深夜の散歩で起こること

御影イズミ

散歩(仕事が休みとは言っていない)

 N県九重市を包み込む、澄み渡った黒い空。少しだけひんやりとした空気が散歩中のヴォルフ・エーリッヒ・シュトルツァーの頬を撫でる。

 散歩に出たのはいいのだが、目的を持っているわけでもなくただ適当に街の中を歩くだけの作業。


 とは言え何もしないのも気がひける。

 スマホで写真を撮ったりして、今日の星空はどうだった、今日は少し寒い、等を嫁であるディアンナ・クロエ・シュトルツァーにメールで報告していた。


「後はなんか面白いことが起こればいいんだがー……」


 面白いことは無いものか、と頭の中で考えたら直後、隣を通り過ぎる車が1つ。

 通り過ぎた車はしばらく進んだ後に止まり、ひょっこりと運転席から誰かが顔を出す。


「やあ、ヴォルフ」

「うげ」


 思わず顔が引きつったヴォルフ。

 というのも、運転席から顔を出してきた男は上司――金宮燦斗。ヴォルフの世界での名はエーリッヒ・アーベントロート。

 ニコニコとした笑顔のままに燦斗は紙を一枚渡そうと手を伸ばしたが、ヴォルフはそれを受け取ることなく少し後退りをしていく。


「貴方用の案件でしたので、こうしてお届けに。アンナさんからどのルートを辿ったか聞きましてね」

「こっわ!!! おま、SNSでよくある特定方法使ってんじゃねェよ!!」

「ははは、アンナさんが気前よく貴方の写真を見せてくれるので特定余裕でしたよ」

「くっそォ!!」


 後退りする足はすぐさま反対方向へと向き直り、駆け出す。

 せっかく目を盗んで手に入れた休み(無許可)を邪魔されてなるものか!! と言わんばかりに、全速力でヴォルフは逃げ出した。

 狼の名を持つシュトルツァーの人間、ここで捕まるわけにはいくまいと。


「あらあら、受け取ってくれたら無許可休暇の件は見逃すつもりだったんですがねぇ……」


 燦斗は小さく笑うと、そのまま走ってヴォルフを追いかける。

 ……当然、身体能力の差が響いてヴォルフは捕まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深夜の散歩で起こること 御影イズミ @mikageizumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