第4話 2-2.近くの自然食品店のアルバイトへ応募する

 河原町へ立ち寄り散策していると、オーガニック食品の店を見付けた。

 自然農法、有機農法、マクロビオティック、オーガニックなどには、以前の和彦は全く興味を持たなかったが、インドのヨガアシュラムにいた頃、研ぎ澄まされた精神状態を作るためには健全な食べ物、食生活がとても大事であるらしい、との話を耳にし、アシュラ厶で出される食事が野菜のみでもおいしく、身体がすっきりしたこともあり、日本へ帰ったら、できればそうした分野に関わったり働いたりしたい、究極的には、農業をして生きる、ということは可能だろうか…と考えるようになった。

 和彦が見つけた店は、オーガニック食品でイメージしそうな堅苦しい感じのないオシャレな造りで、野菜だけでなく、無添加の加工食品や石鹸、化粧品なども売っている。

 帰宅後の夕方、和彦の地元でもある北山通りをブラブラ歩いていたら、昼間見た自然食品店によく似た店を見付けた。一見小さなスーパーだが、店に入って売られている物は、有機野菜や、海水から作った塩や、健康な調味料、化粧品等。書籍コーナーも充実している。

 和彦は少し感動して店を一周し、買い物はせずに外へ出ると、出入り口横に掲示板があり、アルバイトを募集していた。


 電話する和彦の声は、先日の青果店の面接の時よりも緊張で震え、喉がカラカラになっていた。

 初めに電話に出た中年男性らしき声が、そのまま和彦に応対した。

 失礼ですが何歳ですか、といきなり年齢を聞かれ、三十一歳です、と反射的に答えると、少し沈黙があった。土日出られますか、と聞かれると、はい、と食い下がるように答えた。

 フルに働きたいんです、自然食品に興味がありますので…と、つっかえながら、やっとの思いで言葉を絞り出すと、またしても沈黙が訪れた。

 これはダメか、と思ったが、連休明けに来てくれますか、履歴書を持って来て下さい、私は丸山です、と男性は名乗った。

 よろしくお願いします、と和彦は、過去のどんな就職の面接時よりも心を込めて言い、電話を切った。


 連休明け、店へ行き、応対した女性の言うことが早口でよく聴き取れず、大丈夫かな、やはりまだ自分は日本に慣れていないのか…、と不安になった。

 女性に付いて行くと、店の離れにある倉庫へ案内された。

 中へ入って長い階段を昇ると、事務所のようなスペースがあった。

 小太りの中年男性が、既に座っていた。服装は、ラフだった。

 和彦も、近所の店だし、アルバイトの面接なので、スーツまで着て行くのは変じゃないか、と思い、普段着で来ていた。

 その男性が店長で、この前の電話に出た人らしい。自然食品店の店長、のイメージとは少し違う。煙草の臭いが染みつき、どことなく癖のありそうな人に見える。

 和彦の履歴書を見るなり、

「経歴が凄いな…」

と失笑しながらつぶやく。

 同時に住所を見て、

「何やこれ!すぐ近くやん!」

と叫ぶように言う。

 土日、来れるんやね、と電話で聞いたことに念を押す。

 ざっくりしたバイトの面接、といった雰囲気で、特に和彦の人物を見られている感じはしない。

 一転、店長は熱く語り始めた。

 今は自然食のスーパーという形だが、ずっとこのままではなく、さらに発展させて行こうと考えている。そのための仲間を探している。あなたのことは、どんな人かまだ分からないし、とりあえずは家が近いので来て欲しいが、しばらくは、見させて欲しい。

 時給は、七百円。それで良ければ、来て欲しいが…、と言われる。

 思った以上に安かったが、仲間がどうのこうの、との話が面白そうに思えた。

 和彦が黙っているので、店長は顔を覗き込み、

「安い?」

と、問いかける。

 和彦は、自分のペースでじっくり考えていただけだった。

「じゃあ、明日からでも…」

 和彦が呟くように声を出すと、意外だったらしく、明日からは待ってくれ、と慌てるが、腕組みをして少し天井を見上げ、考え直したようで、明日の、昼の一時に来てくれますか、と言う。

 よろしくお願いします、と和彦が頭を下げると、それには答えず、厳しい顔つきで、

「しばらく、見させて下さい」

と、さっき言ったことを繰り返す。


 家に帰り、玄関へ上がり込むや否や、電話が掛かり、父が取った。どうやら、先日面接を受けた青果店からのようだ。

 しばらく連絡がなかったのでもう諦めていた和彦は、いきなり父から受話器を渡され、しどろもどろになり、電話の声が女性だったこともあり、今、近くの店に面接へ行ってきたことなどを洗いざらい話してしまう。

 でも迷ってるんですよ、時給も安いし…、といつの間にか女性に相談するような口調になっている和彦に、女性は、

「それは私どもには分かりかねます」

と冷たく答える。

 女性の口調に、和彦も、はっとなり、そりゃそうだ、この人にこんなことを言っても仕方がない、と気付き、その瞬間、近くの自然食品店で時給七百円のアルバイトをすることに決め、青果店からの採用を辞退していた。

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