Vergessenー5
それからのことはよく覚えていない。
気がついた時には私は教員専用の会議室の椅子に座らされ、
警察と教職員から質問攻めにあった。
私はただ
さっき目にした
自分の目で見たことなのに未だに現実の出来事として受け止められずにいる。
あの後、叫び声を聞いた用務員さんが駆けつけ、
警察や教員へ連絡をし、私をここまで連れてきてくれたらしい。
その間、私は動くことも声を発することもできず、
ここへも抱えられるようにして来た。
その後、警察から
私はとても会話ができる状態では無かったので、
話は後日改めてということになり自宅へと帰された。
家に帰ってからは家族も私を心配してくれたが、
それに応えることはできず、私は制服のまま自室のベッドに潜りこんだ。
警察の話では私が柏木先輩を発見した時にはもう既に手遅れだったらしい。
だからあなたのせいじゃないよ、責任を感じないでねと
別れ際に女性の刑事さんが優しく言ってくれた。
だけど私がもう少し早く先輩の下へ向かっていれば
こんなことにはならなかったんじゃないの?
朝誘われたときについて行ってれば先輩はまだ笑ってたんじゃないの?
どうしようもない罪悪感が私を
責任を感じるなって言われても無理だ。
柏木先輩は本当に死んでしまったの? 見間違えただけで別人なんじゃ?
それか実は全部私が見ている悪い夢で、
もうすぐ目が覚めていつものように朝が来るんじゃないの?
わかっている。そんな都合のいい話があるわけない。
これはどうしようもないくらい現実で、私の目の前で倒れていたのは柏木先輩だ。
先輩は死んだ。もうこの世界のどこにもいないんだ。
あの素敵なピアノの
あの優しい笑顔を見ることも二度とないんだ。
そう思うと心にぽっかりと穴が開いたような気分になった。
まるで自分の一部が引き千切られたかのような痛みが胸のあたりに走る。
「コンクール、
静かに目を閉じると、暗闇の奥にゆっくりと意識が溶けていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌朝、部屋の窓から
いつの間にか眠っていたらしい。
「制服のまま寝ちゃったのか」
上着に付いたしわを手でなぞりながら、ぼんやりと呟いた。
一晩寝ても落ち着くどころか気分は最悪だったが、不思議と頭は
私はベッドから立ち上がると窓に近づき、そこに映る景色を眺めた。
住宅が建ち並び、遠くには学校が見える。
昨日あんなことがあったのに、もう柏木先輩はこの世界のどこにもいないのに、
世の中は何事もなかったかのようにいつも通りの風景を私に見せた。
家の
道路脇で井戸端会議に夢中な主婦、
どれも私が
それなのにその景色を見ていると無性に腹が立ってきた。
先輩は! 柏木先輩はもう今日を迎えることはできなのに・・・・
なんで、どうしてこんなに世の中は何も変わらないの・・・・
八つ当たりに違いないやり場のない怒りに襲われ、思わず机を両手で叩いた。
バンッという大きな音が部屋に響く。
自分で出した音に体がビクッとした。
そのおかげなのか私の頭が冷えていく。冷静な思考力を取り戻してくれる。
そうだ、私にはやることがまだ残ってる。
先輩をあんな目に合わせた原因を見つけ出さなければ。
それが何であれ、見つけ出したら私のすることは決まっている。
そしてもし、もしもその原因が人ならば、先輩が誰かに殺されたなら私は。
「絶対に許さない」
私は決意を胸に部屋を出た。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「いやあ、まあ自殺か事故で間違いないでしょうなあ」
「はい?」
テーブルを挟んで向かいのソファに腰掛ける男の信じられない言葉に
つい聞き返してしまった。
私は今、第一発見者ということで自宅のリビングで警察から事情聴取を受けている。
決意を胸に部屋から出た私を家族と共に丁度話を聞きに訪れた警察が出迎えた。
