第13話「直接話すのが一番だと思うよ」
学校では、異様なほどにいつも通りだった。
それはたぶん、
変化があったのは、放課後のことだった。
『会って話がしたい。できれば二人きりで』
そんなメッセージが、
もっぱら乃亜と連絡を取るために使っていたスマートフォンだが、
スマホは母が愛莉の中学校の進級祝いで買ってくれたもの(通信費は愛莉が自分の口座から支払っているが)だが、「これでいつでも愛莉ちゃんの声が聞けるわね!」などと
先のメッセージの送り主は、乃亜でも母でもない。春香でもない(そもそも春香はスマホを持っていないらしい)。同じ
「麻緒先輩が、どうして……?」
愛莉と麻緒は、プライベートでの交流はほとんどない。
彼女から連絡が来るとすれば、魔法少女に関わること……それも彼女のチームだけではどうしようもなく、
……ちょうど良い。向こうの用事がなにかはわからないが、愛莉も昨夜遭遇した魔人について知らせるべきだろう。
そう考え、愛莉は了承のメッセージを飛ばした。
◆ ◆ ◆
一人で、との指定だったので、春香には離れてもらうようお願いした。春香は「わたし護衛なんだけどなー」と渋ったが、最終的には愛莉や麻緒からは見えないが春香からは察知できる場所で待機してくれることになった。……本人曰く「『勇者の七十八技能』の〝超絶隠密術〟と〝鷹の目的な空間把握術〟の合わせ技だよん」とのこと。意味不明である。
「やほー、あいちー。こっちこっち」
愛莉にはハードルの高い(値段的な意味で)喫茶店に入ると、金色に染めた髪の毛先を内側に巻いた少女がこちらに手を振っていた。
「麻緒先輩、お久しぶりです」
「相変わらずお堅いねー、あいちーは」
「……その呼び方やめてくれません? なんか愛知出身だと勘違いされそうです」
「えー、可愛いじゃん」
麻緒は愛莉の一つ年上の三年生だが、通っている高校自体は違う。住んでいる場所も同じ七瀬の中といえど離れているので、普段のパトロール範囲も被らない。顔を合わせると乃亜と険悪な雰囲気を醸すので遭遇しないようにしている、というのが本当のところだが。
ボックス席を一人で占拠していた麻緒の対角に愛莉が腰を下ろすと、麻緒はこちらにプラスチックのカップを差し出してきた。
「あいちーはチョコだよね。ほい、どーぞ。あーしの奢りだぞ☆」
「え、……ありがとうございます」
万年金欠娘な愛莉にとっては素直に嬉しいのだが、交流の薄い先輩に奢られるというのは少しだけ怖いものがある。なにか無理難題をふっかけられそうで。
などと失礼なことを頭の片隅で考えつつチョコレートのフラッペを受け取る。
するとなぜか麻緒はじっと愛莉を見つめてくるので、居心地の悪さを感じながらも一口飲むと、麻緒はにっこりと嬉しそうに笑った。意味不明である。
「早めに買ったからちょっと溶けてるかも。ごめんねー」
「いえ、遅れてすみません」
「んーん、急に連絡しちゃったからね。怖くてすぐには送れなかったあーしが悪い」
はて、怖いとはどういうことだろうか?
