第3話「お腹いっぱいご飯が食べたいし」
「うぷぷ、満腹で大満足です。ついでにお風呂も貸して! あ、でも
……などと
ちなみに、風呂は
――なお、春香はすぐに風呂に入ったわけではなく、髪を乾かす愛莉を眺めるために待機していたのだが、愛莉が魔法を使って水気を飛ばしてしまったため一瞬で終わってしまい、春香は少々不満げだった。
『アイリがお風呂にお湯を張るなんて、珍しいです』
「……たまにはね」
水道代とガス代の節約のためにお風呂を入れることは稀……一週間に一、二度で他の日はシャワーだけで済ませるという、女子高生にあるまじきスタンスなのだが、今日はお客さんがいるという大義名分があったので、多少の無駄遣いに目をつむった。……久しぶりに贅沢をした気分なので、そこは春香に感謝していなくもない。
心地よく
「……メルルは、春香のこと、どう思う?」
『どう、です?』
愛莉の曖昧な質問に、メルルが小さく首を傾げた。
「魔法少女じゃないのに魔力が使える、自称異世界から帰って来た勇者……なんて、どう考えても頭のおかしい人じゃない。家もないとか言ってたし。けど、命を助けてくれたのは確か。……だから」
あれ、何が言いたかったんだっけ、と頭の中で自問しつつ、続ける。
「だから……危ない人なのか、そうじゃないのか、メルルはどう思ってるのかな、って」
『メルルは、ハルカは悪い人じゃないと思うですよ』
はっきりと答えるメルルに、愛莉はわずかに目を見張った。
『だって、ハルカはアイリを助けてくれたです! メルルのことも撫でてくれたですし、良い人なのです』
「それは……ちょっと単純に考えすぎじゃない?」
精霊という種族は人を疑うことを知らないのだろうか。
それとも、精霊は人の心を見る力を持っていて、それで春香が善人であると判断したとか? ……いや、もっと単純な思考から来ている気がする。
『難しく考える必要なんて、ないと思うですよ』
ぐるぐると考える愛莉を諭すように、メルルは優しく語りかけた。
『ハルカはアイリとメルルを助けてくれて、その代価に一宿一飯を望むだけの、無欲な人なのです。それに、少しの間だけですけど、ハルカと話しても、嫌な感じはしなかったですよ? だから、ハルカは良い人なのです』
「……やっぱり単純ね、メルルは」
『一宿』はともかく『一飯』がお財布的に大ダメージだったのだが。
……とはいえ、命を救ったことに対する要求にしては、安上がりだったのも事実である。
『アイリはハルカのこと、どう思ってるです?』
「私、は……」
逆に問いかけてきたメルルに、愛莉は言葉を詰まらせた。
果たして、春香は良い人だろうか?
確かにおかしなことを言うし、ヘラヘラと気味悪く笑っているが、こちらを害そうとしたことはないし、言葉で攻撃してきたこともない。
だが――、異常な戦闘能力、そして狂気的な一面が、愛莉の脳裏から離れない。
「……、」
彼女の人となりを判断するには、接した時間が短すぎる。
そう結論づけて、愛莉は一つ息を吐く。
「……ま、困っているのは事実っぽいし、できる範囲で助けてあげようとは思うわ。命の恩人なんだし」
『ふふふ、アイリは素直じゃないですね』
「は?」
キッと睨み付けてやると、メルルは慌てて目を逸らした。ついでに話も逸らした。
『そ、そういえば、アイリの所持ポイントは、今日で千ポイントを超えたですよっ』
愛莉の視線を振り切るために、メルルは努めて明るい声色で言った。
ポイントというのは、魔法少女システム全体を運営する精霊界が定めた、「魔法少女を頑張らせるため」のシステムである。
魔物を倒したら、その魔物が保有していた魔力に応じてポイントが加算される。
そのポイントは、一ポイントを日本円にして百円(国によって多少変動するが、大体同じくらいにしているらしい)に変換できるほか、現世では手に入らない特殊な魔法道具と交換できる。
例えば、空を自由に飛ぶ箒。
例えば、姿を隠してしまうマント。