どうもさっきの机を思い切り叩いた音が原因だろう、
私が自室を出ると家族と刑事が顔を揃えて待ち構えていた。
父も母も反抗期真っ只中の弟ですら心配した顔で私を見ていた。
警察は私が不安定な状態ということで出向いてくれたらしい。
そしてその事情聴取の第一声に言われたのが今の言葉だ。
さっき心の中であんな宣言をしたのに出鼻を
「ですから、現在我々の方で調査を続けておりますが、
他殺の線はほぼ無いと言ってもよいですね。
自殺にしても動機が薄そうですし、まあ事故で決まりそうですな」
私に会いに来た刑事は
昨日会った女性警官とは別の人だ。
彼は話を続ける。
「ですので、
第一発見者ということでお話を聞かせていただきたいだけですので。
容疑者とかそういう訳ではないのでご安心ください。
ええでは早速ですが・・・・・・」
そう言うと勅使河原警部は手帳を出し私に質問を始めた。
いくつか質疑応答しただけだがあっという間に時間が過ぎていった。
「・・・・まあこんなとこですかね。どうもご協力ありがとうございました」
「あのっ! やっぱり柏木先輩が事故で亡くなったなんて
信じられないんですけども、本当に誰かに殺されたってことはないんですか?」
私は帰り支度を始めた勅使河原警部を引き留めた。
やっぱり納得できない。先輩はよく旧音楽室に入り浸っていた。
使い慣れたあの教室で命にかかわるような事故が起きるだろうか?
そもそもあそこにはそんな危険な物があるとは思えない。
警部はフゥーと息を吐くと、座り直した。
「実はですね。これはまだ極秘情報なんですが、
柏木菜摘さんは生まれつきの病気があったようで、
数年前まで度々発作を起こしていたそうなんです。
その発作っていうのが起こすと意識を失う可能性のあるものでしてね」
警部は秘密ですよと言わんばかりにヒソヒソ声で話しだした。
「昔は薬を服用して発作を抑えていたようなんですが、
高校生になってからは発作を起こすことも無くなり、
担当医からの
今は薬も持ち歩かなくなったみたいなんですよ。
実際に捜査の結果、死亡する直前に発作を起こした反応が遺体から出てるんですよ。そこに現場の状況を合わせて考えると事故以外考えられないんですよ」
「そんな・・・・」
衝撃の事実を聞き、私は声に
いつも元気そうな先輩が実は病に侵されていたその事実よりも、
ずっとそばにいて気付くことができなかった自分にショックを受けていた。
「じゃ、じゃあ私はこれで失礼しますね。さっきの話は言っちゃダメだからね」
気まずい空気を察知したのか、勅使河原警部はそそくさと帰っていった。
結局、私は柏木先輩のことを何も分かっていなかったんだ。
それに事故だった。私が復讐する相手はどこにもいない。
いや、むしろ私が一番の加害者だ。
あの時、先輩とずっと一緒にいたら、先輩の持病を知っていたら。
何度目になるかわからない後悔を頭の中で繰り返す。
そんな後悔を今更しても何もかも手遅れだ。
そう思うと体に力が入らなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そうして頭の中でグルグルと悩みを巡らせながらぼうっとしていた。
どれくらいここにいたのだろうか。
ふとあることが私の頭の中で浮かんだ。引っかかる、ホントに先輩は事故死なのか?
何か違和感がある。何だ? あの時先輩を見つけた時何か・・・・
ダメだ思い出せない。・・・・もう一度あそこに行けば分かるかな。
頭の中に浮かんだ疑念を確認したくなり、学校に行きたくなった。
こんな状態の私が外出すると言ったら家族は心配して止めるだろうが、
幸い今は家に誰もいない。
さっきまでは両親がいたが、父は午後から仕事に行き、
母は夕食の買い物に行くと言って出かけた。
私は母に散歩に行ってくるとメッセージを送り、家を出た。
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