深夜の公衆トイレ

福岡辰弥

深夜の公衆トイレ

 酒が切れたのでコンビニに向かうことにした。飲み過ぎだとわかっていたのに、酩酊した人間には正常な判断能力が備わっていなかった。

 僕の人生は負けの色が濃厚だ。辛うじて犯罪者ではなかったし、ギリギリ普通と呼べる暮らしが出来ていたが、数年もすれば負け組の仲間入りとなることは明白だった。

 家のすぐ近くにコンビニはあったが、僕はわざと迂回していた。深夜の公衆トイレを巡回するためだった。酩酊した女が落ちているかもしれないという期待があった。別に、僕は犯罪者になりたいわけじゃない。ただ、刺激のない人生にイベントが欲しかった。あるいは露出狂が自撮りをしていて、誘われるがままに童貞を喪失するのではないかという期待があった。酒を飲むと気が大きくなって、僕はそんなことばかり考える。

 十分ほど歩いて辿り着いた公衆トイレに、利用者ですよ、という顔をして入った。ドアの広い、いわゆる共用トイレだ。こうしたトイレで露出している女性の動画を見たことがあった。本当に中にいたら僕は怯えて逃げ出すだろうが、人生が変わるかもしれないという期待が僕を興奮させた。

 トイレの中には、女が落ちていた。

 酩酊して、気絶していた。

 すぐに頭が冴えて、立ち去るべきだと考えた。が、僕が去った後で本物の悪意が入ってきたら、彼女は何らかの被害を受ける。可哀想だ。かと言って、彼女を起こして、疑われたくはない。公衆トイレに倒れる人種とは関わり合いになりたくない。

 様々な可能性を考慮した結果、僕は共用トイレのドアの前に座り込むことにした。僕には彼女を襲う悪意もなければ、助ける善意もない。結局、想像していた景色が目の前に広がっていたところで、僕は何も出来ないただの臆病者だということを痛感した。

 もう二度と、深夜に徘徊しないと誓った。

 自分の臆病さを痛感するだけなら、一生家に閉じこもって、ネットでも見ていれば良かった。

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深夜の公衆トイレ 福岡辰弥 @oieueo

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