ワルツ

青時雨

ワルツ

僕は一日に二度、店を開いて閉じる。

日暮れに店を閉めた後、散歩に出てから深夜に店を開く。

これから深夜の散歩に出る。


夜に外出する時は、よくジョギングをしているエトワールさんを見かける。彼女は流れるように走って行ってしまうから、あまり話したことがないな。

歩みを進める。

眠ったばかりの町は夜でも沢山の人で賑わう。

服屋では店主のリュヌさんが、黒を基調とする落ち着いた雰囲気の服を売っている。ここでよく服を買うのだけれど、夜には閉まっている別の服屋で買った服を着ている日には、「色合いが素敵なお洋服ですね」とテノールの声音で褒めてくれた。

子守歌のレコードショップを営むオーロラさんや、アットホームなバーを営むネオンさん。

僕はこの町の夜がとても好きだ。

毎日少しずつ変化する景色の中に、同じストーリーは二つとない。

この町の穏やかな夜に生きる人の沢山のストーリーを見聞きしながら、僕は毎日散歩をしている。

今日もまた、僕の知らないストーリーが始まっている。

どこからか素敵な音楽が聞こえてきて、音の聞こえる方へと向かう。

向かった先の広場では、黒のドレスを纏ったニュイさんが一人でダンスを踊っている。



「こんばんはニュイさん。ダンスお上手ですね」


「あら、こんばんは」



彼女は僕の家の前、ミッドナイトという豪奢な建物に住んでいる旧い友人だ。



「あなたも踊る?、いいえ踊りましょう!」



両手をそっと引かれ、気づけば彼女と同じステップを踏んでいる。



「相変わらず下手だなぁ僕」


「ダンスは上手い下手じゃないわ。踊ることを楽しむ心があれば、みんな素敵なダンスを踊れるものよ」



誰がどう見たってダンスが下手な僕に、ダンスを楽しいと思わせてくれる不思議な人だ。

二人並んで木製のベンチに座る。

一曲踊り終えると、今日の散歩はもういいかなと思えた。だって足がクタクタなんだもの。



「噂で聞いたのだけれど、ワルツを踊るのが一番好きな方がこの町にいるんですって」


「驚いた。確か君もワルツが好きだったと記憶しているよ?」


「そうなの!。だから是非ともその方にお会いしてみたくって」



興奮した様子の彼女は、円形の広場をぐるりと見回した。

けれどダンスを踊っている人はいないみたい。



「ここで踊っていればいつかは会えるかしら…」



彼女は僕に夢を語りながら、恋するように呟いた。

その後しばらくニュイさんのダンスを見ていたけれど、彼女が会いたがっていたワルツの好きな人は現れなかった。



「そろそろ帰るよ。店を開かないと」


「あなたのお店、変わってるわよね。モチーフにしている〝朝〟ってなあに?」


「そう言われると、説明が難しいのだけれど」







・〇〇 ・〇〇 ・〇〇







「うーん今日もいい天気」



夜明けに店を閉じた後、散歩に出てから早朝に店を開く。

これから早朝の散歩に出る。


朝に外出する時は、ポストにお手紙を投函する木漏れ日さんを見かける。今日も忙しそうだから、話しかけるのは今度にしよう。

歩みを進める。

起きたばかりの町は朝でも沢山の人で賑わう。

服屋では店主のソレイユさんが、色鮮やかなで派手な服を売っている。ここでよく服を買うのだけれど、朝には閉まっている服屋で買った服を着ている日には「落ち着いた雰囲気で素敵なお洋服ね」とソプラノの声音で褒めてくれた。

採れたての新鮮な果物のおすそ分けを期待して集まってくる鳥の囀りが目印のスムージー屋のアルカンシエルさんや、アットホームなカフェを営むニュアージュさん。

僕はこの町の朝がとても好きだ。

毎日少しずつ変化する景色の中に、同じストーリーは二つとない。

この町の穏やかな朝に生きる人の沢山のストーリーを見聞きしながら、僕は毎日散歩をしている。

今日もまた、僕の知らないストーリーが始まっている。

突然拍手が湧いて、なんだろうと広場へ向かってみた。

集まった人々の中心で踊るのは、白いタキシードをかっこよく着こなしたマタンさんだった。



「おはようマタンさん。ダンスお上手ですね」


「やあ、おはよう」



彼は僕の家の前、モーニングという豪奢な建物に住む旧い友人だ。

僕はふとあることに気がついて、踊り終えて人々に手を振っている彼の肩を叩く。

振り向いた彼は「踊りたいのかい?」と尋ねてきたけど、筋肉痛なんだと断った。



「ねえ、聞いてもいいかな」


「なんだい」


「今踊っていたのはワルツだよね。ひょっとして君はダンスの中でワルツが一番好きだったりするの?」


「驚いた。何で知っているんだい?」



複雑な気持ちになる。

表情が曇ってしまっていたのか、心配そうに眉を八の字にしたマタンさんに顔を覗かれた。



「顔色が悪いよ」


「そ、そうかな。大丈夫だよ、ありがとう」


「ならよかった。そうだ、聞いておくれよ。噂で聞いたのだけれど───」



マタンさんは、ワルツを踊るのが一番好きな方がこの町にいるらしいんだと嬉しそうに話した。

自分もワルツを踊るのが大好きだから、是非ともその方とお会いしてみたいと言う。



「ここで踊っていれば、いつか会えるだろうか…」



彼は僕に夢を語りながら、恋するように呟いた。

マタンさんと別れた後、家に帰って開店準備をしながら考え込む。


僕は二人に伝えるべきだろうか。







・〇〇 ・〇〇 ・〇〇







僕の店では夜をモチーフにした物と、朝をモチーフにした物を扱っている。

深夜に店を開くと、見たこともない朝のモチーフの物がよく売れた。

早朝に店を開くと、見たこともない夜のモチーフの物がよく売れた。

夜に生きる人たちは朝を知らない。朝に生きる人たちもまた、夜を知らない。

夜と朝は同時に訪れないから。

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ワルツ 青時雨 @greentea1

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