第2話「本当に、魔法少女じゃないの?」
命を助けられたのは確かだ。
彼女は、襲い来る魔物を倒し、ゲートすら一撃で消滅させた。
そしてついでとばかりに、
ゆえに、異世界からの帰還勇者などと
「不審者だなんてひどいなー、愛莉ちゃんは」
「……、」
現在、愛莉は魔法少女の変身を解き、普段の黒髪黒目の姿に戻っている。
服装も、どこぞのマンガにでも登場する可愛い制服をさらにフリフリに改造したようなものから、変身前に着ていたラフな普段着に戻っている。……正直、外を出歩く格好ではないのだが、自宅で変身して飛び出したせいなので仕方ない。
対して、少女の姿は変わっていない。
セミロングの茶髪に焦げ茶の瞳は一般的に見かける色彩だが――ゲームの冒険者が付けるような金属の胸当て、光の当たり方で色の変わる金属プレートが付いたスカート、膝まである赤いマント、革製のグローブとヒール部分が金属加工されたブーツ……これらはどう見てもコスプレだ。
深夜で、人目を避けているから良いが、あまり隣を歩きたくない。
「いやー、愛莉ちゃんは美少女ヒロインだなあ。隣にいるだけで良い匂いするし」
……汗とか血の臭いとかが混ざって不快な臭いだと思うのだが。
早くシャワーを浴びて汚れを洗い流したい、と頭の片隅で考えながら、愛莉はヘラヘラ笑う少女に、今更ながら疑問をぶつけることにする。
「……あのさ」
「なあに、愛莉ちゃん」
「……。まずは、助けてくれてありがとう」
「にゃはは、良いってことですよ。美少女を助けるのは美少女の役目ってね」
お気楽に言ってのける少女に、愛莉は抑えきれない不信感のままに問いかける。
「それで――なんで私の名前、知ってるの?」
足を止め、じっと少女を見つめる。
対して少女は、きょとんとした顔でこちらを見返す。
「え。覚えてない? わたし、中学二年のときに同じクラスだった
「……、」
いた、だろうか?
三年前の記憶を掘り返すが、関わりのあった人間に、彼女のような不気味な人はいなかった……と思う。
とはいえ、さほど自分の記憶力に自信があるわけでもないので、愛莉は素直に「覚えていない」と答えた。
「そっかー。ま、仕方ないね。愛莉ちゃんみたいな美少女は、わたしみたいな陰キャぼっちなんて視界に入らないもんね」
「……さすがにあなたみたいなヤバイやつがいたら、誰でも覚えている気がするけど」
「んふふ。実はわたし、昔は物静かな文学少女だったのです」
嘘か本当かわからないことを
「まあ読んでたの
「……、」
「顔赤くしちゃって、かーわいーんだー」
ツンツンと頬を突いてくる指を払い除け、愛莉は仕切り直す。
「……羽澄さん」
「春香、だよ?」
「………………、春香」
「うん! なぁに、愛莉ちゃん?」
面倒だから折れてやっただけだから、呼び方なんて識別できるなら何だって良いでしょ、と脳内で誰にするでもない言い訳を並べ立てつつ、愛莉は続ける。
「あなた、本当に何者なの?」
「だから、勇者だって言ってるじゃーん」
「……そういうの良いから」
なおも誤魔化す春香に、愛莉は表情に苛立ちが浮かんだことを自覚する。
「と、言われてもね。勇者は勇者だよ。魔法少女じゃない」
「魔法少女じゃないから、訊いているのだけど」
「んふふ。摩訶不思議な存在は、キミたち以外にもいた……それだけの話じゃない?」
「それは……」
そう言ってしまえば、それが事実なのかもしれないが――。
自分の知っていることが世界の全てだなんて、あり得ない。
実際、精霊やら魔法やらファンタジーな事象など、昔は信じていなかった。だが魔法少女になり、魔物と戦うようになって、不可思議な現象を受け入れた。
だから、こうやって勇者が目の前に現れたのなら、今こそ認識を改めるときなのかもしれない……。
とはいえ。
そう簡単に受け入れられるものではない。というか春香の自称でしかないから、信用できる根拠がない。
「……メルル。春香は本当に、魔法少女じゃないの?」
『はい。強い魔力の反応はあるですけど、契約精霊の気配がないから、魔法少女じゃないですよ。……異世界の勇者という証拠もないですけど』
己の契約精霊の返答に、愛莉はむむむ……と唸る。
「おほー、マスコットじゃん! 可愛いねえ」
と、春香が愛莉の胸ポケット――そこから顔を出すメルルに向かって手を伸ばしてくる。
掌に乗る人形サイズの精霊は、小物を愛でる勇者サマのされるがままになり、『あうあう』と声を漏らした。
「……あんまり虐めないであげて」
「虐めじゃないよー、可愛がってるだけ」
サイズ差を考えてくれ、と思いつつ、自分も最初は似たようなことをやった気がするので口には出さないでおいた。
「しっかし、このきゃわいいマスコットちゃんが、魔法少女を騙して食い物にするのかー」
『ふえ? なにを言ってるのです?』
「いや、ほら、さ。魔法少女もののマスコットは大概そんなもんじゃん?」
「……現実と創作を一緒にしないで」
己の相棒に事実無根の疑いを向ける春香に、愛莉がわずかに怒りを滲ませて言う。
「あはは、この世界がそもそも創作世界みたいなファンタジーになってるから、つい……ね。ごめんねー」
ヘラヘラと笑ったままの謝罪に、愛莉は喉奥に飲み下せないものを感じた。が、感情を言語化する前に、春香が口を開く。
「ところでこっちも質問なんだけどさ。さっきの化け物って、魔物であってる?」
「え……うん。そうだけど」
魔物を知っている……ということは、やはり彼女は魔法少女なのでは?
と愛莉の中で疑惑が再浮上したが、続く春香の言葉に思考を打ち切られる。
「そっか。こっちにも同じのがいるのかー」
「……は?」
「んにゃ、わたしが召喚された異世界にもね、同じような化け物がいてさ。そいつらも魔物って呼ばれてたんだよねー」
『それはつまり、ハルカの世界も、魔界から侵略を受けていた……ってことです?』
メルルの問いに、春香は唇に指を当てて、
「んー、魔界ではない、かな」
とだけ答えた。
「ま、アレについてはいいや。もう一つ質問、いい?」
「……いいけど」
春香の持っている情報を洗いざらい吐かせて色々と考察したいところではあるが、ひとまず春香の問いに答える姿勢を作る。
春香はへらりと笑って、
「愛莉ちゃん
「…………、」
それはつまり、飯を食わせろ、ということだろうか?
「ご飯、食べさせてー!」
真正面からはっきり言われ、愛莉は口の端を引き攣らせた。
……まあ、命を救われた対価だ、素直に食べさせてやろう。
という考えは、二時間後、冷蔵庫の中身を空っぽにされたことで滅茶苦茶後悔することになる。
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