愛莉が首を傾げると、麻緒はずずっと自分の抹茶フラッペを
「あのね、あいちー。昨日の夜、あーしら、のあちーに襲われたの」
「……っ!」
麻緒の言う『のあちー』とは乃亜のことだ。
麻緒と、彼女の仲間たちを、乃亜は襲った。乃亜が標的にしたのは、愛莉だけではなかったのだ。
乃亜は言っていた。「ポイントが必要だ」と。そして「魔物だけではなく魔法少女を倒すことでもポイントは手に入る」とも。
乃亜はポイントのために、七瀬の魔法少女たちを襲っている――。
「のあちーは一人だったから、あいちーは協力してないんじゃないかなって思った。……そう思わせて別行動しているだけの可能性もあるから、怖かったんだけどねー。でも今のあいちーの様子を見る限り、のあちーの独断みたいだね」
「……、はい。乃亜が魔法少女を襲うことに、私は協力していません。私も、あいつに襲われましたから」
「マジかー」
あちゃー、といった調子で麻緒は眉根を寄せ、ぺしりと自分の額に手を当てた。どこか茶化すようなリアクションだが、この少女はいつもこういうテンションだ。むしろ真剣な表情を続けるほうが珍しい。
「んー、あいちーとのあちーは、喧嘩してるの?」
「喧嘩……ではないです。あいつが、ポイントのためとか言って、襲ってきて……」
「ふーん、ポイントのため、ねー」
麻緒はずぞぞっと勢いよく抹茶フラッペを吸い込み、
「んむ……確かにあーしらはそれなりのポイント溜めてるからねー、狙い目なのかもしれないケド……」
「知っていたんですか? 魔法少女を倒しても、ポイントが手に入るって」
「ん。のあちーに襲われた後に、ややちーが教えてくれた」
『ややちー』とは麻緒の契約精霊ヤヤハのことだ。
自分から方法を知ろうとしたのではなく、必要に駆られて教えられたのか。そもそもこの情報自体が、前もって魔法少女に教えるようなことではないのだろう。
「あの……乃亜は、どうしたんですか?」
麻緒は三人でチームを組んでいた。つまり乃亜は魔法少女三人に一人で戦いを挑んだのだ。こうして麻緒が無事ということは撃退されたのだろうが、その結果乃亜は大怪我を負ったのかもしれない。だから学校にも来られなかった、と考えることもできる。
あるいは――死んでしまった、とか。
恐ろしい想像をして、しかし結果としてそうされてもおかしくない行動を乃亜はしたのだと思い、愛莉は飲み下せないものを感じながらも麻緒の返事を待つ。
果たして麻緒は、空になったプラスチック容器を弄びながら答えた。
「あーしらからポイントだけ奪ったら、どっか行っちゃった」
「そう、ですか……」
どうしてか、ほっと胸をなで下ろしてしまった。
愛莉の様子を眺めて、麻緒は唇をすぼめる。
「なんだよーう、あーしらがボロ負けしたのにあいちーは心配してくれないのー?」
「い、いえ、心配してますよ」
慌てて取り繕うと、麻緒はカラカラと笑って、
「んふ、ごめんごめん。あいちーはのあちーが怪我してないか心配だったんだよね。喧嘩してても仲良しさんかっ!」
「だから、喧嘩じゃないですって」
「ならあいちーは優しい良い子だねー」
そんなことを言いながら愛莉の頭を撫でてくる麻緒。子供扱いは
「しっかし、のあちーは強いねー。あーしらのほうが先輩なのにボッコボコにされちゃったわ」
「……先輩たちは、きちんと揃っていたんですか?」
「んむ。いっちーとたえちーとあーし、三人で戦ったよ。んで負けた」
「……、」
もし愛莉が麻緒のチームと戦うとして、果たして勝てるだろうか。
乃亜の強さは、愛莉が思っているよりもずっと上なのかもしれない。
「まああーしが足手まといだったから、ってのもあるかもねー。のあちー、あーしのことめっちゃ狙ってきたし」
「麻緒先輩が足手まといなんてことは……」
「いーや、さすがに自分自身が一番よくわかってるよ。あーしの治癒魔法なんてそもそも戦闘に向いてないしね。魔物相手なら問題ないけど、対人戦だとあーしを守りながらはきつかったっぽい」
そう言って肩を竦める麻緒に、愛莉は何も答えられなかった。
「まあそもそも、あーしらが殺す気で抵抗できなかったってのもあるだろうケド」
「……普通、殺そうだなんて、思えませんよ」
「だとしても、そういう心持ちでいないと、あーしらが殺されちゃうしね。のあちーはあーしらを殺す気だっただろうし」
乃亜の殺意は本物だった、と思う。昨日、体育館裏で対峙したときに放ってきた乃亜の魔法は、愛莉を容易に殺し得る威力だった。
殺意を持てなければ、ロクな抵抗もできずに殺される。
だからといって、こちらも殺意をぶつけるのが、正しいのだろうか?
