第6夜 剣術大会 Ⅳ

最初に初戦の対戦相手を知った時は驚いた。まさか最初に冥朗と戦うことになるなんて思いもしなかったから。


「それでは第1試合!初戦は昨年度の王者、2学年の天才、咲真冥朗 VS 3学年の秀才、咲真三瀬帰!!」


実況のその一言で闘技場は観客の歓声と熱気に包まれる。熱気は対戦者にのし掛かり、重圧となる。この空気でさえ冥朗は利用するだろう。本当の秀才は寿々音だろうに……。互いの視線が交わると、本気で戦う覚悟を決める。本人は気づいていないだろうが冥朗は今回、本気だ。昨夜、ある社交パーティーに参加したのだが、ある貴族の子息がこう言っていたのだ。それが冥朗の地雷を踏んでいった。「民はただの道具ですよ。我々の暮らしが苦しくなるならば増税すれば良い、そうでしょう?」この言葉だ。昔から冥朗は人を、意思があるものを道具と侮辱することを嫌悪する。それが、たとえ家族だったとしてもだ。そしてその子息は今回の剣術大会に参加している。優勝者への褒美として1度だけ相手を指名して戦うことが出来る、という特権があるのだ。冥朗はそれを無意識に狙っているのだろう。


「それでは第一試合!開始!!」


開始の合図と共に、冥朗は物凄いスピードで俺に突っ込んできた。昔ちゃんばらごっこをした時みたいに、真っ直ぐに剣を振り下ろしてくる。その剣を右に受け流してから、下から上へと剣を振り上げる。もちろんその反撃は容易に防がれるわけだが……。力は俺の方が確かに上ではある。だが技術に関しては冥朗の方が圧倒的に上だ。しかも冥朗は近接戦闘に特化している。こちらは指示を出す役が多いせいか圧倒的に実力不足、そして不利。まぁ去年も寿々音に負けているんだが……。冥朗は去年の優勝者であり、俺達の主戦力でもある。そんな冥朗に勝てる奴なんて黒狐か本気の寿々音くらいだろう。今は耐えているがこのままじゃ負けは確定。いや無理ゲーすぎないか、これ。冥朗の動き方、闘い方は天朗に似ている。ボーオ村で天朗に勝てる奴なんて誰もいなかった。冥朗でさえも。俺だって勿論そうだった。


『三瀬帰、どうしたの?』

『……すまない、少し考え事をな』


そういえば天朗もこんな風によく話し掛けてきたな。いつも楽しそうに、いたずらっぽく笑うと脚をかけて転ばしてきたな。そういえば……。

─約束、覚えててくれてる?

脳内に直接問いかけるように声が響く。


「…………、天朗?」


その言葉に反応して冥朗はますます強い一振を仕掛けてくる。冥朗の片方しか見えない眼には、強い悲しみと後悔があった。冥朗はまだ苦しみ続けている、ずっとずっと天朗と一緒にいたときから。冥朗には俺達には言えない、いやきっともう誰にも言えない秘密がある。その苦しみにずっと囚われ続けている。まるで人魚が陸で溺れたように、いつも無意識に自分の首を絞めている。


「三瀬帰、本気できて」


その声に思わず顔を上げる。冥朗の眼は本気で俺に闘うことを望んでいた。その眼に本能がこう告げる。"本気でいかないと死ぬ"


「はは、マジかよ……。良いぜ」


その返答に満足したのか冥朗はいたずらっぽく笑って、俺から距離をとる。んー、一撃決着パターンかな、これ。俺と冥朗の間の空気はびりびりと重苦しくなる。その空気は観客にまで届いているようで、視線は俺達の試合に釘付けになっていく。まぁ決着は、あれだ。もちろん俺が負けたし完敗だった。


「あーぁ、負けちまったか」


正直言ってしまうと、めっちゃ悔しい。


「初戦で負けるとか、かっこわりぃ……」


にしても約束、か……。天朗と交わしたある約束。それは……


「冥朗を責めないで、赦さなくても良いから絶対に憎むことはしないで」


天朗はこれから起きることが分かっているように、これを俺に言った。なぁ、天朗……


「お前はこれから何が起こるか、分かっていたのか?」


なんてもう答えることがないあいつに向けて問う。そんな疑問を心に抱えながらも、夜行性の俺は今日も息をする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る