第6.5夜 ある提案 Ⅴ

『『冥朗』』

「…………っ」


この場に聞こえるはずのない声が響く。


「……224番、422番?」


冥朗は部屋の中を見渡すが、いるのは黒潜と朔とみんなだけであの2人はいない。


「それで冥朗さん、僕から一つ提案をしましょう」

「提、案?」

「ええ、そうです」


黒潜が表面上、にこっと人の良いような笑顔を浮かべる。


「2人を生き返るのを手伝ってあげます」

「?!」


実験場でよく一緒に過ごした224番と422番を生き返らせる、これは冥朗にとって大事なことであった。"友達を生き返らせる"。感情を知ってからは更にその思いが強く、募っていった。


「……何を望む」


黒潜は人のために何かを為す、ということはなく、何かを為すにしても対価を必要とする。利害関係が一致するか、自分の興味がそそられるものでなければ、何がなんでも動かない。それが黒潜という人物であった。


「そうですねぇ。冥朗さん、僕の傘下さんかに入りませんか?そうすれば貴方も楽になるんじゃないですか?」

「……」

「それに僕なら冥朗、君の本当の望みを叶えられる」


冥朗は自分の耳を疑った。聞こえたことを認めたくないように、自分の思いを押し殺すように。


「…………………………………………………………………………考えておく」

「はい、分かりました。返事はいつでも良いです。冥朗さんなら良い返事が返ってくることを期待しています」

「黒潜様、お時間です」

「おや、もうそんな時間ですか。それでは冥朗さん、返事はどのような伝え方でも構いません。朔に伝えるでも、手紙を出すでも、鳥を飛ばすでも……、楽しみにしていますね」


それだけ言い残して黒潜はこの部屋から去り、部屋には朔と冥朗の2人きりになって、しばし静寂せいじゃくが部屋を包んだ。冥朗はうつむき、ひたすらに思考を巡らせた。どれくらい経った頃だろうか。もう日が沈み始めた頃。


「冥朗、嫌なことを思い出させた。すまなかった」


ほとんど何も喋らなかった朔が突然、冥朗に向けて謝罪をした。その突然の朔の行動に驚くことはあったが、それよりも大きなものが冥朗の思考を支配していた。


「…………いずれは、向き合わなければいけなかったことだから……」


少し前に珈琲コーヒーを飲んだはずの口の中は渇ききり、水分を欲していた。


「もう日暮れだ。咲真の屋敷に帰った方が良いんじゃないのか」

「あぁ、そうだな……」

「……屋敷まで送っていこう」


いつもなら否定するだろうその言葉、今の冥朗には否定する気力さえなかった。まるで魂が抜けた中身がない人形のように、螺旋らせん階段を降りていく。僕の、本当の望み……、か。その思考を絶ちきるようにからすの鳴き声が鬱蒼うっそうとした森に響いた。






──◑★◐──






森の中を1人、草を踏んで進む。


「これで良かったんですか?」


背後に気配が現れたのを認識する。


「あぁ、冥朗に2人の声を聞かせてクロならできると少しだけでも思い込ませる、この方針は正解だったな」

「貴方も人が悪いですね、水朗皇子。いえ、"数多の未来の水朗皇子"と言うべきですか?」

「どっちでも良い、昔みたいに水朗でも良いんだぜ?」

「いえいえ、この時間軸の貴方ではありませんからね。でも御言葉に甘えて水朗と呼びましょうかね」


前へ進む足は止めず、後ろを向かずにただただ歩き続ける。


「水朗、今夜は一杯やりませんか」

「いいな、俺はワインでも飲もう」

「分かりました、特選したワインをお出ししましょう」


懐かしむような顔をしながら黒潜は目を瞑る。後ろのフードの男、水朗が何か唱えると黒潜と水朗はその場から姿を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る