ゾルネ・ルアーク

 「ゾルネは素晴らしいよ、さすが我が息子だ」


さわさわと撫でる手はゴツゴツとしていて、体温なんて全く感じなかった。


「お父上、ネレウスだって…」

「あいつの話をするな、お前の高貴さが失われる!」

「申し訳ございません」


お父上との会話はいつも重たい石を乗っけている気分だった。

オレが褒めて欲しいのはいつも、あの子なのに。



「にいさま、みてください! 水魔法ここまで出来るようになったんですよ!」


彼のそばにはいつもきれいな花が咲いていた。

戦えるものではない、ただ景観をよくするぐらいのもの。


でも、暖かかった。


彼があげる水はきらきらしていて、一面の花園と彼の笑顔をより華やかにしていた。きっと、この国に必要な王様はオレじゃない。


戦うことしか脳のない者よりも、オレが荒らしてしまったものに再び光を灯してくれる者の方がいい。


笑顔が溢れる国がいい。


光に満ち溢れる国がいい。


オレの背後には、枯れた花しかない。


オレが進む先には、踏まれる花が待っている。


オレは気にせず進むしかない、無我夢中で、これが正しいって信じ込んで。


でも、オレは安心した。


オレの背後であの子が頑張って花を育ててくれる。


せっせと、オレが無くしたものを拾い集めてくれるはず。


だから、オレはになる。






 ネレウスの花園の最奥、程よい大きさの木の下。

この場所を知っている彼はもうすぐ来るだろう。


「何をしているんです? ユキさんが心配してますよ」


木の幹に腰掛け、微睡んでいた俺は彼に目を向けた。


「別にいつも通りだろ」

バツが悪く、ふいっと顔を背けた。


彼はそんなことを気にせず隣に腰掛けた。


「いつまで意地を張り続けるつもりですか」 

ハルはハァとため息をつきながら言った。


「すぐにでも謝るよ」

我ながらひどい返答だと思った。


「それもですが、であることにこだわり続けていることに俺は怒りを覚えています」

「……別に」

「理由は分かります、何をしたいのか、どんな未来にしたいのか、限りある時間で何を成し遂げたいのかも」


ハルは冷静だった。


「じゃあ、そっとしておいてくれ」

「嫌だ」

「おまえっ!」


こいつ話を聞かないじゃないか!


「なんの解決にもならないじゃないか、お前が死ねば完成される物語なんて俺は嬉しくない! お前は俺のたった1人の理解者だ。たがらこそ歯痒いんだ、このまま使い捨てされるのは。俺は逃げたっ、けどお前は向き合ってた、なのになんでこう言わらなきゃならないんだ」


ああ、冷静に見えてただけか。

いつだって冷静だったから、どんな時も氷のように冷たい頭で考えて行動していると思っていた。おまえは溶けてしまえば、熱いドロドロとしたものが溢れてくるようなやつだったんだな。1番大人びていたおまえは、いつまでも子どもなオレとは違うって勝手に線引きしていたのに、おまえは容易く飛ぶんだ。おまえはいつまでも堕ちない、ずっと飛び続けるバケモノみたいなやつだよ、全く