「ってか、殺す気だったにしてはおかしなことをしてたけどね、のあちーは」
「……人殺ししようとすることが、すでにおかしいと思いますが」
「それはそうだけど、そうじゃなくて。なーんていうかな……。ほら、ポイント目的で魔法少女を襲うなら、倒しやすいやつを狙うと思うんだけどねー。それに、絶好のチャンスをわざと見逃してるわけだし」
チームを組んで行動している魔法少女よりも、単独で行動している魔法少女を襲ったほうが倒しやすい。そして弱いやつを狙ったほうがより良い。だから、三人チームで、しかも全員が自分よりも長く魔法少女をしている麻緒たちを襲った乃亜の行動は、確かにおかしいのかもしれない。愛莉は会ったことがないのだが、七瀬には一ヶ月ほど前に新たな魔法少女が生まれている。倒しやすさで考えるなら、その人を狙うはずだ。
「絶好のチャンスをわざと見逃した、というのは……?」
「あーしらマジでボロ負けだったのよ。あーしとたえちーは立てないくらいボコされて、いっちーなんて氷付けにされちゃってた。あとはトドメを刺すだけだったのに、のあちー、なんでか交渉なんてしてきてさ」
「交渉、ですか?」
「まー交渉というか強盗みたいなもんだけど、『持ってるポイント全部寄越せ、応じるなら見逃してやる』って。あーしら、その時はてっきり『殺したらポイントが手に入らない』ものだと思ってたんだけどさー、そうじゃないみたいだし」
「……それは単に、乃亜にも良心があった、ということなのでは?」
「どーかな? まー殺さないで済むならそれで良し、って考えた可能性も確かにあるかぁ……」
麻緒はそう呟いて、いちおうの納得を示した。
……結果として殺さなかったとはいえ、ポイントを強奪した事実は変わらない。乃亜は人として、魔法少女として許されないことをしたのだ。
強奪を、人殺しを許容するほどの理由が、乃亜にはあるのだろう。
愛莉には、それがどんなものなのかわからない。
しかしどんな理由にせよ、他人に被害をもたらし、命を危ぶむなど許されない。愛莉の良心がそう叫ぶ。
「つーか、あーし的にはさー。あーしら三人揃っても、のあちーに軽くあしらわれたのがだいぶショックだったなー」
重くなった空気を振り払うように、麻緒は言葉とは裏腹に明るい調子で言った。
「のあちーとあいちーって同時期に魔法少女になったよね? やだなー、どんどん後輩に抜かされていっちゃう」
「……、」
「まー、別にいいけどね。ちょっとお小遣いが稼げて、ついでに人助けもできて気分が良いから魔法少女してるんだし」
「そう、ですか」
「あいちーはなんで魔法少女やってんの? あいちーなら正義感って線が一番濃そう」
にやりと口元を歪めながら問いかける麻緒に、愛莉は苦笑を浮かべて返す。
「まさか。お金のためですよ。私はそんな、良い人じゃないです」
「ふーん、そーなんか。なんかあんまりそーいうイメージないや」
「そうですか?」
愛莉が訊くと、麻緒はこくりと頷いた。
魔法少女を続ける理由は、本当にお金のためだ。正確には生活費や学費を稼ぐため。世のため人のためなんて、柄じゃない。そもそもそんな余裕はない。
お金に変換するために、ポイントを稼いでいる。ポイントは便利な魔法道具などにも交換できるが、愛莉はいつもお金に換えていた。たまに安全のために回復の薬なども交換するが、割合としては全体から見ればほんの少しだ。
「……乃亜はなんで、百万もポイントが欲しいんでしょうか」
「百万? って、のあちーが言ってたの?」
「はい」
「うーん…………ねーややちー、ポイント交換で百万も必要なものってある?」
麻緒が己の契約精霊に問いかける。『一人で』と指定されたが、精霊は『人』に含まれないので問題なかったのかと今更ながらに愛莉は気付いた。いちおう愛莉の契約精霊であるメルルもポケットの中に
