第6話 3.旧友に会う
小学校からの友人である高津に帰ってきたことを連絡すると、岡本も呼び、三人で集まることになった。
アルバイトを終えた後、北大路駅近くのお好み焼き屋へ行く。
高津は、結婚して子供がいる。岡本は、既に離婚している。
和彦は都合六年間、海外を出たり入ったりで、日本にいる時は自動車工場などで集中的に働き、旅費を貯めた。彼らとは、その合間に少し会う程度だった。彼らはいずれも二十代後半の時を、結婚等、人生の大きな変動とともに過ごした。
今は一人暮らしをしている岡本から、
「お前、アルバイトけ。三十一歳やろ。よう面接行けたねえ」
と、単純に驚かれた。
そういうものか、と和彦は思う。
長い旅行で、そうした年齢に応じた常識的な感覚もリセットされていた。
「それで、実家け?」
「そうや、妹と入れ替わりや」
「居心地は?」
「久しぶり過ぎるから、今んとこは居心地ええで。新鮮で」
負け犬のように見えているのかな、と思いながら、和彦は力なく笑う。
高津は、高校生の頃はフランスで修業して菓子職人になりたい、との希望を語っていた。ヨーロッパに住みたい、とも言っていた。高校を卒業してケーキ屋に就職したが、一年で辞め、その後もいくつかの職場を経て、今は中古車の販売をしている。
和彦があちこち行った中で、ヨーロッパの国々に関して大西は興味があるようで、どうやった?と尋ねてくるが、和彦はハンガリーやルーマニアなどの東欧に長く居て、フランス、ドイツ、イタリア、といった代表的な西欧の国々は物価が高いこともあり、それぞれの街に一泊か二泊、または夜行バスで朝着いて、夕方には別の街への夜行バスに乗る、といったやり方で旅行し、じっくりと一カ所に滞在していないために、それぞれの国や街の印象が薄く、上手く説明できない。
和彦の印象に鮮明に残っているアジアや中東の国々の話をしても、あまりピンとこないようだ。
高津ばかりでなく、大抵の一般的な日本人にとって「海外」とは、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアあたりのことを指す。
岡本は中学生の頃、工作などが好きで、発明家になりたい、と言っていた。今は、植木屋をやっている。仕事や収入は、天候に左右される。最近は景気が悪く、以前は羽振りの良かった顧客も依頼を減らしている、とのことだ。家庭生活は、合わなかったらしい。
話題は、二十世紀も終わりだが、子供の頃に思い描いていたような、科学技術が発達してロボットが活躍するような世の中にはなってないな、携帯電話を持つのが当たり前になってきたりと多少の変化はあるが、長時間労働も変わらないし、世の中の基本的なところは昔と変わらないな…、といった内容に及ぶ。
和彦は、世界のほとんどを占める経済的に貧困とされ「発展途上国」と呼ばれる国々の人達が、日本人や欧米人のように皆が車を所有し、便利な物に囲まれた生活を送ると、地球環境が持たずに人類が生存できないこと、先進国のような物質文明だけが発展の方向ではないことを旅行して実感し、自分達が子供の頃に喧伝されていた「夢の未来」「科学の未来」は先進国の価値観からだけの狭い見方でしかない、ということを伝えようとする。旅先で会う日本人達とはよくそんな話をして、言わんとすることもすぐ伝わるが、長い付き合いである二人に、伝わらない。
「世界に七十億人いる人間みんなが日本人とおんなじ生活できひんからな」
と和彦が言うと、今はそんな話をしてるんじゃない、という表情をしている。
二軒目へと場所を移す。高校生の頃、みんなでよく行った、最近は見られなくなった六〇年代風の大きなジュークボックスが設置されている店で、和彦が行くのは五、六年ぶりだったが、ジュークボックスも、店の入り口で出迎えるように置かれている趣味が良いとは言えない、ネクタイを緩め少し眼鏡のずれた欧米人らしき初老男性の等身大の人形も、以前と変わっていなかった。
店に入って飲み物を注文するなり、高津は嬉々として、ジュークボックスで掛けて欲しい、と八〇年代にヒットした洋楽をリクエストする。途端に、懐かしいギター音が鳴り響く。高津はほっとした表情で、煙草に火を点ける。
高津が、このところ、仕事から帰って奥さんが食事を用意していなかった、子供に高いおもちゃをねだられて困っている、どうせすぐ飽きるのに…、など、家庭の愚痴をこぼす。離婚した岡本と結婚生活の想像もできない和彦は、ええやないか、幸せなんやから…、と状況も分からず、励ます。
高津はさらに昔の洋楽のリクエストを続け、ハイボールを何杯か飲みながらひとしきり愚痴った後、世の中はキビシイんや、と和彦の肩を叩いた。
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