第4話 解決。

「……山田さん、わかりましたか?」

「ふっ、全然わからねえ。どうやらこのヤマ、俺達には荷が重すぎたようだ」

「ですよねー? だって結局恥ずかしがって肝心なトコロは言ってくれませんし」

「だが、わかった事もある」

「え?」

 大介は尚もベラベラとどうでも良い事を話す、その老人を見つめた。

「このジイさんが若い頃、この街には活気があり、人々には暖かな交流があった。知らない奴ら同士でも声を掛け合い、助け合って生きていたようだ——それが何故、こんな世の中になっちまったのか……」

 大介が目を細める。

「それ全然重要じゃありませんから」

 愛菜はむくんだ顔だ。

「冷たいな。これがZ世代ってやつか」

「私個人をそんな狭くて大きなに押し込めないで下さい! 山田さんの方が畜生じゃないですか!」

「ふっ、言うようになったな? 確かに、俺達はこの世に産まれ落ちた時点で一匹の獣だ。やれやれ、俺もヤキが回ったな。此処らで引退でも——」

「自分の将来をそんな簡単に見限らないで下さい!」

 

 その時、大介の目が見開かれる。人差し指で愛菜の顔を指した。


「なんです?『それな!』みたいな顔して」

「そうだ、俺は馬鹿だ。危うく解決出来るはずのモノをミヤイリさせちまう所だった——」

 そう言って大介は交番の奥の部屋へと引っ込み、少し間を置いて、また出て来る。その手が持つ物は、湯気が昇るプラスチックのだった。

「なんですか? ソレ」

「お前、何年デカやってんだ?」

「配属されてから二ヶ月ちょっとですが? ていうか、デカじゃないし」

 それは、カツ丼、である。

「さあジイさん、これ食ってゲロしちまいな!」

「食べ物出してゲロとか言わないで下さい!」

「だからお前何年——」

「だから二ヶ月です!」

「山田くん、なんでカツ丼なんかあるの?」

 康弘が困惑して口を挟んだ。

「流石阿部さん。実はこの前、勤務中に食べようと思ってコンビニで買って冷蔵庫に入れてたんですが、月日が過ぎるのは早い。もうひとつき以上経っちまった」

 すかさず愛菜も口を挟む。

「それマジのゲロするやつじゃないですか!?」

「土屋、食いもんを前にしてゲロとか言うな」

「カツ丼かぁ、ちょっと俺には重てえな」

 老人が不満げに漏らした。

「そうそう、山田くん、良いセン行ってるけど、カツ丼はないね、カツ丼は」

「阿部さん、と、言いますと?」

「ええ? 良いセン行ってたの?」

「ちょっと待ってて——」

 そう言って康弘も奥へ引っ込む。

 直ぐに戻って来た。

「阿部さん、これは?」

 康弘が持って来た物、それは味噌汁だった。

「インスタントだけど、お腹に優しいと思うよ」

「阿部さん、なんて人だ、あなたは。確かに味噌汁は腹に優しい。しかもミネラルも豊富で、限りなく体液に近いと言っても過言じゃない」

「ふふふ、伊達に長く生きてないからね? さあ食べて下さい。あ、シジミよりアサリの方が良かったかな?」

「うお、良い匂いだ。食わせてもらおう!」

 老人がお椀をすする。


「——いやぁうめぇ! 嫁の味にそっくりだ!」

 老人が感嘆の声を上げた。


「インスタントで嫁の味とは、随分と安っぽい——いてっ!」

 失礼な事を言う大介の尻を、愛菜がつねる。


「む、あれ? ああそうだ。俺腹減ってたんだった。ありがとうお巡りさん、全部思い出したよ」


 深夜徘徊する老人には幾つか原因があるが、大抵の場合は尿意か、空腹が理由である事も多い。その場合、排便するか飲食すると、自ずと境遇を思い出す事もあるのだ。


「ええ……?」

 

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