第7話「殺す気で戦える?」



「っ、燃えろッ」


 の魔法は、あらゆるものを凍らせる。そして、魔力で銃身を作り、火薬代わりに爆発させることで、凶器をかたどった氷を弾丸のように撃ち出すのだ。


 実際には色々と魔力で補強しているらしいが、詳しくは知らない。あるいは本人も緻密に構築しているわけではないのかもしれない。魔法はイメージに左右される。というか、細かいことはパスを通じて契約精霊がやってくれる。


 対し、あいの魔法は、魔力を燃料に炎を生み出すこと。

 単純に考えて、乃亜に対し、愛莉の魔法は有利に働く。炎で炙れば、氷などすぐに溶けてしまうのだから。


 ただ――これは魔法事象。

 物理的な相性はある程度作用するが、究極的には魔力という非現実的なエネルギーがいくらでも現実をねじ曲げる。


「――ッ」


 勘に従い体を捻れば、すれすれのところを氷の矢が飛んでいった。相手の行動を見てから動き出した愛莉よりも、最初から魔法で攻撃する気だった乃亜の方が魔法の強度が強かった、ということか。


 ――あるいは。

 友人に対し初手から必殺の攻撃をするほど乃亜は非情ではないと、信じたかったのか。


「乃亜、やめてっ」

「うるさいッ!」


 愛莉の制止の声を、乃亜は怒声で塗りつぶす。彼女の声に呼応するように、都合七本の氷の矢が射出された。

 愛莉は反射的に地を蹴り、横に跳ぶ。氷の矢は愛莉の魔力装束コスチュームを掠め、魔力で編まれた衣装を引き裂いた。


 ――乃亜は、本気だ。

 本気で、愛莉を殺そうとしている。


「どうして、魔法少女を手にかけてまでポイントが欲しいの!? 今まで通りに二人で魔物を狩っていれば、それなりに稼げていたじゃないッ」

「言ったでしょ、普通にやってたんじゃ効率が悪いのよ」


 愛莉は、一ヶ月でだいたい千ポイントは集められる。ほとんど一緒に魔物討伐をしていた乃亜も、同じくらいは稼げていただろう。


 日本円に換算して、十万円。

 高校生が頑張ってバイトをするよりも、よほど稼げていたはずだ。


 命の危険がある割りには少ないような気もするが――それでも、十代の少女が持つお小遣いにしては多い。

 乃亜は愛莉のように、自分の生活費を稼ぐためにやっている訳ではないのだから、お金が問題では――。


 ……いや。

 まさか、そういう問題、なのか?


 次々に撃ち出される氷の矢を避け、あるいは溶かしながら、愛莉は問いかける。


「なんで、ポイントが必要なの?」


 なにか問題が起きて、大量のお金が必要になった、とか。

 ……母親が度々作り出す借金を思い浮かべて、まさか乃亜の親も愛莉と同じような人物だったのか、と愛莉は情動のままに奥歯をギリリと鳴らす。


 ――果たして、乃亜は掌をこちらに向けたまま、こう答えた。


「百万ポイント必要なの」

「――は」


 現実的じゃない。

 一生かけて、ようやっと届くかどうか。


 無茶な目標数値に、愛莉は反射的に「無理でしょ」と呟いていた。


「普通にやれば、ね。――だからあたしは、持ってるやつから奪うの」

「っ、だからって、仲間を襲うのは……ッ」


「あんた、ホントにそんな良い子ちゃんだったっけ? ……いや、でも、根っこはそんな感じだったわね」


 勝手に納得して、乃亜は吐き捨てるように続ける。


「……ケジメ、かしら。最初に仲間を殺すことで、迷いを断ち切る。――うん。そういうこと。そういうこと、だから」


 他の魔法少女は仲間じゃないのか、とか。

 愛莉のことは仲間だと思ってくれていたんだ、とか。


 感性の違いに困惑するでも、感慨に耽る場合でもない。

 先の言葉で覚悟を強めたのか、それとも踏ん切りが付いたのか。乃亜の掌に魔力が収束し、術式コードを通して、形を成す。


 必殺の刃。

 濃密な魔力によって作られた氷の槍が、その先端を愛莉に向けた。


「っ、この、クソ女……ッ!」


 吐き捨てて、避けるために足を動かそうとした愛莉は、しかし脳が出した命令通りに体を動かすことは叶わなかった。


 靴が、地面ごと凍り付いていた。


「――ッ」


 ――乃亜の魔法は、あらゆるものを凍らせる。

 氷の矢は無秩序に撃ち出されていたのではなく、愛莉の足を奪う魔法の起点とするためにばらまかれていたのだ。


 だが――そんなもの、超火力で溶かせば良い。

 愛莉の魔法は炎を生み出すのだから、こんな拘束は無意味だ。自分の魔力で自分を傷つけるほど魔力操作の腕は下手ではないし、保有魔力量も瞬間出力も、愛莉は乃亜に勝っている。


