第6.5夜 ある提案 I
剣術大会はとうに終わり、僕は朔に呼び出され修練場に向かっていた。……結局は僕が優勝した。朔と対戦した後、トップ5では殿堂入りにされ、トップ3では水と戦い、最後の決勝戦は緑樹と戦った。一位…咲真冥朗、二位…咲真緑樹、三位…
「すまない、待たせた」
「いや、そんなには待っていない、大丈夫だ」
しばらく気まずいような沈黙が続いて、朔が口を開いた。
「一緒についてきてほしい」
それだけ言って朔は西に向かっていった。どんどん草が生い茂ってきた鬱蒼とした森の中、朔の後に置いて行かれないようについていく。この方角は……、そんな不審感を抱きながらも何も言わずついていく。予想通り着いた場所はシー塔であった。朔は無遠慮にずかずかとシー塔の重々しい扉を開け塔の中に入っていった。
「ここは立ち入り禁止区域なのでは?」
「まあ細かいことはお気になさらず」
「なぜ急に
「ああ、すまない。だけど暫く我慢してくれ」
「それはどういう……?」
「とにかく、ついてきてくれ」そう言われ、仕方なくついていくことにした。ただ頭の中では警鐘が鳴らされていた。塔の一階には人が使ったような形跡があり、不信感を覚える。朔に促され古びた螺旋階段を上がっていくとまた重々しい扉があり、朔がその扉を開ける。
「いらっしゃい、咲真冥朗さん」
そう僕に声をかけてきたのは長身の黒い長い髪をし、胡服とも漢服ともいえない奇妙な衣装を身に着けた男。その男は優雅に窓側の椅子に座り、紅茶を嗜んでいた。足を踏み入れたこの部屋は綺麗に片づけられており、さっきまでの場所とは別世界のようだった。
「…………」
「そんなに警戒しないでください、別に危害を加える気はないですよ」
「……そう言われて警戒を解くとでも?第一、貴方は知り合いでもないし不法侵入者である。第二、シー塔は学園の規則で立ち入り禁止区域にしていされている、が貴方は規則を破っている。そんな初対面で色々やらかしている貴方を信用しろと?」
「おや、よく喋る上に毒舌と来ましたか。これは予想外です。ですが……」
男は口元に手を当てて、
「余計に興味がわきました」
「そういうのは遠慮しておきます」
「おやおや、遠慮しなくてもいいですよ。ああ、そういえば名乗り忘れていましたね。僕、いえ私?まあ僕はトライアド、
トライアド……第一皇子、炎朗皇子の裏補佐官とされているが……、正直こんな奴が大人しく裏補佐官という役職に縛られているとは思えない。恐らくは第三皇子の風朗皇子あたりについているであろう、そんな予測をたてながらも警戒は怠らない。
「少しは警戒を解いて……いただけてないですね」
「……、警戒を解くわけがない」
「おや不法侵入のことですか?それなら……」
「いや、違う。お前から……朔を含めて、私たちと同じ死が纏わり付いているのが見える」
「ああ、そうでしたね。確か咲真の養子の皆さんはボーオ村の生き残りでしたね、それなら納得だ」
その言葉が発された瞬間、僕は迷わず黒潜の座っている椅子に蹴るように片足を乗せ、喉元に脇差を突き付けていた。
「?!」
「動かなくていいですよ、朔」
「……どこでその情報を知った」
「簡単です。僕はその場にいたんですよ」
脇差を持つ手に力がこもる。脇差を突き付ける力を強めると、空気を読まないように左目にしていた眼帯がはらりと床に落ちた。正確には眼帯用の布を切り落とされた。
「あぁ、やっぱりボーオ村の住人の眼は綺麗ですね……」
黒潜は喉元に凶器を突き付けられっているのにも関わらず、うっとりとした顔で僕の顔を両手で包み込む。
「放せ、不快だ」
「嫌だ、と言ったらどうします?」
「斬る」
「おや怖い怖い、ですが放したくありませんね。僕はボーオ村のこの四つ葉のクローバーの模様、いえ貴方の白詰草の模様がとても美しく感じている」
「それはどうも、嬉しくはないがな」
「おやおや辛辣ですね、これでも口説いているつもりなのですが……」
「はっ、口説く?馬鹿馬鹿しいことを言うのも大概にしろ」
不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快…………不快だ。
「まあでも、意地悪もここまでにしておきましょうか」
そう言うと黒潜は僕を解放した。
「そろそろ脇差どけてくれませんか?」
「……ボーオ村で何を知った」
「……その情報をご所望ですか?」
「情報次第では即殺す」
「おや元気ですね」
「黒潜様、恐れながらそこは物騒なのでは?」
「……そうとも言いますね」
苛々してきた。早くこの会話を終わらせたい一心で黒潜を急かす。ただ今の僕に勝ち目はないだろう。今の手持ちは脇差のみ、こんな武装で黒潜に太刀打ちできない気がする。それは何故か、こいつにはあまりにも多くの死が纏わり付きすぎている。私と同じくらいの。
「早くしろ」
「そんなに急かさないでください、そうです紅茶かコーヒーどちらにします?」
「……コーヒー」
「わかりました。少々お待ち下さい」
丁寧に会釈してその場を立ち去る。この空間には僕と朔だけになった。
「…………そんなに警戒しなくても逃げないよ、あいつから話を聞くまでは、ね」
「お前は故郷を失って怒っているのか?」
「……正しくは違う、かな」
「どういうことだ?」
「僕は故郷を滅ぼされたことは少しだけなら怒っている。でも一番はそうじゃない」
「それは、どういう……?」
「僕はずっと家族のように大事な人を殺されたこと、その人との居場所を奪われたことに怒っている」
そうだ、天朗は殺された。天朗との幸せな時間を奪われた。そのことに怒っている。
「僕がボーオ村のことで怒るならそれは僕の大事な人の故郷だから、帰る居場所だったから」
もうこの世にはいない天朗に思いを馳せる。天朗、僕は絶対に復讐を果たすよ。でもまずは……
「盗み聴きしてないで出てきたらどうなんだ」
「おやおや、気付かれていましたか。まあ良いでしょう、それではお話ししましょうか」
こいつから情報を聞き出すことが先決、か。
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