第23夜 吸血衝動 Ⅱ

窓から差し込む月明かりで奇炎は目が覚めた。口の中は血の味がして、自分の血の気が引いていくのがわかる。焦る焦る、焦る。つい飛び起きてベットから落ちる。また誰かを傷つけてしまったんじゃないかと、誰かを食い殺してしまったんじゃないかと。だがその心配は杞憂きゆうに過ぎなかった。窓際の椅子に腰を掛けて寝息を立てる人物。


「……冥朗。」


冥朗が着ていたワイシャツには、少しだけ血が染みていた。ベットサイドからブランケットを取って、ゆっくり歩いて冥朗へ近づく。背凭れに寄り掛かりながら眠るその姿は、まるでこの世のモノではないような、神秘的にも幻想的にも感じさせられた。奇炎は冥朗にブランケットを掛けて、所謂いわゆるお姫様抱っこをしてベットまで運ぶ。


「冥朗。僕を見つけてくれて、ありがとう。僕を助けてくれて、見棄てないでくれて……、ありがとう。」


冥朗の顔にかかっていた黒い髪をすくい、キスを一つ落とす。そうして奇炎は冥朗と一緒にベットに入って、眠りにつく。




















誰かが泣いている。





















目の前にはきらびやかな豪邸。嫌な記憶が奇炎の脳裏をよぎる。


『早く二人の能力を発現させないと、私たち四馬しば家は爵位を剥奪されてしまうわよ。』

『ええい、そんなことは分かっている!こうなったら……。』


父上と母上が何かを言い争うなんて日常茶飯事だった。


『おい、大炎だえんと少炎を呼べ!!』

『父上、ここにおります。』


大炎、それが僕の幼少期の名だった。父上と母上は公爵家の吸血鬼で、家の利益のことばかり考えていた。僕と弟の少炎は家の繁栄のための道具扱い。そのお陰で色々なことも学べたが、陰では人身売買の手伝いもしたりした。


『何故ここに呼び出したか分かるか?』

『僕と少炎の固有能力の発現の遅れ。その遅れによる爵位剥奪の可能性、です。』


吸血鬼には一人一人に固有能力が生まれながらに与えられる。吸血鬼は実力主義社会であり、その固有能力によって爵位は決められる。つまり僕と弟が能力を発現しなければ、公爵の爵位は剥奪され没落してしまう、というわけだ。


『何故だ、何が足りない。教養、知識、栄養、実力。……贄か?』


贄。もちろん人間の生け贄である。吸血鬼は血肉を食らうわけではなく、人間と同じような食事をしている。そのせいで固有能力が発現しない、ということは屡々しばしば起こっている。僕と少炎が典型的な例であった。


『父上、人間の血肉を食らうことは法律上、禁止されております。これを破った場合、死刑は免れないかと。』

『大炎、よく考えろ?私は人身売買を何十年も続けてきているんだ。ツテがないわけじゃない。』

『父上、兄さんの言う通りです。他にも人間の血肉には中毒性があり、吸血衝動が起こりやすくなるというデメリットも……。』

『我慢すれば良いじゃない。』

『ですが……。』

『貴方たちは私たちに没落してほしいの?私が腹を痛めて産んだというのに、恩を仇で返すのね。』


今すぐ親である、この二人を八つ裂きにしてしまいたかった。だが、この場には少炎がいる。人質に取られてしまっては分が悪い。弟だけは助けたかった。


『……いえ、分かりました。』

『兄さん!!』

『聞き分けがよくて助かるわ。』


用意には一週間待て、外出は禁止する。その父上とも呼びたくない吸血鬼の言葉に『承知しました。』と返し、いつも通り部屋に戻る。


『ねぇ兄さん!!なんで承諾しちゃったんだよ!!』


まだこの家の闇の根深さを理解していない少炎は、僕に訴えかけてきた。その少炎に僕はこう言い放った。


『少炎、よく聞け。あいつらは僕たちを本当の子供なんて思っちゃいない、ただの道具だ。それをよく覚えておけ。この家の絶対的なる君主は、今はまだあいつらだ。』


それだけ言い残して僕は部屋に戻った。これも少炎のためだと自分に言い聞かせて。後に弟が父上たちに反抗するとも知らずに。

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