第6.5夜 ある提案 Ⅳ

人でいう物心というものかは分からないが意識がはっきりしたときにはもう僕は実験場地獄にいた。同じような顔の少年少女と一緒に暮らしている中、僕だけはみんなより少し優遇されていたと思う。いや異質であったからと言うべきか。同じような顔でありながら、みんなは白髪なのに僕だけは黒髪、みんなは蒼い澄んだ眼なのに僕だけは黒曜石のような漆黒に染まった眼。だが当時は別にそんなには気にしていなかった。同じような実験着を身に付けて、戦闘訓練に参加し、実験を受けて、また一人と仲間がいなくなっていくことを淡々と受け入れる。僕たちに同情の余地などというものは存在していなかった。感情というものがそもそも無かったのだ。だから苦痛というものがあっても、所詮それだけの話。感情という欠陥は最初から僕たちには設定されていなかった。ただただ人形マリオネットのように従順に従う、それが僕たちに課せられた命令オーダーだった。


『224番、422番、527番。所長から呼び出しだ、2時間後に所長室に行け』

『『『分かりました』』』


戦闘訓練が終わり告げられた命令に了解の意を示し、僕たち3人は各自の部屋に戻る。と言っても僕だけが1人部屋であり、2人は別の同じ部屋の住人であったのだが。


『527番、今日の訓練で手加減をしていたことについて疑問を提示する』

『422番に同意』

『……黙秘権を行使する』

『『何故?』』

『……』


224番は首をかしげ、422番は目を見開き、2人とも目を合わせる。すると考えが一致したのか、422番が口を開く。


『311番……いや天朗に何か言われたのか』

『……』

『沈黙は肯定と受けとる、天朗に『仲間が死んでいくのは悲しいこと』とでも言われたのだろうと予測する』

『……』

『422番に同じく、沈黙は肯定と受けとる』


311番……天朗はこの実験場から釈放された実験体であり、唯一感情を獲得した実験体である。いつもは所在が知れぬ天朗だが、フラッと排気口から527番の部屋にニュッと出てきてよく喋るようになっていた。喋ると言っても一方的に喋られているだけだが。


『私たちに感情というものがあったなら、少し羨ましく思うだろう』

『422番に同意』


少なくとも527番はこの2人を好ましいと思っていた。居心地が良いと無意識に思っていた。この2人と喋っていた1時間後、実験場は燃え、2人は凍結された。正確には527番が行った。


『損傷が、激……し、く』

『助か、ら……な…………いと』


527番から流れるはずがない涙が頬を伝う。


『天朗が言っていた、悲しいとはこういうことか』


その時527番……、冥朗からの迷いはなくなった。燃え盛る実験場を背に2人を横たえ、天を仰ぐ。


『冥』


凛とした魔力を帯びた声が鬱蒼とした森に響き渡る。何処からともなくやってくる1羽の梟、その冥と呼ばれた梟は静かに地上に人型となって冥朗の横に降り立つ。


『呼んだか、冥朗』

『あぁ、呼んだ。少し力を貸して』


冥は冥朗と同じく黒髪を後ろに綺麗に纏めていて、目立つ琥珀色の眼をしていた。和洋折衷のような服を身に纏い、女性なような華奢な体つきをしているが声自体は男性のそれで中性的な顔立ちをしている。そんな冥がニヤリと笑うと周りの木々がざわめきはじめる。冥は冥朗に魔力を送る。足りない分を補うように、酷く脆い冥朗を支えるかのように。


『ごめん2人とも、長くなると思うけど我慢してね。恨むなら僕だけで良いから今は眠って。……Cold Sleep』


その瞬間、2人は動きを止め眠りについた。


『それで良かったのか、冥朗』


そう冥は冥朗に静かに問い掛ける。


『あぁ、今はこれで良い。まだ僕には力が足りない、……2人を救うだけの力が』

『そうか』


その日も月は唐紅からくれないに染まっていた。これは冥朗の中の願望の1つであった。「2人を救いたい」──という極ありきたりな願いであった。だから冥朗は耐えた。どんなに苦しい実験でも、どんなに痛い実験でも。耐えて、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐え続けた。その苦しい記憶が冥朗を思考の渦に堕としていった。

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