第3話 千夏さんの部屋にお邪魔する

 千春さんが作ってくれた焼きそばを完食した後、お菓子タイムに入る僕達。


僕と千夏さんは紅茶、千春さんはコーヒーを希望したので、それぞれ用意してもらった。


昼食時と変わらず、僕は千春さんと向き合って座っている。そして僕の隣に、千夏さんが座っている状況だ。


「千春さん、ブラックなんですね…」

トレイに置かれたマグカップをテーブルに移す時見えたのだ。


父さんは好んでよく飲んでるけど…。


「一口、飲んでみる?」

そう言って、マグカップを差し出す千春さん。


「じゃあ、一口だけ…」

前から気になっていたので、マグカップを受け取り少し飲んでみた。


「…思った以上に苦くて僕には厳しいです。お返しします」

すぐ返そうとしたところ…。


「待って! アタシにも飲ませて!」

千夏さんは僕からマグカップを奪うと、僕が口を付けたところで飲み始める。


「千夏ちゃん。大胆ね♪」


大胆? の間違いじゃないの?


「にが! アタシも無理!」

渋い顔をした千夏さんは、マグカップを千春さんに返す。


「2人にはまだ早かったわね。歳を取れば、飲めるようになるかもしれないわよ♪」


「そうかな~?」

千夏さんは納得できないようだ。


僕も同感だよ。あんな苦いのを飲めるようになるなんて、大きく変わらないと無理じゃない? 歳をとることと、大きく変わることはイコールなのかな?



 「玲君は、趣味とか好きなことはあるの?」

お菓子タイムが終盤あたりになったところで、千春さんが訊いてくる。


話題が欲しくなるタイミングだよね…。


「ゲーム・漫画・アニメが好きです」


「マジで!? アタシも漫画読むわよ!」

千夏さんが食いついてくる。


「僕が読むのは、少年漫画だよ…」

女子の千夏さんとは、好みが違うよね?


「アタシだって少年漫画読むけど…。それとも何? 女子が少年漫画を読むのはおかしいの?」


彼女はムッとした顔をしている。…これは急いでフォローしないと。


「そういう訳じゃないけど『少女漫画』というジャンルがあるんだから、女子が漫画を読んでいると聴いたら、少女漫画を思い浮かべるものじゃない?」


「……確かにそうかも。ゴメン、言い過ぎちゃった…」


「僕の言い方も悪かったよ。ごめん」


今の時代、女子が少年漫画を読むのは珍しくないから、あの一言は余計だよな…。千夏さんは納得してくれたけど、これからは気を付けよう。



 「それで千夏さんは、どういう漫画を読んでるの?」

ジャンルの好みが合うと良いな…。


「ここで言うより、観た方が早いわ。数が多いし」


そこまで言うって事は、漫画はハマってる趣味のようだ。


「玲。後でアタシの部屋に来て」

お菓子タイムを一足先に終わらせた千夏さんはそう言って、リビングを出る。


…千春さんと2人きりになった。


「玲君。わかってると思うけど…」


「? 何ですか?」

何を忠告する気なんだろう?


「勝手に千夏ちゃんの部屋の引き出しとかタンスを開けちゃダメだからね♪」


「わかってますよ!」

それが許されるのは、某ゲームぐらいでしょ!


「余計な心配だったかしら。…千夏ちゃんの部屋はわかる?」


「玄関からリビングまでに、ネームプレートが付いた扉を観たので大丈夫です」

それにより、部屋を間違えることはない。


「なら問題ないわね。…部屋の前で待っててあげたら?」


「そうします」

僕は椅子から立ち上がる。


「カップとかの片付けは私がやるから、気にしないでね♪」


「何から何まで、ありがとうございます。…ではまた後で」

僕はリビングを出て、千夏さんの部屋の前に行くことにした。



 千夏さんの部屋の前に着いてすぐ、彼女が部屋から出てきた。


「お待たせ。見られて困る物はちゃんとしまったから」


「見られて困る物?」

アルバムとか…?


「下着が部屋に散乱してたら、玲がムラムラして何をするかわからないじゃない♡」


「何もしないから安心して…」

僕、2人にどう見られてるの?


「…ここでいつまでも立ち話する訳にはいかないわね。入って」

千夏さんが扉を開けて入ったので、僕も続く。



 女子の部屋に入るのは、人生初だ。なので比較はできないけど、男の僕でも過ごしやすいぐらい、シンプルな部屋をしているな。


…と思ったけど、姿見できる大きな鏡は女子特有か。

あと、大きめのケースが数個あるな…。


「アタシの部屋、どうかな?」


感想を求められても…。どう言おう?


