深夜の散歩はどこまで行く?

呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)

第1話

「ねぇ、食べ終わったらさ、ちょっと散歩に行かない?」


 そんな一言で夜の散歩に出た。


「深夜ってさ、昼間と違って人があんまりいないからいいよね」

 にこにこと話す宣幸ノブユキに対し、私の心はとげとげしい。

 先ほど、私は夕食を食べたばかり。それどころか、終電で帰ってきたばかり。だから、彼ほど真夜中の町に新鮮味を感じられない。


『たまにはさ、いいじゃん』

 散歩に行こうと言って、彼はもう一押しとばかりにそう言った。

 明日も、お互い仕事じゃないっけ? と返したら、

『三十分くらいでいいから』

 と返ってきた。

 私が、今度にしようと代案を出したら、

『いつにする?』

 とまで……要は、根負けをして今に至る。


 街灯があっても、やっぱり深夜の町は店がなくなってくると暗い。

「どこまで行くの?」

 はやく帰って、はやく寝たい私に、

「もう少し」

 と、宣幸は言う。


 楽しそうに歩く宣幸に渋々ついて行きながら、もう何年になるだろうと思う。


 付き合って一年で同棲に踏み切って失敗した……そう、何回思ったことか。

『結婚を視野に入れて一緒に住もう』なんて言葉に転がされて、はやまったとしか思えなくなっている。

 もう、軽く五年は過ぎた。


 同棲を始めてから、何人の友人が結婚しただろう。

 親からの催促も、友人からのプレッシャーも、何もかも嫌になって仕事に逃げてきた。今日だってそう。帰りがわざと日付が変わるくらいに、仕事を詰め込んだ。


 何日すれ違い生活をしてきたかも覚えてない。


 今日は『遅くなるから、先に寝てて』と連絡を入れたのに、宣幸は起きていた。

 別に私の食事を用意してくれていたわけでも、遅い夕飯を食べる私と一緒に夜食を食べるわけでもなく。


 どうして私は、この人と別れないんだろう。


 引っ越すのが大変だから?

 新しい家を探すのがめんどくさいから?


 それとも、今更ひとり暮らしをするのが……寂しいから?


「この公園、引っ越してきたとき一緒に歩いたよね」

 宣幸が立ち止まって振り返る。

「一周したら、帰ろう」

「わかった」


 笑顔の宣幸に笑顔を返すことすら、私はもうできないんだ。


『懐かしいね』とか『やっぱり昼間の方がよかったかな』とか、色々と宣幸は話しかけてくれるけれど、なぜかまったく耳に入ってこない。


 もしかしたら……そんなことを思って。でも、仕方がないかなと思う。私、可愛げがまったくなくなった。

 鼻の奥がジンとした。

 そっか、やっぱり私はまだ宣幸が好きなんだ。好きだから甘えて、こんなに冷たい態度を取っちゃうんだ。

 自分が、傷つきたくないから。

 だから、結婚の話もしないで、進めたいとも思わないようにして、考えないでいいように逃げたんだ。


 ピタリと宣幸が立ち止まる。

 見渡せば、まだ半周くらいある。


 そうか、ここで私は、『別れよう』と言われちゃうんだ。


 ツンツンしてきた罰だ。

 受け入れるしかない。


 宣幸が、口を開いた。


「桜、きれいだよね」


「え?」

「今日さ、偶然帰りに立ち寄ったら桜がきれいに咲いてて……だから、一緒に来たかったんだ」

「ん? だから、起きて……たの?」

「うん。でも、もしそう返信したらさ、『はやく帰らなきゃ~』って……気を遣うでしょう?」


 言葉が出なくなって、口が動かなくなった。

 うつむくと、じんわりと視界がにじむ。


 私は宣幸のことを考える余裕がなくなっていたのに、宣幸は私のこと、考えていてくれたんだ。


「キッカケが見つけられなかったんだけどさ……結婚、しようよ」


 驚きのあまりに宣幸を見上げる。

 あたたかい何かが頬を滑り落ちた。


「幸せにすると、宣言するから」


 また何かが頬を滑っていって……ああ、私は泣いているんだと気づく。

「バカ」

「バカなりに、考えたんだけど……プロポーズ」

 涙を拭い、宣幸を軽く叩く。

「バカ」

「それは、『はい』と受け取っていいのかな?」

「こんな私を選ぶのは、バカだって言ってるの」

「だって、どんなところも好きなんだから……もう離せないんだよ」


 私をギュッと抱き締めた宣幸が、『好きな子を泣かせるなんて、俺って罪な男だな』なんて言うから。


 三度目のバカを私は呟いた。

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深夜の散歩はどこまで行く? 呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助) @mikiske-n

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