第6話「そんな良い子ちゃんだったっけ?」



 学校にはギリギリで間に合った。

 具体的には、自分の席に着くと同時にチャイムが鳴ったレベルでギリギリ。


 魔法少女の身体能力――正確には魔力での強化の恩恵――は化け物で、通常走って十分の距離を二分に縮めてみせた。……認識阻害があるからもし見咎められても問題になりにくいと考えて、屋根の上をぴょんぴょんしてきた成果である。


 担任の先生の話を聞き流しながら、あいは頭の半分で考えごとにふける。

 本当は、今日は早めに学校に来て、がき――昨日までバディを組んでいた魔法少女を待ち伏せしたかった。


 そして、昨夜、どうして愛莉を裏切ったのかを、問い質すつもりだった。


「……、」


 乃亜は愛莉と同じ高校の二年生だが、クラスは違う。

 話をするなら、纏まった時間の取れる昼休みか放課後を狙うべきだろう。


 ……それまでに、ある程度思考を纏めておく必要がある。

 乃亜がなぜ裏切ったのか。あるいは何かの間違いだったのか。


 もし悪意を持って攻撃したのなら、愛莉はどうするべきなのか――どうしたいのか。



 あさくら愛莉と野々垣乃亜は、同時期に魔法少女となり、同じ先輩魔法少女のもとで研修のようなものを受けた。


 そのまま流れでバディを組み、協力して魔物を倒してきた。何度も、何度も。住んでいる場所が同じ地域であり、しかも同じ高校に通っていたため、都合が良かったのだ。


 ななで活動する魔法少女は他にも数人いたが、彼女たちとは――たまに共闘はするが――チームは組まなかった。


 練度が同じくらいの方がやりやすかったというのもあるが、愛莉と乃亜の持つ魔法が互いの不利をカバーでき、最初からそれなりの連携が取れて、他人を入れる必要がない程度には戦えたから、仲間を増やさず二人でやってきた。……乃亜と相手チームの魔法少女のそりが合わなかったから、という理由もあるが。


 時折喧嘩もしたし、互いに不満を溜めることもあったが……それでも、半年以上一緒に戦ってきた仲間を罠にかけるほど、乃亜から恨まれる覚えはない。


「……確かめないと」



 ――午前の授業は、思考に耽っているうちに終わった。

 乃亜をどうしたいのか。答えを出せないうちに昼休みになり、会って話しながら考えることにした愛莉は、ひとまず乃亜のクラスへ顔を出したが、目的の人物とは会えなかった。


 乃亜のクラスメイトに話を聞く限り学校には来ているようなので、昼食を取る時間すら削って学校中を探し回ったが、ついぞ見つからずに時間切れ。腹の虫が鳴らないことを願いながら午後の授業を受けることに。


 そして、放課後。


「――愛莉。ちょっと来て」


 目的の人物は、堂々と愛莉を迎えに来た。


「……、」


 昼休みに捕まらなかったため、てっきり乃亜は愛莉と顔を合わせるつもりはないと思っていたのだが、そうではなかったようだ。

 乃亜の後ろに続きながら、愛莉は制服の胸ポケットに潜む契約精霊に囁く。


「メルル。私が乃亜と話すとき、口を出さないで」

『……、です』


 言いたいことはあるだろうが、メルルは愛莉に何も言わず、頷いた。


 下駄箱で靴を履き替え、外へ。荷物は持っているので、このままどこかの店にでも寄るのだろうか――という愛莉の思考を裏切って、乃亜が足を向けたのは体育館裏。

 ひとのない、影が差す場所。人に見られたら困るようなことを、こそこそとするための定番スポット。


「……こんな場所で、何する気?」

「逆に聞くけど、人のいる場所で魔法少女の話をする気?」


 質問に質問で返されたが、愛莉は「それもそうか」と納得した。……どこかの店に入ったらお金を使わなければいけなくなるので、少々不穏なロケーションだが、この方が愛莉的にもありがたい。


 六月にしてはやや冷たい風を浴びながら、愛莉は乃亜を正面から見据えた。

 黒髪ボブカットの乃亜は、愛莉の鋭い視線を感情の読めない瞳で受け止める。


 まどろっこしいのは趣味ではない。

 ゆえに、愛莉は率直に問うた。


「どうして、裏切ったの?」


 この際、「罠に巻き込んだのはわざとじゃなかったんだよね?」とか「使う魔法薬を間違えただけだよね?」などと訊く気はなかった。

 だが、返って来たのは素直な答えではなかった。


「知ってる? 魔法少女を殺しても、ポイントが手に入るって」

「――、」


 いったい、コイツは何を言っている?

 思考が一瞬止まった愛莉に畳みかけるように、乃亜は言葉を重ねた。


「魔物を倒せば、その魔物が持っていただけポイントが貯まる。ほとんどは一、二ポイントのゴミで、たまに五ポイント手に入ればラッキー程度。かといって二桁以上のポイントを一体から得ようと思っても、敵が強すぎて少人数じゃ倒せない」


 さらに言えば、ポイントは協力した魔法少女で人数割りなので、仲間が増えるほどに効率は落ちる。……愛莉と乃亜が仲間を増やさなかった理由の一つでもある。


 この時点で、乃亜が何を言いたいのか、愛莉にもわかった。

 だが、良心がその答えを拒んでいた。


「もっと強い魔人なんて論外。……いつかは狩れるようにならなきゃいけないけど、効率的じゃないし……そもそも訪れるかわからない『いつか』なんて待ってられない」

「――、」


「だから、魔法少女を狩れば良い」


 言い切った。

 それが禁忌だと、わかっていながら。


「魔物と魔法少女じゃあ、殺したときに手に入るポイントが桁違いなの。魔物はそいつが持つ魔力分しか加算されないけど、魔法少女なら、


 ね、効率的でしょう? と、乃亜は歪に笑った。


「……そんなこと」

「許されない、って? あんた、そんな良い子ちゃんだったっけ?」

「少なくとも、目先の利益のために人殺しを許容するような外道じゃないつもりよ」


 声が震えてしまったのは、半年間共に戦った相方の狂気に気圧されたからか。

 あるいは、友人が道を踏み外したことを信じたくなかったからだろうか。


 無意識のうちに足を引いた愛莉に、乃亜は独り言を呟くように言う。


「ポイントが必要なの。たっくさん。普通にやるんじゃ集まらない。だから、効率良くやらなきゃ。まどろっこしいことなんてしてられない。早く、早く集めなきゃ」

「っ、乃亜――?」


「あたし程度じゃ強い魔物は狩れない。魔人なんてもっと無理。でも、人なら。魔法少女なら。『同じ魔法少女に襲われるわけがない』って油断してる常識人いいこなら、あたしでもやれる」


 愛莉の目には、乃亜が錯乱しているように見えた。

 だが、本人としては、一本筋の通ったことらしい。


 そして。

 強い語調で、少女は宣言した。


「だから、だから、――持ってるやつから奪う。そう、決めたの」

「乃亜、あなた――ッ」

 

 声は届かない。

 あるいは、次に起こした行動こそが乃亜の返答だったのかもしれない。


「ララプ」

『ほいさー、マスター』


 薄水色の光が乃亜を包み込む。

 変身。己の契約精霊と魔力パスを繋げ、魔法少女へと姿を変える――。


「ッ、メルル!」

『で、ですっ』


 メルルは動揺を露わにしつつも、愛莉の声に応えてくれた。

 パスが繋がり、色が変わる。今朝と違い衣装も替えると、同じく完全に変身した乃亜がこちらに指先を向けていた。


「――死んで」


 直後、氷の矢が愛莉に向かって射出された。


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