第12話「どうすれば、強くなれるの?」
「……私、全然弱かった」
朝食の用意をしながら、
思い返すのは、昨夜の
愛莉の魔法が全く通じなかった相手を、春香は圧倒してみせた。
自力が違う。
同じ人間とは思えない。
「……なんて」
もしかしたら、体の中身が全然違うのかもしれない。
変身した魔法少女は最適化されていなくて、基礎設計からして勇者に敵わない。だから愛莉が魔人に手も足も出なくて、そんな魔人を春香が簡単に
「――――言い訳だ」
自分の弱さを誤魔化したいだけだ。
確かに別物なのかもしれない。実際に調べたわけではないし、愛莉は魔法を始めとしたファンタジーなものに詳しいわけでもない。だから本当に、構造からして魔法少女と勇者は別物なのかもしれない。
でも、愛莉も春香も、人間だ。
同じ十六の少女だ。
「強く、なりたい……」
呟いて。
少しだけ、友人の――自分を裏切った少女のことを考える。
だから
「強く、ならなきゃ」
◆ ◆ ◆
「わたしがどうして強いのか、って?」
朝食を取りながら、茶色の髪を寝癖で跳ねさせたままの春香に問いかけると、彼女は少しだけ考えてからこう答えた。
「貰った力が凄かったとか戦闘経験の差だとか、色々あるけど……んー、あんましわたしは参考にならんと思うぜよ」
「……そう」
「どったの? あ、もしかして昨日のことを引きずってる?」
自身の恥を掘り返すようなので嫌だが、事実その通りなので頷く。
愛莉の反応にただの肯定以上に何を感じ取ったのか、春香はへらっと笑って、
「強くなりたい、ってことでしょ? いやあ、可愛いですなぁ」
「……、」
「あはは、拗ねてる顔も可愛い可愛い」
別に拗ねているわけではない。不服であることを示すために目を細めるが、春香には通じないのかヘラヘラした笑みは深まるばかりだった。
このまま睨み続けても春香の笑みは崩せそうにないので、愛莉は一つ溜息を吐いて感情を押し流す。
「どうすれば、強くなれるの?」
「修業あるのみ」
きっぱりと言い切った春香は、しかし力の抜ける声で続けた。
「……ってのは勇者のやり方か。魔法少女なら
『そう言われても、です……』
話を振られたメルルは、テーブルの上でその小さな両腕に苺を抱きかかえながら頭を悩ます。
「ほら、なんかないの? 強化フォームだのセカンドステージだの、そういうパワーアップ要素。魔法少女ものではお決まりのやつ。アニメ二期になったら必要じゃん」
「フィクションと混同しないで」
相変わらず春香はどんな思考回路をしているのやら、愛莉には理解できない。
『戦うための勘を鍛えるとか、武術を学んで動きを良くしていくとか、そういう基本的なところから強くしていくのが一番だと思うですが……』
「そーいうんじゃなくてさー。もっとこう、魔法少女の長所をぐぐいっと伸ばす感じのやつないの?」
地道な訓練の大切さをメルルは訴えたいようだが、春香は彼女の思う魔法少女らしさを前面に出して問いかける。
すると、メルルは少し悩むような素振りを見せてから答えた。
『……魔法少女として強くなるには、究極的に言えば、使える魔力を増やすか、魔法の使い方を上手くするかの二つです』
使える魔力を増やす――すなわち魔法の火力向上と戦闘継続能力の強化。魔法少女としての自力を鍛える、というものだ。どうすれば魔力が増えるのか愛莉にはわからないが、確かにこれは重要だろう。
魔法の使い方が上手くなる――つまりは技術を磨く。魔法のバリエーションを増やす、というのも含まれるか。もっと高い威力を出せるように、もっと魔力のロスを少なくできるように、そしてもっと高度な魔法が使えるように練習していく必要があるだろう。
メルルの言葉からそう考えた愛莉であったが、春香が出した答えは少し違った。
「ふぅん。なら簡単だね」
春香はへらりとした笑みを愛莉に向けて、
「愛莉ちゃんはとりあえず、
「は……?」
「反復練習も大切だけど、それだけじゃ駄目だね。術理を学んで、式を自ら紡げるようにしたほうがいいよ」
「……そもそも魔法って、こう、イメージを形にするっていう……ふわふわしたものじゃないの?」
『魔法とは、頭の中だけの想像を現実にするものだ』――これは、愛莉が魔法少女になったばかりの頃に先輩魔法少女から教えられたことだった。
