第25夜 生きる理由 Ⅰ
『これから雨が降るから家に帰った方がいいよ、君。』
凛と頭に響く少女の声が頭上から聞こえる。誰もが心地良い声に聞こえるであろう、そんな声すらも僕は鬱陶しく感じていた。
『…………。』
もう生きることを諦めていた僕は返事を返すのすら億劫になっていた。いや、正確には返せなかったと言うべきだろう。僕は心の中では死にたがっていた、逃げたいがために楽になろうとしていた。少炎を死に追いやった両親は国で刑に処され、生きる理由も、価値も、意味も、全て失った。僕には何も無くなったのだ。
何も返さなかった僕なんてお構いなしに少女は僕に声をかけ続ける。
『ねえ、聞いてるの。』
『自由時間は終わりだ、戻るぞ。』
そうして無視し続けていると、誰かが少女を呼びに来たようだ。冷たく感情なんて籠もっていない、まるで僕の両親のような……。
そこまで考えて僕はハッとした、いつの間にか僕は同い年くらいの少女を前から抱きしめていた。少女は驚くこともせず、ただ茫然と僕をじっと見つめていた。
『おい。』
そう言って白衣を着た男は僕を少女から引き剥がそうとした。その力に抵抗しようとしたが何も口にしていない僕は男の力に敵うことなく僕の体は地上に叩きつけられた。白衣の男に少女が連れていかれてしまう、その光景に僕は力無く手を伸ばすことしかできなかった。ただ僕に生きる理由を与えたのは、連れていかれてしまう少女がこちらに手を伸ばしたことだった。今思うと少女のことを少炎に重ねていたのかもしれない、ただ僕に生きる理由を与えたのは事実だった。
『生きなければ……。』
あの少女を助けなければ、その偽善のようなエゴが僕を突き動かした。もしかしたら単に何も考えずこちらに手を伸ばしたのかもしれない。だけど僕には少女が心の奥底で救いを求めているような気がした。
『行かないと……。』
覚束ない足取りで少女が向かった方向に歩みを進める。無我夢中で歩いた僕は前にあった流れの激しい川に気がつかなかった。ドボンッ、という自分が水中に落ちる音と共に体にやってくる衝撃に僕は身を縮こませた。
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