例えば、一瞬で傷を治す薬。
そういった魔法が掛かった道具はおしなべて高額だが、普通に生活していたら手に入らないものばかりなので、魔法少女が魔物を狩るモチベーションの一助になっている。
ちなみに、現物が届くのは注文から数日後なので、緊急時には役に立たない。事前に準備しろ、というのが先輩魔法少女の訓示である。
「十万円、か。半分は家に入れなきゃいけないけど……ちゃんと生活できる」
愛莉が魔法少女をやっているのは、正義感などではなく、お金のためだった。
正確には、生活費を稼ぐため。少しでも豊かな暮らしをするため、である。
愛莉がバイト代と称して家の口座に入れなければ、月々の光熱費や家賃の引き落としの際にお金が足りなくなる。
魔法少女になる前は生活費を切り詰めつつバイトをして生きていたが、魔法少女の方が稼げるので辞めた。……リスクは跳ね上がるが、食費がどれだけ増やせるかは割と死活問題なのだ。
『いつもの時間に口座に振り込んでおくですけど、それでいいです?』
「うん。お母さんたちに現物が見つかったら、持って行かれちゃうから」
諸々の引き落としの直前にお金を入れないと、口座を見た母が勝手に引きだして持っていく可能性がある。そして、現物を家に置いていると、それも持って行かれることがある。ゆえに、愛莉は慎重になっていた。
幸いにも、愛莉の口座から勝手に引き落とされたことは、今のところない。……愛莉の口座に手を付けられたら、学費が払えなくなるので、本当に困る。これからも無事であってほしい。
『わかったです。でも、いざというときのために、ちょっとくらい残しておいた方がいいですよ? 回復の薬は五十ポイントと比較的安いですし、備えておくことも大事です』
「そう、ね。
言いかけてから、それがもう不可能なことを思い出し、舌打ちと共に打ち切る。
――囮作戦で愛莉を罠にかけ、殺そうとしたクソ女。
ぎり、と奥歯から音が鳴る。
剣呑な雰囲気を纏った愛莉に、メルルは努めて明るく振る舞った。
『き、きっと、ノアにもなにか理由があると思うですよ!』
「さて、ね。あの女が自分の利益以外に考えていることがあるとは思えないけど」
『あ、明日すぐに話してみるですよ! たぶん、ただの事故なのです。ノアがアイリを攻撃するなんて、ありえないです!』
あのクソ女が何を思って、どんな事情で愛莉ごと罠にかけたのかはわからない。
電話やメッセージアプリで連絡を取ろうとしても反応を示さないので、明日、直接会って確かめるしかない。
「どんな言い訳をしてくれるのかは知らないけど、一発、ビンタ食らわせてやるわ」
『な、なるべく穏便にするですよ……』
「それはあっちの出方次第ね」
愛莉はそう吐き捨てて、クソ女のことを思考から追い出す。
一度頭の中を空っぽにしてから、改めてポイントの使い道について考えることに。
うんうん唸っていても迷走するだけ。というか、眠気が酷くてまともに考えが纏まらない。
愛莉は、ぽすん、と顔を枕に押しつける。
「……でも、お腹いっぱいご飯が食べたいし」
節約すれば生きていける。でも、たまには「もう食べられない」と言うほどに充実した食事を取りたい。
とはいえ、今日のようなピンチのときに、それを打破できる魔法道具があれば……という考えも捨てられない。
『ご飯を食べるためには、まずちゃんと生き残らなきゃだめですよ』
「………………それもそうだけど」
メルルの言うことは正しい。
でも、ご飯……ご飯……ふっくら白米とハンバーグ……ポテトサラダも付いて……コーンスープもあって……。
「…………五万円を家の口座、三万円を私の口座に入れて。あとの二百ポイントは……とっておく……」
それだけ言って、愛莉の思考は眠りに落ちていった。
『おやすみなさいです、アイリ。…………あれ、というかはハルカにはどこで寝てもらうのです?』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます