでるのはわかってんだ」

「おい慎也! 貴様一体なにを――――」

言いかけた月宮さんを彼は手で制した。

どういうつもりなんだろうか? 

相手の意図は読めないが、

どうやらこちらが話すまでは何も教えてくれないみたいだ。

今後どうするにしても、私は先輩が殺されたことに対する確証は絶対に知りたい。

話す以外に選択肢は無かった。

「まず最初に事故って言われた時に

柏木先輩を見つけた光景を思い出したんです。

そしたら何か違和感を感じて、

それで居ても立っても居られなくなって学校に行ったんです」

私は自分の中で整理しながら話し始めた。

「旧音楽室で見つけたのは血の跡でした。

先輩の倒れていた所から黒板のある壁に続いていて、

それを辿っていくと丁度ピアノの手前の壁で途切とぎれていました。

私はピアノとその周辺を調べたんですけども

血液どころか汚れ一つ無かったんです」

「それのどこが変なんだ?

被害者がピアノの前では無く、

倒れていた場所で頭を傷つけて血を流したんならおかしくない。

壁の血痕けっこんもたまたまそれっぽく飛び散っただけかもしれないだろう?」

坂木さんが試すように問いかけてきた。

「私が変だと思ったのは床です。」

「床?」

「はい。柏木先輩は血だまりができるほどの大量の血を流していました。

その血の広がり方がピアノの方向だけ不自然だったんです」

「どういう風に不自然だったの?」

始めはしぶい顔をしていた月宮さんもいつの間にか会話に参加していた。

「ピアノの方に向けて広がっていた血液だけ

まるで定規で線を引いたようにまっすぐな切れ目になっていたんです。

それが私が変だと思った所の一つです。

あともう一つ気になったのは・・・・

無かったんです。・・・・ピアノに汚れが一つも」

そこで私は深呼吸して息を整えた。

二人は真剣な眼差まなざしで私の言葉を待っている。

「先週、先輩の友人がピアノの脚の一本に落書きしたんです。

それで先輩はその人と喧嘩したらしくて。

私はその場にいなかったんですが、落書き自体は見せてもらいました。

柏木先輩は本人に消させるって言って残してたんです。

それが綺麗に消えていて」

「落書きだって言うならもしかしたら柏木菜摘さんが

心変わりして自身で消したかもしれないだろう?」

月宮さんが当然の疑問を口にする。

でも私はそれは絶対にないことを知っている。

「いえ、それは無いと思います」

そう言って私はスマートフォンを取り出し、一枚の写真をテーブルに置いた。

そこには『宇宙一のピアニスト誕生の地!! ここが伝説の始まりだ!』と書かれたピアノの脚が写っている。

「落書きとは言ったんですけど、

友人の方としては激励げきれいの言葉のつもりだったんです。

柏木先輩もそれは理解していて、口では文句を言ってましけど、

内心気に入ってたみたいなんです」

私は画像の落書きの部分を指さしながら言った。

「この落書きはピアノの内側に書かれていて、

外からパッと見ただけではあるかどうか分かりません。

そもそもあそこは今は使われていない教室で、

私たち以外は生徒も先生も滅多に立ち入らない場所なんです。

だからあの落書きが消えていたこと、

これが私が見つけたもう一つのおかしなことです」

話していて気付いた。

私はこの事件を人任せにはできない。

完全なる自分のエゴだが、私は犯人を見つけたい。

必ずこの手で引導いんどうを渡してやるんだ。

ただ今は情報が少しでも欲しい。

月宮さんには悪いが情報を貰ったら諦めたふりをして、

二人にはバレないように真相を探ろう。

もちろん彼女の言い分の方が完全に正しいことは分かっている。

自分が悪いことも。

そんな邪な考えを頭に浮かべながらチラッとテーブルの向こう側の様子をうかがった。

私が話し終えても二人は黙ったまま何も言わない。

何か変なこと言ってしまったんだろうか。

そもそも本職の刑事と探偵の前でベラベラと偉そうに話して、

言えって言ったのは向こうの方だけど・・・・

いたたまれない気持ちになり、

私は手元にあるオレンジジュースを一気に飲み干した。

「思った通り、中々の目を持ってるな」

どうしたものかと私がまごまごしていると、坂木さんが口を開いた。

「よしっ! お前今から俺の助手やれ」

「はあ!?」

思いがけない発言に私と月宮さんの声が揃った。

「お前は私の話を聞いていなかったのか! 

これ以上無関係な彼女を危険に巻き込むな!」

月宮さんがすごんだ声で坂木さんに詰め寄った。

「無駄だよ。俺たちが突き放しても

こいつは必ずこの事件を自分一人で追い始める。

しかもそこそこ頭も切れるみたいだし、

上手く隠れて俺たちの目の届かないように立ち回るだろうな。

そうなったらそっちのほうが危険だろ?」

私は内心ドキッとしていた。

完全に私のズルい考えはバレていた。

「お前が助手になって俺の指示通りに動く、

その代わり俺がつきっきりで警護をする。

これは俺たち三人全員にとって得な取引だ。

お前は事件の情報が欲しい。俺は人手が欲しい。

蓮花はこいつを危険な目に合わせたくない。

なっ? 誰も損しない」

月宮さんに胸ぐらを掴まれながらも、

相も変わらず飄々ひょうひょうとした態度で坂木さんは言った。

「確かにお前の近くにいれば姫宮さんは安全だろうが・・・・

いや、しかし彼女の気持ちはどうなる。

わざわざ危険な道に自ら足を踏み入れるなど、怖い目に合いにいくなど、

良いはずがないだろう」

「私は・・助手をやりたいです!」

これは私にとっては渡りに船だ。

彼女には申し訳ないが、

警察も頼るような探偵、その近くにいれば自然と情報は入ってくるだろう。

そればかりか身の安全もそれなりに保障される。

彼の警護力は月宮さんもお墨付きのようだし。

月宮さんは彼の首に手を掛けたまましばらくぐぬぬとうめいていたが、

やがて観念したようでため息をつきながらソファに座りなおした。

「わかった。なら私もその提案に乗ろう。

ただし、少しでも彼女を危険な目に合わせたら、

ここらの野良犬の夕食は慎也、お前だ」

とんでもない発言をとんでもない形相でする月宮さんに私は身震いした。

坂木さんは平気な様子でへいへいと

手をひらひらさせコーヒーカップを手に取っていた。

いや、やっぱり平気ではないみたい。

その手はガタガタと震え、カップの中身はほとんどテーブルにこぼれていった。

「あの! それで旧音楽室のことなんですけども!」

私は慌てて話題を変えた。

「ああ、そうだったな。

しかし、どう説明したものか・・」

月宮さんはうーんと唸った。

「何か難しい話だったんですか? それとも機密情報とか?」

「まあ機密は機密なんだが・・何というか。

信じてもらうのが難しいというか・・」

月宮さんはここにきて初めて歯切れが悪くなった。

私が首を傾げていると、見かねた坂木さんが割って入ってきた。

「俺が言ってやるよ。

いいか? さっきの話だが全部の質問に一言で答えるとだな」

ついにわかるんだ。今回の事件の重要情報が、

先輩を殺した人間に繋がる大きな一歩が。

私はゴクリと唾を飲み込んだ。

「魔法だよ――――」

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