オレがおまえの理解者だって? 笑っちゃうよ。君との間には時間しかないんだから。


「悪かったよ」

「お前だけのせいじゃないよ」


たった1人の理解者はわかってくれる。おまえはいつも冷静だから。


「なんでこんなに辛いんだろうな、精一杯をしているだけなのに、ただの人なのにな」

眉間に皺を寄せ、髪の毛をくしゃりと掴んだ。どんな姿になっても、きっとおまえは前を向いて歩くだろう。手を差し伸べるのはお姫様ただ1人のくせに。





 「あっ、にいさま!つかれはとれましたか?」

「うん、ありがとう」


オレが手でわしわしと頭をかき混ぜると、ネレウスは嬉しそうに笑っていた。


「あなた、まだ休みなんですよね」

「うん、あと何日かあるけど」

「ユキさんがよければ、ネオと過ごしませんか?」


ユキはネレウスの魔法を堪能していたらしい。頬が少しほてっていた。


「うん、ネオの話も聞きたいし」


こいつはいつも、まっすぐだ。裏を知ったことも考えたこともないやつだ。だから、一言一言が重くのしかかる。


「あ、ありがとう」

「あっ、照れてる」


ユキが頬をつんつんと背伸びをしながらつついてくる。


「照れてないし、うるさいぞっ!」

「ふふふ」

「ちょっ、ユキ!」


花園ではしゃぐユキは、世間知らずのお姫様のようにステップを踏み、ダンスを踊っているようだった。きっと、箱娘なんて言われてしまうくらい、無垢なステップだった。


「思ったんだけど、君はかいぶつじゃなくておうさまが似合ってるよ。みんなを守るために戦うおうさま、つよくてかっこいいおうさま。どうかな?」

「……うん、いいね」


だから、重いんだ。



 

「オレ、ちょっと寄ってから帰る!」

「わかった、気をつけてね」


帰り際ユキとハルと別れ、公園に向かった。



「かいぶつは強いんだ、負け知らず! でも、人の心が無いかわいそーなやつ!」


こどもたちが4人集まって、1人のこどもに何回も言っていた。瞳に光など入らない。魔法を解いてこの子達の前に現れたらどんな反応をするのだろうか。モノクロの景色でより黒いものが吐き出されようとしている。


「ちがう。王様はかいぶつじゃない、僕たちを守ってくれるじゃないか」

「炎魔法見たのかよ、全てを燃やし尽くしてたぞ」

「炎魔法は身体強化しているだけだよ、王様は剣術が素晴らしいんだ、僕もそうなりたくて…」


男の子はもじもじしながら、剣に見立てた立派な枝を大事そうに抱きしめた。


「言ってろよ、お前みたいなひ弱なんて騎士にもなれないに決まってる」

「なれる!僕は王様みたいになるんだ」

「ばかじゃないの、いつまでも理想ばっか言って実現できずに終わるんだ」


リーダー格の少年は、弱っちい枝をぶんどると男の子の足元に投げ捨て、『ずっとその枝で遊んでなよ』と笑いながら去っていった。


こどもは地面に落ちた枝を拾い、無言でギュッと握りしめていた。


「ねぇ、お前はおーさまになりたいの?」


ちょっとの好奇心だった。


「お兄さんも笑うんですか?」

「違うよ、どこが良いのか知りたくて」


疑いの目をオレに向けながらも、ひとつひとつ丁寧に話してくれた。


「僕には好きな人がいるんだ。ひまわりのような笑顔の人で周りの人達も笑顔になれちゃうんだ。でも、体が弱くて…だから、僕が強くなって守ってあげたいんだ」

「それで、剣術を?」

「うん、僕の中で一番強くてたくさんの人を守っている人は王様だからね。大きくなって騎士になれば、あの子も守れるし、この国の人も守れるんじゃないかなって」


おまえはあいつのように踊り出すのだろうか。

おまえは1人しか眼中にない偽善者なのだろうか。


「そっか、おーさまのことかいぶつって思わないの?」

「むしろ、なんで思うの? 僕たちの事を助けてくれる人なのに」


目からパチパチと火花が弾けた。


「なんでみんな自分達が殺されそうになっているのに、加害者にも関わらず傷ついた人だけの立場に立つんだろうね。きっと、助けてくれてありがとう、って簡単な言葉が欲しいだけだと思う」


口元がニヤけるのが抑えられない。


「…何笑ってるの」


警戒心を強めた目を逸らさせるように、ガシガシと頭をかき混ぜた。

案の定、彼の頭はぶんぶんと左右に揺れた。


「…ちょっとやめてよ」

「剣術なら教えられるぞ、自分でも強いと自負している。どうだ?」

「……王様よりは弱いでしょ。でも、強いなら教えてよ、剣術」

「うん!」





 


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