 でも――決定的に、動きが遅れた。

 加えて、愛莉は躊躇した。


 炎という力は使いづらい。なんせ、下手な場所に放てば、火事を容易に引き起こしてしまうのだから。

 無意識下でセーブされた火力では、乃亜の必殺の攻撃を迎え撃つことなど不可能。


「さよなら――愛莉」


 硬直した隙を逃さず、乃亜は明確な殺意を込めて氷の槍を撃ち放つ――。


 ――刹那。


「きゃぁぁぁあああああああああああああああ――ッッッ!!」


 甲高い悲鳴が二人の意識を貫いた。

 反射的に動きを止めた乃亜が、はしたなく舌打ちを零し、


「……人払いは課題ね」

『え、わざとしてなかったんだと思ってた』

「んなわけないでしょ。気付いてたならフォローしなさいよ、契約精霊でしょ」

『えへへ、ごめんねー』


 氷の槍は、空気に溶けるように消えていた。撃ち放つことなく、魔力に戻したのだろう。


「命び……いや」


 命拾いしたわね、とでも言いたかったのだろう。どうして途中で辞めたのかまではわからないが。

 乃亜は鼻を鳴らし、愛莉に背を向ける。


「次は、ちゃんと殺すから」


 言い捨て、乃亜は地を蹴った。魔法少女の身体能力は尋常ではなく、ものの数秒で愛莉の視界から乃亜の姿が消える。


「……あの、クソ女が」


 悪態を吐きながら、自身もすぐさま撤退を図る。拘束はすでに解いた。辺りを見回せば氷の破片やら焦げ跡やらが目に付くが、証拠隠滅している余裕はない。


 ――というか、悲鳴を上げた何者かの口を封じないと、まずいのではないか……?

 という愛莉の思考は、突如背後から発せられた声によって吹き飛ばされる。


「やー、魔法少女の喧嘩って、結構殺伐としてるんだねえ」

「ひゃっ!?」


 本気で心臓が飛び出す感覚を味わった。

 反射的に振り向けば、そこにいたのは、今朝見たばかりのヘラヘラ顔――。


「やほやほー、愛莉ちゃん。ご機嫌いかがかにゃー?」

「……はる


 彼女の服装は、昨日のコスプレ染みた服装でも、今朝の愛莉が貸した寝間着でもなかった。恐らく愛莉のものを勝手に拝借したのだろう。まあ、帰る家もなければまともに金銭も持っていないようなので、仕方がないか。


 春香は愛莉よりも少し背が高いようだが、比較的ゆったりとしたサイズの服を選んだみたいなので、見たところ違和感はなかった。ただ、ずっと愛莉の服を貸すわけにもいかないので、どこかのタイミングで買い揃える必要があるだろう。


「……って、なんで私がコイツの服を買わなきゃいけないのよ」

「んー? どったの愛莉ちゃーん?」


 ヘラヘラと笑みを浮かべながら首を傾げる春香。

 ……ともあれ。


「……助かったわ。ありがと」

「んふふ、どういたしまして」


「とりあえず、移動しましょう。さっきの声で、誰か来るかもしれないし……」

「んーや、その心配はないよ。あの声、愛莉ちゃんたちにしか聞こえてないから」


「……どういうこと?」


 眉をひそめる愛莉の疑問に答えたのは、愛莉の胸ポケットから顔だけ出したメルルだった。


『音……ううん、風の魔法……です?』

「お、せいかーい。ぱちぱちぱちー。ちょちょっと空気をいじくって、愛莉ちゃんたちだけに聞こえるように声を増幅させたのさー。あ、詳しい理論とかはわからんよ。なにせわたしは雰囲気で魔術……魔法を使っている……!」