精霊という存在を認識するために特別な素養は要らない。ゆえに一般人に姿を見られるのを避けるためにこういった人目のある場所では契約精霊は表に出さないのだが、麻緒は気にしていないようだ。
「認識阻害してるから大丈夫だよー」
と麻緒が愛莉を安心させるように言う。
『ポイントで交換できるものにぃ、百万もかかるようなものはヤーが知る限りはない……はずだよぉ』
麻緒の契約精霊ヤヤハは麻緒の胸元から飛び出すと、テーブルの上にちょこんと座って言った。
「ふーん。じゃあなに、のあちーは全部お金に換えようとしてるってこと? 百万ポイントだからー……えっと、いくらだろ?」
「一ポイント百円なので、一億円ですね」
「いちおく!?」
びっくり仰天、とばかりに両目を剥く麻緒。
一億円も必要とは、いったい何があったのだろう。ぶっちゃけお金で億という単位が愛莉には馴染みがなく、ちょっと頭が追いついていない。
『でも、です』
と割り込んできたのは、愛莉の契約精霊であるメルルだった。
メルルはポケットから顔だけを出して、考えを述べる。
『精霊同士でなにか交換する特別なものがある……のかもしれないです。たとえば、ドラゴンの鱗とか、妖精結晶とか……』
「そ、そんなものがあるの?」
愛莉の問いにメルルはこくりと頷いて、
『です。昔、担当領域を持っていた精霊が、その地域の人や生き物からお供え物をされたり、恩恵の対価に貰ったりしたものを取引する精霊もいるです』
「へ、へえ……」
愛莉の知らない精霊の生態に曖昧に頷く。
『詳しい予想は、メルルにはできないです。メルルは生まれてそんなに時間が経ってないですから、知り合いの精霊も少ないのです。ララプにどんな友達がいるのかもわからないですし……』
乃亜の契約精霊ララプが取引できる相手に、高額ポイントを要求している精霊がいる。その可能性を示唆されても、愛莉には調べようがなかった。
「……ま、なにはともあれさー。本人に訊いてみるのが一番なんじゃない?」
麻緒の言葉に、愛莉はすぐには頷けなかった。
「……乃亜は、対話に応じてくれるでしょうか?」
「のあちーが怖いの?」
当たり前だ。自分を殺そうとしてくる存在に、恐怖しないわけがない。
無意識に俯き加減になっていた愛莉に、麻緒は少しだけ悩むような口ぶりで言った。
「そもそもあーし的には、のあちーがあいちーを本気で殺そうとしてるってのが信じらんないんだよねー」
「……でも、本気で攻撃してきました」
愛莉だって信じたくはない。でも、乃亜の魔法は確実に愛莉を殺す威力を持って放たれていた。愛莉が咄嗟に反応できなかったら、死んでいただろう。
「んー、のあちーはあいちーにだいぶディープな感情を持ってたし、『このくらいは簡単に対応できるはず』って理想というか虚像を作ってそうなところがあるんだよねー、あの子。だから苦手だったんだけど」
「どういうことですか?」
「…………、まあ。やっぱりあいちーが直接話すのが一番だと思うよ。あーし的にはね」
結論としてそれだけ言って、乃亜に関する話は打ち切られてしまった。
その後は乃亜の件を除いた近況報告をし合い、そこで愛莉は魔人と遭遇したことと、その魔人が別の魔人の介入によって逃がしてしまったことを伝え(春香のことは黙ったが)、この場はお開きとなった。
去り際、麻緒は茶化すように、
「のあちーに会ったら、『駅前にできたケーキ屋の食べ放題奢ってくれたら許してあげる』って伝えといて」
にひひと笑って、先輩魔法少女は気楽に手を振った。
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