小人のポクルと 竜の子供

碧絃(aoi)

小人のポクルと竜の子供

 満月に照らされながら夜の森を歩く。


 月は青白く輝いて、その周りは薄紫色に見える。


 人間の街へ宝物を探しに行くなら、本当は昼間の方が楽しいけれど、見つかってしまうと、「小人だ!」「妖精だ!」と騒がれて大変なことになる。


 深夜に散歩がてら出かけた方が、人間に見つからずに動き回れるから、気が楽だ。


「そうだ、たまにはいつもと違う道を通って行こう」


 僕は、左へ向きを変えて歩き出した。せっかく深夜の散歩に出たのだから、夜にしか見れないものが見たいと思ったのだ。


 歩きやすい道を外れて、石の隙間を縫って歩いていくと、そこには、ベルみたいな形の花が咲く丘がある。


 昼間に見ると濃いピンク色をしているけど、月明かりに照らされて透けているので、少し白っぽく見えた。


 花の下を歩いていると、薄紫色に発光したランプがたくさん浮いているような、幻想的な光景が広がる。


 つい見惚れていると、石につまずいて転びそうになった。


 それくらい綺麗なものが見れたので、

 ———深夜に散歩に出て本当に良かったな、と心から思った。


 そして、花が咲き乱れる場所を抜けると、今までの淡い光に目が慣れてしまったのか、少し暗く感じる。


 草が生い茂った場所なんかは、真っ暗で何も見えない。どうしたものかと僕は頭を悩ませる。すると、ちょうど飛んできた蛍が目に入った。


「ねぇ、この中に入ってくれない?」


 僕がお願いすると、蛍はベルの形をした花の中に入ってくれた。


 花はまるでランプのようになり、一気に周りが明るくなって、足元もよく見える。


「よし、これなら先へ進めるぞ!」


 僕は、蛍が入ったベルの形の花を担いで、また歩き出した。


 大きな倒木の下を潜って、草をかき分けて、落ち葉が溜まっていればその中を泳ぐ。止まらずに、どんどん進んで行った。


 そして、ふと顔をあげると、左の空がぼんやりと光っている。


 初めて見る光景だったので気になって、足が止まった。


 ———人間の街は右側にある。僕は右に進まないといけない。でも、あの光が気になる———。


 しばらくの間考えたが、僕は結局左の、空が光っている方へ歩き出した。


 近付くにつれ、辺りは明るくなって行く。

 歩く僕の足は早くなって行った。


 そして、僕の背よりも高い草をかき分けると———たどり着いたのは、蛍がたくさん飛んでいる湖だった。


「そうか、蛍がたくさんいるから明るかったのか」


 僕が独り言を言っていると、ベルの形をした花の中から蛍が出てきて、ふわっ、と空へ舞い上がった。


 そういえば光に夢中になって、花の中の蛍の事をすっかり忘れていた。


「ごめんね、ありがとう!」


 僕がお礼を言うと、蛍は2回ほど僕の周りをまわって、湖の方へ飛んで行く。


 湖の周辺には、数え切れないくらいの蛍が飛んでいる。


 ———綺麗だからもう少し見て、今日はこのまま家へ帰ろうかな……。


 そんな事を考えていると、ふと、何かの視線を感じた。


 後ろに何か、大きな気配がある。


 フゥっと鼻息のような音が聞こえて、吹き飛ばされそうになった。


 ———もしかして、熊……?


 こんな隠れるところもない場所で熊なんかに見つかったら、一口でパクッと食べられてしまう。そう思うと、身体は冷たくなって震え、怖くて振り返ることもできない。


 ———どうしよう、死んだふりをする? 


 でも、意味がないって友達が言っていたような気がする……。


 混乱して頭が回らない。


 するとその時、「ねぇ、」と声が響いた。


 ———し、しゃべっ……た?


 上から声がしたので、僕がおそるおそる上を向くとそこには、黄緑色に光った、丸くて大きなものが2つ。


「うわぁ!」


 思わず、腹の底から大きな声が出た。


 怖くて、目をぎゅっと閉じる。


 ———きっと今から、僕は食べられるんだ……。


 そう思うと、涙が出そうになった。


 ぐすん、


 ———……ん? 僕の泣き声じゃない。


 そっと目を開けると、バチャッ! と大きな水の塊が目の前に落ちてきた。


 僕が上を向くと、大きなものが満月の明るい光に照らされる———。


 白っぽくて細長い顔。

 黄緑色の大きな目。

 口からは牙がのぞいている。

 手には長く尖った爪。

 背中には大きな翼。

 長いしっぽには三角のトゲ。


「え? りゅう……?」


 初めて竜を見たので呆気に取られていたが、はっ! と気が付いた。


 見たところまだ子供のようだけど、竜にしろ、熊にしろ、食べられることに変わりはない。


 僕は、一歩後退りした。


 ———早く逃げなくちゃ。


 すると、また声が響いた。


「しっぽが、痛いよぅ」


 そして再び、大きな水の塊が落ちてきた。


 しばらくしても、竜はその場から動く気配はない。ただ立ち尽くしたまま、大粒の涙をこぼす。


 どうやら、僕を食べる気ではないようだ———。


「しっぽ……?」


 僕が竜の子供の後ろ側へ回ると、尻尾の横で銀色に光るものがある。


「あっ! これって……」


 銀色の光るものは細くて長い。

 それは見たことがあるものだった。


 人間の街へ行った時に、家を壊しているおじさん達が“くぎ”と言っていたものだ。


 たまに、森の中にも落ちているのを見ることがある。あんなものが刺さっていたら、痛いに決まっている。


 僕は竜の子供の尻尾によじ登って、下から釘の出っ張った所に両手を当てた。


 そして全身を思い切り伸ばすと、釘は尻尾から抜けて、下に転がり落ちた。


 釘は抜けたが、竜の子供の尻尾には、赤い傷ができている。


「しっぽ、痛そうだな……」


 僕は背中に背負っていた大きな布で、尻尾の傷口を巻いた。


 本当は、人間の街で見つけた宝物を包む為に持って来ていたものだけど、手当に使えるので、ちょうど良かった。


 尻尾の傷口が見えなくなると、竜の子供はやっと泣き止んだ。


「……ありがとう」


「どういたしまして。痛かったね」


「自分じゃ抜けなくて、困ってたんだ。本当にありがとう」


 竜の子供はすっかり元気になって、尻尾を振った。痛くなくなったのなら良かったけど、まだあまり動かさない方がいいと思う。


「でも、何もお礼ができないよ」

 竜の子供は悲しそうな顔をした。


 別にお礼をして欲しかった訳じゃないんだけど———。


「じゃあ、友達になって!」


 僕は勢いよく手を伸ばした。


「うん、僕もキミと友達になりたかったんだ」


 竜の子供は爪の先で、僕の手にちょん、と触れた。



 今日は結局、人間の街へ宝探しには行かなかったけど、


 また1つ、僕の宝物ともだちが増えた。




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小人のポクルと 竜の子供 碧絃(aoi) @aoi-neco

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