 相変わらずのテンションで説明する気があるのかないのかわからない言葉を並べ立てると、春香は一つ咳払いをして、


「それで――、あの子が愛莉ちゃんのバディだった魔法少女? キツめの美人さんで氷使い……キャラが立ってますな」

「……、そうよ」


 愛莉が短く肯定してやれば、春香は「にゃるほどなー」と言いながらうんうんと頷く。

 その様子を眺めてから、愛莉は「というか」と切り出した。


「何しに来たの? 学校に用事でもあったの?」

「んにゃ、学校にはないかなぁ。ここ受検する気だったけど、その前に異世界むこうに行っちゃったし」


「なら、なんで」

「用心棒的な」


 一言で答えた春香の眼は、言葉の曖昧さとは裏腹にまっすぐ愛莉の双眸を射貫いた。


「ま、あの子と仲直りするまでは、わたしが守ってあげますよう。ぶいぶい」

「……別に、要らないわよ」


「えー、でも今までバディ組んでた愛莉ちゃんが一人で魔物と戦うのは、ちょおっと不安じゃなーいー?」

「問題ないから」


 一人でもやれるし、なんてつけ加えるのは、子供が拗ねているような感じがしたのでやめておいた。

 だが、愛莉が口にしなかった言葉まで読み取ったのか、あるいは顔に出てしまっていたのか。春香はヘラヘラと笑いながら愛莉の顔を覗き込んでくる。


「うへへ、可愛いなぁツンツン愛莉ちゃんは」

「っ、誰が――」


 思わずカッとした頭で言葉を吐き出そうとして。

 パンッ! と、春香が手を打ったことで、続く言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。


「ま、愛莉ちゃんがあの子と仲直りするのかどうかは、わたしは干渉しないけど。わたしはわたしのために、愛莉ちゃんの用心棒をするのですよ」

「……はあ? 何で私の用心棒するのが、春香のためになるのよ」

「そりゃあ、もちろん――」


 バチンッ! と。目尻から星でも飛ばしそうなウィンクを決めて、春香は言い放つ。


「養って貰うためさ!!」

「………………、はあ?」


 コイツは何を言っているのだ。

 あきれた顔を向けてやれば、春香はぺろりと舌を出して、


「愛莉ちゃんの魔物討伐を手伝うから、その利益でわたしのことを養ってほしいなぁって。ほら、わたし戸籍は消えてるし身分証はたぶん異世界に落としてきちゃったし、バイトとかも難しいんだよねえ」

「だからって……なんで私が春香を養わなきゃいけないのよ」


「そこをなんとか、お願いしますっ! 愛莉ちゃんのためなら何でもしますぜ! 靴も舐めるし何なら足舐めさせてほしいくらいだし!」


 それは気持ち悪いから切実にやめて欲しい。

 ついには土下座までし始めた春香に、愛莉は頭を抱えたい気分だった。


『……アイリ。ハルカに手伝って貰うのは、良い案だと思うです』

「メルル?」


 賛成を示したメルルに目を向けると、掌サイズの精霊はじっと愛莉を見つめていた。


『一人で魔物と戦うのは、危険です。それに……ノアも、また襲ってくるかもしれないです。だから、ハルカに守ってもらえるのは、とってもありがたいのです』

「……、」


 愛莉の魔法少女歴は半年と少しで、最も長い魔法少女の半分ほどの経歴だ。とはいえ、戦闘経験はかなりあるし、魔力量もかなり多い方だ。技術はまだまだかもしれないが、それでも強い部類ではある……はず。


 少なくとも、乃亜とはほぼ同等、だった。


「愛莉ちゃんは、あの子を殺す気で戦える?」


 愛莉の思考に差し込むように発せられた春香の声は、普段のテンションからは想像もできないほどに落ち着いていた。


「向こうさんは完全に殺す気で、愛莉ちゃんにその気がないのなら、たぶん、殺されちゃうよ。実力が同じくらいなら、覚悟のあるやつが強い。そういうもんだよ」

「……、」


 クソ女、だのと呼んでも、愛莉は乃亜に殺意を向けられない。

 できるのなら、炎使いが氷使いに押されっぱなしなどという無様は晒さなかっただろう。


「ま、覚悟が決まるまで……もしくは他の答えを選ぶまで、わたしを盾にしてはどうかにゃ? だいじょぶだいじょぶ、わたしこれでも世界を一つ救った勇者サマだからね。愛莉ちゃんに傷一つ付けず守ってみせるよー」


 茶化すように続けられた言葉に、愛莉は無意識に唇を噛みしめていた。


 やがて。

 ぐるぐる回り続ける思考を打ち切るように、溜息を一つ。


「……お願い。乃亜とまで、私とバディを組んで」

「ん、りょーかい!」


 ――この命に代えても、守り切るよ。

 へらっと笑って、春香はそう言った。


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