第5話「対決!魔女vs暁紅の戦姫」
緊張の一日が始まった。
サレナは、食堂で特別なデザートを食べていても気が気じゃなかった。一方で、デザート専用食券もないのにちゃっかり自分の分も要求して、エクセリアーデは同じスイーツに
どこまでも
それでも、熟練の水兵たちも皆、黙りこくって沈黙の時間を過ごす。
今、頭上には協商軍の大艦隊が広がっているのだ。
「……さて、そろそろね。参りますわよ、サレナ」
「えっ? 殿下、参ります、とは」
「ちょっとした挨拶よ。このまま黙ってお行儀よく通り過ぎるのは……少しもったいなさすぎますわ」
ニコリと笑うエクセリアーデが、
慌ててその背を追えば、彼女は廊下に備え付けられた端末で
『やっぱりやるんですか、殿下? このまま静音航行で、あと二時間もすれば――』
「予定通り浮上よ、大佐」
『……はぁ……敵のド真ん中ですが』
「だからよ。急いで。敵の旗艦トゥルーノアの真横ギリギリ、よくて?」
いつもの有無を言わさぬ言の葉だ。
その声色は、まるで海の魔物セイレーンが歌うようである。
返事は聞かない、聞く気がない。
そこには絶対の自信と信頼が感じ取れた。
「では、サレナ。
「は、はあ……でも、敵艦隊のド真ん中に浮上だなんて」
「どうしても確認したいことがありますわ。それに」
「それに?」
「撃ってはこなくてよ。撃てるもんですか」
ゆっくりと
普段はあまり感じない、上下に自分の身体が伸ばされてゆくのような感覚がサレナを襲った。それがまた不気味に内蔵をゆっくり転がすようで、どうにも気分がよくない。
それに、エクセリアーデの断言にどこか不安を感じた。
艦橋へと上がるはしごの前で、サレナは若き無敵提督を引き止めた。
「殿下、あのっ! ……その、潜洋艦って世界初ですよね……攻撃、されないんですか?」
「ええ。通常魚雷の更に下、もっと深い場所を航行する艦ですもの」
エーテルの海を切り裂く兵器として、魚雷がある。動力と探知能力を持ち、ロックオンした敵へと向かって進んでゆくのだ。そのため、対魚雷兵器も存在する。魚雷にぶつける魚雷というやつで、他には目視で小口径の火器を向けるしかないだろう。
つまり、潜航中のノルヴィーユに対する攻撃オプションは存在しない。
現時点では。
「けど、
「あら、隣だから撃てないんじゃない。イットーはピッタリ横につけるわよ? 誤差は3
「トゥルーノア自体からの攻撃は」
「それを見極めたいの。……あの
少し意地悪そうに笑って、エクセリアーデははしごを登り始める。その時にはもう、ノルヴィーユは艦首を持ち上げるようにして急速浮上していた。
慌ててサレナも後に続く。
こぶりな尻が目の前で揺れてる。
皇国軍の軍服にミニスカートがあるなんて、全く知らなかった。
因みにサレナは、通常の女性士官がはくタイプのタイトスカートだ。
そして、小さなスペースで二人は手早く宇宙服に着替える。
「さあ、浮上しましてよ」
「
「まあ、質量差からみてもこっちはエーテルの
「ちょ、ちょっと、殿下ぁ!」
「安心なさい? イットーは昔から、やればできる男です。やらない時が多すぎるのですけど」
そして、決定的な瞬間が訪れた。
まるで、大気圏を突き抜けるような感覚。この
今、潜洋艦ノルヴィーユは敵艦隊の中心に浮上した。
すかさずエクセリアーデが飛び出してゆく。そのすぐ横に顔を出して、サレナは絶句した。目の前にそびえる
「うわ、激突ギリギリ……って、そ、そうだ! 敵の陣容は」
急いでサレナは自分の携帯端末を取り出し、望遠用のアプリを起動させる。ネットやメールは
双眼鏡のように覗き込んで、周囲をぐるりと見やる。
その間もずっと、エクセリアーデはふんぞりかえってトゥルーノアを見上げていた。
「うう、すっごい大艦隊……あれ? で、殿下、あの」
「……気付いたかしら? サレナ」
「え、ええ。この艦、トゥルーノアって……この
「そのまさかでしょうね。……厄介なものを造ってくれたこと」
