Vergessenー6

 私は通学路を駆けながら学校へ向かった。

着くころにはもう下校時間もとっくに過ぎ、

日も傾き始め校内には生徒は居なくなっていた。

柏木先輩のことでまだ警察も学校内にいるだろう。

もしこんな時間に教員や警察関係の人に見つかれば

大目玉をくらうのは間違いなしだ。

それでも私の心に迷いは無く、躊躇うことなく学校の敷地に足を踏み入れた。

「おい。何やってんだお前」

いきなりの呼び声に私は思わず飛び上がった。

決意と共に一歩足を出したとたん、背後から声をかけられた。

ホント今日は上手くいかない。

恐る恐る振り返るとそこに立っていたのは先生でも警察でもなかった。

「・・・・用務員さん?」

昨日の口の悪い用務員さんだった。確か名前は坂木さんだったかな。

「いや、あのですね。これはその、忍び込もうとかじゃなくてですね。

ええと・・そう、忘れ物! 忘れ物を取りに来ましてですね・・・・」

我ながら態度も言い訳も苦しい。

こんなのバレバレ過ぎて見抜いて下さいって言ってるようなものじゃない。

私がしどろもどろになっている様子を黙って見ていた

坂木さんは口に手を当ててククッと笑い出した。

「お前、それはいくら何でも下手すぎだろ。

まあいいや、それよりそっちは警察がわんさかいるぞ。

どうせ事件現場を見たくてきたんだろ? ついてこい」

そう言って踵を返すと坂木さんは私の返事を待たず学校の塀沿いに歩き出した。

「あっ、ま、待ってください」

私は慌てて彼の後を追った。

頭の整理は追いついていないが、何となく彼を信じても大丈夫な気がした。

騙そうとしている感じでもないし、それに聞きたいこともある。

私たちは学校から一旦出ると、敷地に沿って歩き、校門の丁度反対側の道に出た。

そこの塀の一角で坂木さんは立ち止まるとかがんで何やらゴソゴソし始めた。

何をしているのだろうと後ろからのぞき込むと、

コンクリートブロックをどけていた。

全てのブロックを脇に置くと、丁度大人一人分ほどの穴が現れた。

まさかこんな所に隠し道があったとは。

坂木さんはその穴を通り中へと入っていった。

「何してんだ。お前も来いよ」

穴の奥から私を呼ぶ声が聞こえる。

制服が汚れそうで少し躊躇ためらったが、意を決しうように隠し穴をくぐった。

中に入るとそこは芸術棟の非常階段の裏側だった。

「よくこんな抜け穴知ってましたね」

「んー、まあな」

坂木さんは私の問いかけに適当に相槌あいづちを打ちながら、

何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回している。

すると、非常階段の上から声がした。

「遅い! 人払いをするにも限界があると言っただろう」

上を向くと非常階段の踊り場から女性が降りてきていた。

まず目がいくのは、綺麗な金色をした長い髪。

彼女はそれを頭の後ろでくくっている。

宝石のように澄んでおり、緑色の輝きを放つ切れ長の目。

闇のように深い黒色のスーツがその両方の輝きをより際立たせる。

階段を降り切った彼女は私たちの前に立つと、腰に手を当てて坂木さんをにらんだ。

「よう蓮花れんか。待たせたな」

「待たせたな、じゃないだろ。日が暮れるまでには来いと言ったのを忘れたのか」

蓮花と呼ばれた女性はやれやれとため息をつくと、こちらを見た。

あれ? この人もしかして

「それでこの子は・・・・おや、君はたしか、姫宮ひめみやさんだったね」

私はこの人を知っていた。先輩が死んだ日、たくさんの警察官が来たが、

彼女は私から話を聞く担当になっていた人だ。

失意のうちにいる私を励まし、優しい言葉をかけてくれたのを覚えている。

今だから分かるがこの人の言葉は私の心を少し軽くしてくれた。

私がすぐに行動を起こせるくらいに回復できた要因の一つなのは間違いない。

「はい、姫宮朱莉ひめみやあかりです。先日はありがとうございました」

私はお礼を言い、頭を下げた。

「いえ、職務を全うしただけです。

私も改めて挨拶を、今回の事件の捜査に加わっている月宮蓮花つきみやれんかです。」

それで、と月宮さんは坂木さんの方に向き直るときびしい表情に変わった。

「なぜ彼女が一緒なんだ。まさか巻き込むつもりではないだろうな」

「あー助手だ」

坂木さんが適当に答えた。

誰が助手ですか、と私は反論しようとした。

その瞬間、周囲の空気が一変した。

月宮さんの放つ威圧感がそう感じさせるのか、

喉元のどもとに刃物を突き付けられたような鋭い殺気さっきが辺りを包んだ。

「事件に巻き込まれショックを受けている子を助手にしただと? 

本気ならただではすまさないぞ」

「冗談だよ。こいつが中に入りたそうにしてたから連れてきてやっただけだよ。

本人の意思だ、俺は強制してない」

今にも押しつぶされそうな重圧感だが、

坂木さんはそんなこと意に介さず、怒んなよとひらひら手を振った。

「大方、お前のとこのヘボ上司が余計なこと言って、

それに納得できなくて自分の目で確かめてやろうって

飛び出してきたってとこだろ」

なっ、と坂木さんは私に目配めくばせした。

「えっと、はいっ、今日、勅使河原てしがわらさんていう刑事さんが

家に来たんですけど、事故で間違いないって言っていて、

それがどうしても信じられなくて気がついたらここに来てました。

勝手に入ってすいませんでした」

私は深く頭を下げて謝った。

月宮さんが大きくため息を吐くと、

ふっとさっきまであった刺すような殺気が消えた。

「そうか。まったくあの坊ちゃん警部は・・・・」

「まっ、あのテッシーの言葉を疑う時点で見る目あるだろ」

「仮にも私の上司だぞ」

「コネ採用だろ。お前も愚痴ぐちってたじゃん」

「・・・・聞かなかったことにしてやる」

軽口を叩きあっている様子を見るに二人は古い付き合いなのだろうか。

二人の会話を黙って聞いていると、突然そろって私の方を向いた。

「それで本気で彼女を連れていく気か?」

「こういうタイプは追い返してもどうせどっかで侵入するって。

それだったら一緒にいた方が色々と安全だろ」

「しかしだな」

月宮さんはけわしい顔をした。

「あのっ私邪魔しないように気をつけます。

先輩は、柏木先輩は本当に私に良くしてくれた先輩で、

演奏がすごく素敵でよく聴かせてもらっていて、

それでですね、ええっと・・・・

どうしても自分の目で確かめたいんです。お願いします!」

自分でも何を言ってるのか分からなくなってきた。

でもここで帰されたら真相を突き止めるのがもっと難しくなる。

このチャンスを逃すわけにはいかない。

しどろもどろになりながらも私は再び深く頭を下げた。

月宮さんはしばらくうなっていたがやがて観念したようで。

「分かった。ただし勝手に現場の物に触ったりしないように。

それと私の目の届く所にいるように」

「はい! ありがとうございます!」

「じゃ、まとまったところで行きますか。時間もないことだし」

坂木さんが他人事のようにのんびりと言い、階段を上がりだした。

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