第5話 僕と千夏さんが付き合ってる?

 昨日の夜、千夏さんに『明日、一緒に登校しない?』と誘われた。

彼女から連絡が来るだけでも嬉しいのに、誘われるなんて予想外だ。


あまりの嬉しさに舞い上がる僕。千夏さんに嫌われないよう、気を遣って返信したつもりだけど、大丈夫だよね…?



 そして今日。待ち合わせ時間の10分前に着くように時間調整してから家を出る。男の僕が先に着いて待ってた方が、好印象だよね?


そう思っていたのに…、千夏さんは既に待ち合わせ場所にいた。

マズイな…。怒ってないと良いけど。


「千夏さん、ごめん。待たせちゃって」


「良いのよ。アタシが早く来すぎただけだから」

そう言う彼女は笑顔だ。


良かった。怒ってはいないようだ。


「早速、行きましょうか」


「そうだね」


僕と千夏さんは、初めて一緒に通学することになる…。



 「ねぇ、玲。今まで女子と付き合ったことある?」

隣を歩いている千夏さんに、とんでもないことを訊かれる。


「ないよ…」

付き合うどころか、ロクに話したことないんだよね…。


「じゃあ、友達はどう? 少しはいるでしょ?」


千夏さんがどういう気持ちで訊いているかわからない。

だけど、彼女には嘘を付きたくないな。


昨日学校で話した時『嘘は嫌い』と言ってたし…。


「僕、千夏さん以外の女子とちゃんと話したことないんだよ。だから女子の友達は0なんだ。女子で連絡先を知ってるのは、千夏さんと千春さんだけだよ」


これ、ただのヘタレ宣言じゃない? 千夏さんに幻滅されたかな…?


「そうなのね…。なら安心だわ」

またしても、彼女はよくわからない発言をする。


安心って何が? 意味が分からないよ…。


「玲は、今のままでいてちょうだい」

困惑している僕に、千夏さんは励ましの言葉をかける。


「そうさせてもらうよ…」

別にイメチェンしたい訳じゃないし…。



 学校に着いてからも、千夏さんは僕のそばにいて話しかけてくれる。

嬉しいけど、一部のクラスメートの様子がいつもと違うような…。


お昼も彼女と一緒に食べ、おしゃべりを続ける。千夏さんと話すだけで、時間があっという間に過ぎていくな。


小さい時に感じた『楽しい時間はあっという間』をまた体感できて嬉しいよ。



 今日は昼休み後に体育なので、千夏さんと別れる。

男子は教室、女子は更衣室に移動して着替えるからだ。


着替えを済ませ、教室を出ようとした時…。


「今村君、ちょっと良いか?」


僕を呼ぶ声がするので振り返ると、佐下さした君か…。隣には遠藤君もいるな。


2人とは話したことないのに、何の用だろう?


「どうかしたの?」


「今村君って、古賀さんと付き合い始めたのか?」


「付き合ってないよ。千夏さんは友達だって」


「マジで!? あんなに親しげに話しておいて、しかも名前で呼び合ってるのに付き合ってないとか、あり得ないだろ? なぁ、遠藤?」


「俺もそう思うぜ。古賀さんは既にかもよ?」


そうなのかな…? 2人が勝手にそう思ってるだけで、肝心の千夏さんがどう思ってるかわからないし…。


「今村君、勘違いしないでくれ。俺は2人が付き合う事に意見を言う気はないんだ。単純に気になっただけなんだよ」


「昨日まで、2人が話してるところを観たことないんだぜ。それが今日になって急に、あんな風になるんだからな。気になるのは当然だろ?」


佐下君と遠藤君が、それぞれ自分の考えを言い始める。


確かに、そう思う気持ちはわかるな。それだけ大きい変化だし。

あの時の千春さんの行動が、僕の運命を変えてくれたんだ。



 下校時間になり、千夏さんと一緒に下校する。そんな中、彼女が声をかけてきた。


「玲。良ければ今日もウチに来てくれない?」


昨日、千春さんは「また来てね」と言ってくれたけど、連日はさすがに迷惑をかけるんじゃ…?


「本当に良いの?」


「当たり前じゃない。母さんも来てほしいって言ったわよ」


千夏さんがそこまで言うなら、きっと大丈夫だろう。自分の気持ちで考えよう。


「ありがとう。今日も寄らせてもらうね」


「やった!」

千夏さん…、とても嬉しそうだな。観ている僕も嬉しくなるよ。



 そういえば、佐下君と遠藤君に付き合ってる疑惑をかけられたな…。

千夏さんがどう思うか知りたいし、話しておこう。


「千夏さん。今日、佐下君と遠藤君に『2人は付き合ってるの?』って訊かれたんだ」


「それで、なんて答えたの?」

妙に食い付いてくるな…。何でだろう?


「『付き合ってないよ。千夏さんは友達だって』と言ったよ」

それが事実なんだから、何も問題ないはず。


「そこまで言わなくて良いじゃない…」

何故か千夏さんは落ち込みだす。…訳が分からない。


「ごめん。僕の言い方が悪かったかな?」


「今度誰かに訊かれたら『付き合ってない』って言って! それ以外のことは言わなくて良いから!」


ちょっと待って…。その言い方、まるで…。


「…玲。ウチまで競争しない?」

隣にいた千夏さんは僕の数歩前に出た後、急ぎ足でマンション内に入っていく。


逃げるように先に行っちゃった…。今日は訳が分からないことが多すぎる。

これがってやつかな?



 千夏さんの後を追い、彼女の家である303号室前に着いた。


「遅いわよ、玲。競争はアタシの勝ちね」


彼女の態度に、不自然さは感じられない。元に戻ったかな?


「アタシが勝ったから、後でお願い聴いてもらおうかな」


「お願いって何?」

よくわからないけど、お手柔らかに頼むよ。


「それは後で言うから…」

千夏さんはそう言ってから玄関の扉を開けて入ったので、僕も続く。



 「ただいま~!」


「お邪魔しま~す!」


…昨日と違い千春さんは顔を出さない、カギは空いてたから、いるはずなのに。


「珍しいわね。母さんが来ないなんて」

そう言いながら、玄関で靴を脱ぐ千夏さん。


「ひとまず、リビングに行きましょうか」


「うん。そうしよう」

彼女に続く僕。


リビングに着いたところ、千春さんの姿はない。


「あれ? ここにもいない…」


「カギをかけ忘れて出かけたとか?」

それなら、今の状況に納得できる。


「それはないわよ。玄関に母さんの靴があったし」


玄関にある靴のどれが千春さんのかわからないけど、千夏さんがそう言うんだ。

間違いないんだろう。そうなると、どこにいるのかな?


「玲はリビングにいて。アタシは探してくるから」


「わかった」

ソファーに座らせてもらおう。


それからすぐ、千夏さんは戻ってきた。マンションだから探すのは簡単だ。


「トイレにも、部屋にもいなかったわ…」


千春さん。一体どこに行ったの…?

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