周囲の敵艦は全て、
だが、発砲してはこなかった。
この距離では、旗艦トゥルーノアにもビームが直撃してしまうからだ。
それを完全に読み切っていたエクセリアーデは、マイク片手に優雅に呼びかける。
「こちらはアルス皇国軍所属、潜洋艦ノルヴィーユ。聴こえてまして? 協商軍の魔女さん?」
サレナは生きた心地がしなかった。
同時に、協商軍の新兵器に
それが今、砲とミサイルで撃ち合うだけだった晦冥洋に生まれ落ちたのだった。
「やっぱり、これ……特装実験艦トゥルーノア、空母だ……えっと、
そう、過去のデータと完全に一致しなかった訳である。大改装を経て、トゥルーノアの姿は異形の艦影となっていた。なんと、甲板上に目立った火器が一切見当たらないのである。どこまでも平坦な全通甲板は、各惑星の海で猛威を振るった航空母艦を
だが、ここはエーテルの波濤が逆巻く宇宙の底……平面の戦場、晦冥洋だ。
航空機の運用は昔から両陣営で試行錯誤されてきたが、実現してはいない。
そんなことを思い出していると、周囲によく響く声が敵艦から降ってきた。
『ボクが艦隊を指揮するリズ・ヴェーダ准将だ。魔女と呼ぶならまあ、そうなのだろうね』
とても落ち着いた、ともすれば冷たく凍った声だった。
そして、振り向くエクセリアーデの視線をサレナも目で追う。
絶壁のトゥルーノアのその上に、人影があった。ライフルを構える者たちを下がらせ、長身の細い影が腕組み二人を見下ろしている。
間違いない、あれが魔女と恐れられた協商軍随一の知将、リズ・ヴェーダだ。
「はじめまして、ではないわね? それでも、こうして直接顔を合わせるのは始めてですわ。わたくしのこと、覚えてて?」
『忘れるものか……暁紅の戦姫、エクセリアーデ・ノイ・ル・メルクリオール。随分と面白い艦を造ったものだな。この晦冥洋を
「褒め言葉と受け取っておきますわ。さて」
一度言葉を切ると、エクセリアーデはそっとサレナの手を握ってきた。
宇宙服越しでも、細く柔らかな指がぬくもりを求めてくる。
サレナもそっと、その小さな手を握り返した。
次の瞬間には、
「警告しますわ。惑星ファルロースに交戦の意思はありません。その戦力すらないのです。非武装の輸送船にて、全臣民が退避する
ようするに、本来民を守るべき艦隊が留守なので戦えない、だから非戦闘員を脱出させろと言うのだ。自分から死地に飛び込み、相手に
だが、これが暁紅の戦姫なのだと思い知る。
そして、今後もそうあれと小さく祈った。
頭上のリズがフンと鼻を鳴らした。
『非戦闘民に関しては了解した。それで……アレはまだ、ファルロースのドックにあるのか? 答えろ、お姫様……アレの確保、ないしは破壊が当艦隊の作戦目標である』
その瞬間だった。
落ち着いたリズの影から、不意に巨漢が躍り出た。宇宙服のシルエットからも、あからさまに肥満体であるとわかる、中肉中背の男だった。
その男はリズを突き飛ばすようにして、拳銃を抜く。
『皇国の
発砲音。
ブラスターの光が
拳銃から放たれたビームは、運良く二人を掠めて消えた。
その後も発砲が続いたが、すぐにリズが止める。
『閣下、困ります。我が
『ええい、なにをしているヴェーダ准将! 陸戦隊だ、奴らの艦に乗り込め!』
『……それは、ボクの仕事じゃ、ない』
この時、サレナは突然の言葉に驚いた。
――遺宝戦艦。
皇国と協商、両陣営で最高機密とされている封印されし遺物……下士官であれば存在すら知らない幻のオーパーツだ。そう、あの
「ま、そういう訳なの。サレナ、ファルロースへ急ぐわよ。サカキ大佐、ノルヴィーユ急速潜航。フフ、また会いましょう、魔女さん?」
エクセリアーデは最初から知っていた。
その上で、惑星ファルロースを目指していた……そのドックに恐らくあるという、幻の遺宝戦艦を目覚めさせようとしていたのだった。
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