第4話 玲を彼氏にしたい!(千夏視点)

 「玲君、帰っちゃったわね…」


玲を玄関で見送った後、母さんがつぶやく。


「そうね…」

もっと話したかったなぁ…。


連絡先を交換したとはいえ、アタシと玲はただの友達。

用がないと、連絡しにくいよね…。


もし付き合えば、いつでも気兼ねなく連絡できるかな?

それなら、玲を彼氏にしたい…。


「千夏ちゃん。玲君を彼氏にしたいとか思った?」


「ど…どうしてわかったの?」

アタシ、そんなにわかりやすい?


「顔にそう書いてあるもの♪」


やっぱり、わかりやすいんだ…。


「これから夕ご飯の準備があるから、玲君の事は後で話しましょう。できたら呼びに行くわ♪」


「うん…、お願い」


母さんは小走りでリビングに向かって行く。アタシは…、部屋で漫画を読もう。



 ……1人で読んでも、感想を語り合えないのはつまらないわね。

語るために読んでいると思えば良いか…。


なんて考えた時、部屋の扉がノックされる。


「千夏ちゃん。ご飯できたわよ!」

扉越しに、母さんが教えてくれる。


「今行く!」

アタシは漫画をケースにしまった後、急いで部屋を出た。



 リビングに向かうと、既に夕ご飯がテーブルに置いてある。

アタシは置いてある場所に座り、母さんと向かい合う。


和人かずひとさんの帰りは遅くなるみたいだから、時間はたっぷりあるわよ♪」


父さん、帰り遅いんだ…。好都合だわ。母さんに訊きたいことはたくさんあるけど、最初はアレにしよ。



 「母さん。ベランダの外にブラを落としたのは、玲と話すためなの?」


玲に訊いた時から、ずっと気になっていたのよね…。

普通、そんな事起こらないでしょ?


「違うわよ。本当に偶然なの。ブラを干そうとした時、虫が飛んできてね。振り払おうとしたら、ブラを放り投げちゃって…」


そのタイミングで、玲がこのマンション近くを通ったの? 凄い偶然ね…。


「でも、玲君に会ってからは偶然じゃないけど♪」


「? どういう事?」


「本当は、ブラを受け取ったらすぐ戻るつもりだったの。けど玲君の雰囲気やオーラ? に惹かれてね。保坂高校の制服をきっかけに、話を膨らませたのよ♪」


「そうなんだ…」

玲の名前を訊く程度の会話をしたことになるわね…。


「私が惹かれたなら、千夏ちゃんもそうなると思ったわ。だけど、千夏ちゃんと玲君が学校でどういう関係なのかは、私にはわからない…。だからあの時、『お礼を言っておいて』と連絡して、会話のきっかけを作ったのよ♪」


あの連絡がなかったら、玲と話すことはなかった…と思う。


席替えで隣同士になったから挨拶ぐらいはするかもしれないけど、今のような関係には絶対ならなかったでしょうね…。


「会話ができれば、私みたいに千夏ちゃんが何とかすると思ったの。実際、うまく誘う事が出来たみたいだし、私の読みは間違ってなかったわ♪」


母さんの行動が、命運を分けたのね…。


ブラを落とす・玲との会話を膨らませる・アタシに連絡を入れる…。

どれか1つでも欠けていたら、成立しないんだから。


「その後に連絡したのは、千夏ちゃんが誘えなかった時の保険と私の本音になるわね。…あれ、お節介だったかしら?」


心配そうな顔をする母さん。


「そんな事ないわよ。あれもかなり役に立ったから」


「それは良かったわ♪」


母さんの手のひらで踊らされた感じがするけど、悪い事じゃないから気にしないでおこう。



 「母さんは、玲を彼氏にする事についてどう思う?」


第一印象とオーラに惹かれても、お昼とお菓子の時間を一緒に過ごした事で、考えが変わったかもしれない。


「大賛成よ。良い子であることが再確認できたからね♪ 反対する理由がないわ」


「そこまで言い切るんだ…」

半日一緒に過ごしただけなのに…。


「仮に私が反対しても、千夏ちゃんは押し切るから言っても無駄ね」


「何でそう思うの?」

アタシ、猪突猛進タイプじゃないと思うけど…?


「あの間接キスの事よ。あれ、わざとやったでしょ?」


玲が母さんのマグカップに口を付けて飲んだのを観て、つい…。


「うん…。やっぱりバレてた?」


「当然よ。玲君は気付いてない感じだったけど、私はごまかせないわ♪」


さすが母さん。アタシのことをよくわかってるし、しっかり観てるわね…。


「あんな大胆なことをするんですもの。玲君への気持ちが高ぶってる証拠よ。そんな千夏ちゃんを止める気なんてないから♪」


今のアタシの頭の中は、玲のことでいっぱいよ。

母さんの言う通り、簡単に止まる気はないわね!