「うぬぬ、愛莉ちゃんはそういう認識なのか。……魔法とは言うけどね、おとぎ話に描かれるような奇跡の技なんかじゃなくて、ホントは色々と体系立てられた技術なんだよー」
魔法少女の出現はここ一年ほどのことであり、魔法の歴史は浅いはず。
……いや、もしかしたら、愛莉が知らないところでは連綿と受け継がれてきた技術なのかもしれない。どうして春香がそれを知っているのかは……まあ、異世界で学んだのだろう。
「というか、そもそもあなたが知っている魔法とこの世界の魔法って、同じものなの?」
「ほとんど同じだよん。もしかしたら、根幹の部分を同じ魔法使いが両方の世界に伝えたんじゃないか、って思うくらいにねえ」
源流がどうだとか異世界の魔法がどんなだとかは、愛莉にはよくわからないので一旦置いておく。
ともあれ、愛莉は魔法を完全に感覚に頼って使っているので、もし論理的に学び、効率や効果増強を追求できれば、確かに戦闘力は増すかもしれない。
しかし――そもそもの話、魔法を学術的に学ぶ機会などないし、先生もいない。
「学ぶって言っても、どうすればいいのよ。春香が教えてくれるの?」
「んにゃ、わたしには無理かにゃー」
ケラケラ笑って、春香は自らの頭を指先でコツコツと叩く。
「わたし、頭の中に入れられた辞書みたいなやつに載ってる術式をそのまま使ってるだけなんだよね。わたし自身はなーんも理解してないのよ」
「……数学の公式を見た形でそのまま暗記しているだけだから、ちょっとでも形が変わるとどれを当てはめればいいのかわからなくなる、みたいな話?」
「近いかも? つまりはまあ、応用的な術は使えませんのだぜ。まあ載ってる数が膨大だから困ってないけど。それにわたし、自分で作りたい欲も特になかったしねえ」
魔法の辞書が頭に入っているなら、それを読み込むだけでも勉強になりそうなものだが。あるいは春香にそこまでの意欲がなかったのだろう。
「気分としてはRPGで魔法コマンドを選択する感じだよ。適切なMPを消費してドーンってするだけ。ホンマ楽だぜー」
「……自分はそんな感じなのに、私にはきちんと学んだほうがいいって言うの?」
「おおぅ、そう言われると閉口せざるを得ないのだ」
オーバーな動作で口を両手で包む春香に、愛莉は溜息を吐くしかない。
『魔法の発動は、メルルたち契約精霊の仕事なのです。魔法少女がそれに意識を裂く必要はないと思うですが……』
「あー、人間が
春香はそう指摘して、続ける。
「魔法少女って、たぶん元は精霊術士とか自然魔術師とかそういう系譜っしょ? 人間が
『……ハルカは魔術師についても詳しいのですね』
「喋り出したら止まらない馬鹿と旅したことがあったせいかなー。わたしの知識はほぼほぼ他人の受け売りだよん」
へらへら笑いに少しだけ影が落ちたのは、愛莉の気のせいだろうか。
怪訝に思いながら、愛莉は問いかける。
「それは、異世界にいた頃の話?」
「んにゃ? 興味ある? っていうか愛莉ちゃんはわたしが異世界からの帰還勇者だって信じてくれるんだねえ。うれちい」
「……ま、あんな戦いを見せられては、ね」
実はどこかに契約精霊を隠している魔法少女、という可能性を一ミリだけ考えていなくもないのだが。
「うふふのふ。気になるならいつか聞かせてあげるよ。寝物語にね」
「……嫌ね、その表現」
「じゃあ修学旅行の夜のノリで。高校でも愛莉ちゃんと一緒の部屋に泊まって枕投げとかしたかったなー」
「はあ? 高校でもってなによ、中学で同じ部屋に泊まった覚えはないわよ」
「……んえ? あー、確かにわたし、修学旅行に行く前に異世界に飛ばされてたわ」
めんごめんご記憶違いよー、などとおちゃらけた調子で言う春香。
……春香の話では愛莉と同じ中学校に通っていたらしいが、本当にこんなやつが居ただろうか? 当時のことは『今よりは母が家に居ることが多かったな』くらいにしか思い出せない。あとバイトもほとんどできなくて食べる物に困ったくらい。空腹はいつものことだが。
「あ、でも、今の愛莉ちゃんに必要なのは強くなることじゃないよ」
「は?」
唐突に、春香はそんなことを言い出した。
愛莉が眉を
「覚悟を決めること。――目の前の相手を必ず殺す、っていう決意。同格以上の相手を殺すためには、絶対必要だから」
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