第18夜 過去語り Ⅰ

時雨が冥朗をかかえて布切れに示されていた座標ざひょうに着いた頃はちょうど日が昇ってきたところだった。


「時雨、そこに青樹と緑樹が待機してるはずだから」


寿々音がゆびした方向にはポツンと1つ小屋が建っていた。


「了解や」


時雨や寿々音の気配に気付いたのか、小屋の中から2人が出てくる。


「……っ、冥朗!」

「は、奇炎?!」


2人は慌てて時雨たちに駆け寄ってくると、冥朗と奇炎を小屋にあるソファに寝かせた。息をきらしている時雨と寿々音は疲れたようでテーブルの近くにあった木製の椅子に自分を投げ出すように座る。


「奇炎の方は傷が深い、回復魔法ヒール

「寿々音、一体何があった」

「冥朗はトラウマによる気絶、奇炎に関しては現場にいたわけじゃないからわからないけど……、との交戦による負傷かな」


黒潜という言葉に反応して、時雨に殺意がこもった視線が送られる。


「はあ、誤解しないでもらいたいんやけど。お宅の双子さん、ちょいとしつけがなってないんじゃありゃあせんか」

「うーん、2人に一応言っておくけど黒潜は黒狐を破門されてるからね、今は時雨とは無関係だよ?」


寿々音にそう言われると2人はやっと隠し持っていた凶器をしまった。沈黙が続いていると一羽の梟が屋根の窓から入ってきた。


寿々すず、おかえり」


梟は寿々音の相棒のようで、地上に人型となって降り立つ。その顔は寿々音に似ているが体格がよく、男性のようだった。寿々音と同じで紫色の髪はポニーテールにしてあり、和洋折衷わようせっちゅうの服を身にまとっていた。


「あっちもこっちも炎、炎、炎。ザマあないってんだ」

「まぁ大火事を起こしたのは私たちだから文句は言えないかなぁ、それで三瀬帰は?」

「今こっちに向かってる、黒潜とかいう奴は風朗皇子を連れて歪みに入り逃亡した」

「そっか、ありがとね。寿々」


気だるそうにしている寿々は部屋の隅にある1人用のソファに勢いよく腰かけた。


「それで、お前はそんなところで何をしてるんだ」


寿々が見据えた先には冥朗がいた。


「冥」


そう呼ばれると冥朗の肩につけていたポシェットがもぞもぞと動き出した、かと思えば琥珀色の眼をした梟がヒョコっと顔を出した。


「冥、お前そんな窮屈きゅうくつなところにいて嫌じゃないのか?」


寿々がそう言うと冥も人型へと姿を変える。時雨がその姿に息を呑んだことは、誰も気づかなかった。


「……はぁ、相も変わらず寿々は喋るのが好きだな」

「逆にお前が喋らなすぎるんだよ」

「あゞ?」

「あぁ?」

「い!」

「うー」

「……え」

「お~」

「「…………」」


喧嘩が勃発しそうな雰囲気をぶち壊したのは間違いなく空気が読めない人間、そう。


「なぁーに続けてんだ寿々音」

「え、違うの?」

「…………」

「はぁ、これだから脳筋は……」

「ちょっと、どういうこと寿々!」

「……ん」

「あ、ちょっと寿々音と寿々は一旦黙って」

「「え?/は?」」


奇炎を治療していた青樹がお互いに掴み掛かろうとしていた2人を黙らせると、奇炎を注意深く見守る。


「青樹に怒られたじゃねぇか」

「何よ、寿々のせいでもあるでしょ!」

「はぁ?」

「はー?」

「やんのか、コラ」

「そっちこそやんのか、あ?」


青樹が黙らせたのにも関わらず2人はまた喧嘩を始めた。周りを巻き込んで。


「ちょっと2人とも……」

「うるっせぇ!!!」


2人の中間あたりに花瓶かびんが飛んでいき、壁にあたって割れる。花瓶かびんを投げた人物は、奇炎であった。


「奇炎!目が覚めたのか?!」

「はあぁぁぁ、よかったぁ」

「いつまで寢てんの思いはりましたで」


花瓶かびんを投げられた2人はフリーズしたように動かなかった。そしてさっきまで気を失っていた奇炎はかなり不機嫌であった。


「……病人がいるところでどんちゃん騒ぎって2人ともそんなに常識なかったっけ?ちょっとそこに正座しようか」


それに素直に従う2人を横目に時雨は冥朗のそばへ寄った。未だにうなされている冥朗は顔色がいつもより更に蒼白あおじろくなっていた。


「冥朗が気になるか」


時雨に声をかけたのは冥であった。表情が変わらない冥であるが、目は確実に冥朗を見据えていた。


「冥朗は何でこんなにうなされてるん?屋敷でもそうやった」


冥朗はいつもと言っていい程に、夜な夜な悪夢にうなされていた。そのため真夜中に起きることもよくあった。叫んで起きることもあった。屋敷の人たちに迷惑をかけないようにと冥朗は、部屋を屋敷の一番端にしてもらっていた。専属執事せんぞくしつじは原則、すぐ駆けつけられるように主人の隣の部屋で過ごすと決まっていた。冥朗の隣の部屋で過ごす時雨には冥朗の叫び声や泣き声が聞こえていた。いつも時雨は不思議であった、冥朗は何故こんなにも悪夢にうなされているのか……。


「冥朗は普通の家庭の育ちではない」

「ボーオ村の住民は全員そうやろ?」

「いや、違う。……緑樹、今日はここで一泊するだろう」

「え、あぁ、そうだな」

「時雨と外を少し散歩してくる」

「お、おう、分かった」

「行くぞ、ついてこい」

「え、どういう……」

「教えてやる、本当の過去を」


時雨は冥に連れられて小屋を後にした。

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