 「玲は、アタシのことどう見てるのかな?」

アタシは玲を彼氏にしたい。でも、玲はアタシを彼女にしたくないかも…?


「そればっかりは、玲君に訊かないと…」

母さんは困った顔をする。


「玲の気を引くために、勝負下着とか買ったほうが良い?」

セクシー系で、玲を魅了できたら良いんだけど…。


「う~ん…。千夏ちゃんの気持ちはわかるけど、そういうのは止めて欲しいわ」


「何で?」

母さんにしては、はっきり否定したわね…。


「親として、高校1年らしい付き合いをして欲しいからよ。玲君と千夏ちゃんは漫画好きなんだし、距離を縮めやすいじゃない」


「そうだけど…、漫画好きの女子は珍しくないわよ?」

つまり、ライバルはたくさんいるって事!


「だったら玲君のそばに居続けて、他の女の子が近付かないようにしましょう」


その時に漫画トークをすれば、お邪魔虫は来ないし話は弾むから一石二鳥ね。


「…千夏ちゃん。明日から玲君と一緒に登校するのはどう?」


なるべく、玲のそばにいたいし…。


「良いわね。後で連絡してみるわ」

一緒に登校なら、友達でもやれるわよね!


こうして玲についてたくさんおしゃべりしてから、夕食は終わる…。



 夕食を済ませて部屋に戻ったアタシは、明日の登校について玲に連絡してみた。もし既読スルーされたり断られたらどうしよう…。


…なんて心配は無用だったわ。返信がすぐ来て驚いちゃった。


『もちろん良いよ。集合場所は千夏さんのマンション前で良い?』


『明日、一緒に登校しない?』としか伝えてないのに、気が利いて優しい♡

他の人のことが書いてないから、1人で登校してるってことで良いのよね…?


『わかったわ。時間は8時○○分で良い?』

送信っと。


またしてもすぐ、返信が来る。


『うん。明日からよろしくね』


明日、玲と一緒に登校できる。考えただけでテンションが上がるわ!

とはいえ、夜に上がり過ぎるのは良くないわね…。


お風呂に入って落ち着こう。



 ……体を洗う時に、指が敏感なところに触れる。

もしこれが玲の指だったら、もっと気持ち良くなれるかも…?


…落ち着くどころか、余計な事ばかり考えちゃう。

いつ見られるかわからないし、念入りに洗わないとね。


玲…。アタシの体に興味あるかな…?



 お風呂から出たアタシは、自室で髪をドライヤーで乾かす。

乾かした後はいつも、漫画を読みふけって夜更かしするけど、今日から止めないと。


だって、眠そうな顔を玲に見られたくないし。

そんな顔見られたら、幻滅されてもおかしくないよね。


出来る事から少しずつやって、玲の彼女として相応しくなるんだ!



 翌朝。いつもよりスッキリ起きられたアタシは、洗面台で顔を洗った後に鏡を観る。…良い感じじゃない。早寝の効果が出てるわ。


確認後リビングに向かうと、母さんはキッチンにいて、父さんは朝食中みたい。


「千夏…。いつもより早いな」

父さんは驚いている。


「昨日、早く寝たからね」

気分が良いし、これからも続けよ。


父さんの斜めに座るアタシ。早く来たから、アタシの分はまだできていない。


「千夏ちゃん、おはよう。気合入ってるわね」

母さんがアタシの分をトレイに乗せて持ってきてくれた。


「今日は玲と初めて登校するのよ。気合入るって!」


「玲って誰だ?」

何も知らない父さんが、アタシではなく母さんに訊く。


「同じクラスの今村玲いまむられい君の事よ。昨日友達になったみたい」


「そうか…」

父さんはそれ以上訊いてこなかったし、言ってもこなかった。



 朝食後。歯を磨き部屋に戻ってから制服に着替え、身だしなみを整える。

う~ん、これで良いのかな? ちょっと不安…。


アタシは鞄を持って部屋を飛び出し、リビングにいる母さんの元に向かう。


「母さん。制服や髪に変なところない?」

ゆっくりその場で回ってみる。


「……大丈夫よ。自信を持って、千夏ちゃん♪」

勇気づけてくれる母さん。…嬉しいな。


「ありがと。じゃあ、もうそろそろ行くから」

約束の時間よりちょっと早いけど、待ちきれない…。


「いってらっしゃい」


母さんは、父さんとアタシの後に朝食を食べるから、見送りはしない。


「いってきま~す!」


軽い足取りで玄関に向かい靴を履いた後、アタシは家を出た。

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