ネオ
ネオがハルに頭をはたかれ静かになると、3人はリビングの机に集まった。
「「「……」」」
原因であるネオは、たんこぶが出来た頭をさすり、それを隣でハルが呆れた表情でみている。覚醒した頭で確認しても、ネオの目は瑠璃と琥珀のオッドアイだった。でも、非対称な色はとても綺麗であった。
「はぁ〜、薄々気づいているかもしれませんが、ネオは「オレの名はゾルネ・ロアークだ」」
先程までたんこぶをさすっていたとは思えない真剣な眼差しで名を名乗った。
「知っての通りオレは王さまだ。だから、目に誤認魔法をかけていたんだ。黙っていてごめん」
普段からは想像できない声のトーンにびくりと体が反応した。でも、それ以上に滲み出ている深縹色に目が離せなかった。
「……ハルは知ってたの?」
「まぁ、幼い頃から交流がありましたので」
「そう」
「「「……」」」
重々しい空気が抜けず、みんな無言になってしまった。それに耐えられなくなったのか、ネオが口を開いた。
「ほんとごめん、オレ出てくから……」
悲しいぐらい垂れ下がった眉と、八重歯がちらっと見えるぐらい頑張って作った笑顔が痛々しかった。でも、なんで出ていくのだろうか?
「ぼくがきみのひみつを知っちゃったから?それなら、ぼくのほうがわるいよ。ごめん」
「えっ、いや、その、オレ……」
ネオは苦い顔をしながら俯いた。目はキョロキョロと彷徨い、しばらくして自身の手元に定まった。少々前屈みになったため、前髪のせいで目が見えなくなり、少々元気のないくせ毛だけがよく見えるようになった。
「ネオ、ユキさんはそんなこと思ってないと思いますけど?」
ネオはあっちこっちと見渡し、躊躇いながらハルに目線を向けた。ハルは目を合わせると、はぁ、と息を吐いた。
「ユキさん、ネオと一緒に居るのは嫌ですか?」
ハルの意図が分からず、首を傾けながら言った。
「別に」
というか、むしろ
「いまさらじゃない?」
ぼくのあっけからんとした言い方が面白かったのか、ハルは口を押さえてくすくす笑っていた。そして、落ち着いた頃にネオに目線を向けた。つられて向けると、困惑した表情のネオがいた。
「それより、魔法見せてほしいんだけど」
なんだか、ムッとして、駄々こねるように言ったら、ネオの目は丸くなって、少しおかしかった。
「確かに、魔法使い自体珍しいですからね、王族や魔女、希に魔法を使える人間がいる程度ですしね」
「そうそう、まほうつかいは聞いたことしかないから、見てみたかったんだ。こんなに早く会えてうれしいよ」
「そ、そうなのか」
ネオは困惑した表情のまま、固まっていた。
「ネオ、腹をくくるときですよw」
「そうかも、だけど! 語尾が笑ってるんだよ!おまえ!」
くくくっと笑い、ネオの攻撃をひらりと交わしている。
「みせてよ、ネオ」
ネオはぼくの目としっかり合わせると、深呼吸をして、言った。
「いいよ」
ぼぅっ、と手のひらの上で火を創り出した。
「オレの魔法は、火属性。特に、身体強化魔法に特化してる」
「一応、火力もありますよ。ただ、殴ったほうが早いっていうやつです」
「そうそう、わざわざでっかい火を作って相手にぶつけるよりも、オレを強化した方が断然、威力も、速さもある」
ネオは炎を掴むように拳を固く握りしめた。
「しかも、あなたの家系、血が濃いほど身体能力が高くなるんですよ」
「でも、濃いほど寿命が短いからな、元々40歳越えれば長生きしたってなるのに、オレとかは、25歳越えればいい方だってさ」
ネオは自嘲気味に笑った。
「なんで長生きできないの?」
「成長するにつれて増える魔力に身体が追いつけなくなるんだってさ」
「制御できればいいの?」
「できればね」
悲しいほど、諦めている表情だった。
「そう簡単にはいきませんよ、もともと決まった器の大きさに水の量を増やしながら入れていくイメージです。解決するには量を減らすか、器を大きくするかしかないんです。血統にもよりますが、彼の家系はほぼ不可能に近いですね」
「そうなんだ」
なにか、できればいいのに、そう思っても、無力な自分だと再認識するだけだった。
「そういえばあなた、こんな所にいて平気なんですか? 職務は?」
「それは、大丈夫。むしろ、休憩しろって、あと1週間ぐらい休みがある」
「では、弟さんは?」
「環境が、全く、変わらない。」
「……そう、ですか」
「弟いるの?」
ネオ自体が弟のような言動をしていたため、弟がいるという情報が頭の中で完結しなかった。
「うん、ちょ〜かわいいんだよ〜、目に入れても痛くないぐらい♪」
「説明するべきだと思いますが?」
ハルは少し睨みながら言った。
「はいはい、オレの弟は魔力が少ないんだ。身体能力も普通だし、オッドアイでもないんだ。オレの一族は魔力至上主義だし、一族の特徴もみられないら、オレの扱いと弟の扱いは雲泥の差なんだよ」
ネオは顔をしかめながら、吐き捨てるように言い放った。
「オレはどうしても変えたいんだ。そんな古くさい考えなんて。だって、魔力を持つ方がマイノリティなんだから」
赤く、黒い、濁ったような空気がじわじわと広がっていく、ぼくも、侵食されそうになるくらい、波のように強く、大きく、飲み込んでくる。
一瞬、ほんの一瞬、ひるんだ。
ぼく自身が気づかないぐらい、一瞬。からだが、ふるえた。視覚から、気圧から、どっちが先かはわからない。けど、ふるえてしまった。それは事実となってしまった。
「あっ、」
感覚的にわかった。やってしまった、と。
もう、見えるものは、悲痛な表情だけになった。
彼は、音のない空間で、ぼくが結んだと思った糸をそっと、ほどいた。
長いこと音が聞こえなかった。無音の部屋は、景色を真っ白に染め上げ、ぼくに居場所がないことを示しているようで…
ぽんと、誰かが頭をなでた。
真っ白な空間に、暖かな雫が落とされた。
ぽちゃんと頭から、心臓に伝わり、全身へと、冷え切っていた体を包んだ。
「ハ、ル、、、」
情けない声だった。なんでこんなにも、ぼくの心をざわつかせているのか、わからない。懇願するように、ハルの目を見つめた。
ハルは微笑んでいた。
ぼくが悪いことをしたとわかっているはずなのに。
ハルは微笑んでいる。
ますますわからない。温度は変わらないのに、ぼくの目の奥には、茄子の実のように黒い紫色が渦巻いてみえる。
ぐるぐる。
このままだと、あの温度が消えてしまう。ぎゅっと、目を閉じた。何も見えない。けど、においや、感覚がいつもよりも敏感に感じ取れた。ハルの手は、あたたかかった。おひさまのにおいがした。
「ユキさんは人より感じるんですね」
音が聞こえた。ハルの呼吸音も聞こえた。
「今まで人がいないかったから、見えなかった。だから、ネオから滲み出したものに耐えられなかったんですね」
ぼくはわからない。みえるとか、みえないとか。
ただひたすらにハルはゆっくり、しっかりと、頭を撫で続けた。ハルの体温がぼくに馴染むまで。
「ありがとう」
頭にのったままの手に触れた。
「落ち着いたのならよかったです」
ハルの手はまだあたたかいままだった。
「ネオは戻ってきてくれる?」
「ええ、きっと」
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