「良い部屋だね。僕は好きだよ」

シンプルって、誉め言葉として受け取ってもらえない気がする。


なので誤解されない言葉を選んだつもりだけど…。


「そう、良かった」

微笑む千夏さん。


しっかり見渡したけど、この部屋本棚がないな…。漫画はどこにあるの?


「漫画はね…、あのケースの中よ」

キョロキョロしている僕の目的に気付いたのか、千夏さんはケースに近付いて開け始める。


僕も近付いて中を覗いたところ、漫画がびっしり収納されている。…凄いな。


「本当は本棚に収納したいけど、本棚とマンションの相性が悪いのよね…。だから仕方なく、ケースに入れてるのよ」


大きい本棚を買えば、それだけ運ぶ手間と設置する手間があるか…。

ケース収納をする気持ちはよくわかる。僕もいずれそうなりそうだ。


「それで玲は、どういう漫画を読んでるの?」


「えーとね…」



 その後、僕が言う漫画タイトルをケースから取り出す千夏さん。当然ミスマッチは起きたけど、それでも体感7~8割ぐらいはマッチしたように感じる。


マッチした漫画は、設定や好きなキャラなどを少し語り合った…。


「読んでる漫画が被ると話が弾むわね」


「そうだね。これからゆっくり・じっくり話していこうよ。学校とかさ」

席は隣同士だ。話す機会はいくらでもある。


「うん。玲と話す楽しみが増えたわ」

千夏さん…。嬉しそうだな。



 彼女がケースから漫画を取り出した時、疑問に思ったことがある。それは、紙質が劣化した漫画がある事だ。最近買ったものでないのは、見ればすぐわかる。


あれらは、どこで手に入れたんだろう?


「千夏さん。ケースの中に古い漫画があったけど、あれはどうしたの?」


「あれは、父さんのお古よ」


「お父さんのなんだ?」


「そう。小さい時、暇な時間があったら父さんの部屋にお邪魔して漫画を借りてたわね。アタシが少年漫画を読むようになったきっかけはそれよ」


「なるほど…。お父さんは今も漫画を読んでるの?」


「今は全く読んでないわ。父さんがまとめて処分しようとしたから、気に入っていた漫画だけアタシが引き取ったの」


「そうなんだ…」

千夏さんの漫画好きは、お父さん譲りか…。


じゃあ、千春さんはどうなんだろう?


「千春さんは、漫画を読むの?」


「母さんは一切読まないわね。テレビでドラマとかバラエティを観ることが好きみたい。母さんにとって、テレビは生活必需品よ」


僕とは、趣味が合わなそうだ…。食事中にニュース番組があったら観る程度で、基本的にテレビ観ないからな~。ドラマやバラエティの知識は皆無だよ…。



 それからも、千夏さんの部屋で彼女と他愛ないおしゃべりをする僕。そんな中、突然扉をノックされる。


「玲君。5時になったけど、大丈夫?」

扉越しだけど、気を遣ってくれる千春さん。


5時…? そんな長くお邪魔してたのか。居心地が良くて、あっという間だったよ。


「もう帰りま~す!」


「玲。また来てくれる?」

名残惜しそうに僕を観る千夏さん。


「2人が迷惑じゃないなら、絶対来るよ!」

彼女にそう宣言してから、部屋を出た。



 リビングに置いた鞄を取りに戻ってから、玄関に向かう。

2人がお見送りしてくれるようだ。


「玲君。また来てね♪」

今日は千春さんにたくさんお世話になったのに…。嫌な顔を全くしていない。


2人とも、本心で言ってくれてるはず。なら僕も正直に言おう。


「はい、必ず!」


「…そうだ、玲。連絡先、交換しよ」


「うん、良いよ」


今日一日で、千夏さんとだいぶ距離が縮まったしな。

……サクッと交換を済ませる。


「玲君。私もお願い♪」


「良いですけど…?」

嫌じゃないけど、連絡することあるかな…?


千春さんとも、交換を済ませる。


「悩み事ができたら、私に相談してね。何でも答えてあ・げ・る♪」


「その時は、よろしくお願いします…」

果たして、は本当に来るのかな?


「では、お邪魔しました~」


「バイバイ、玲。また明日」

小さく手を振る千夏さん。


「うん、また明日」

僕は玄関の扉を開けて、外に出た…。

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